第21話 魔王編⑥ 僕の覚悟
※グロ注意
僕の両足が膝のところからキレイに切断された。
足が切り落とされた僕の体は、そのまま地面に倒れてしまう。
あまりにも綺麗に切断されたためか、血は噴き出してこず、痛みも感じなかった。
そして数十秒遅れてから、両足に言葉にならないほどの激痛が走り、同時にブューと音を立てながら、真っ赤な鮮血が噴き出してきた。
あまりの痛さにのた打ち回ってしまう。
「あああぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「祐磨君!」
正直に言うと、死にたくなんかない。
でも、みんなを助けるためにはこうするしかなかった。
切断面から絶えず血が噴き出しているが、なんということだろうか、ピタリと出血が止まったではないか。
えっ? と思っていると、
『生物はある一定量の血液を失うと、出血多量で死ぬらしいな。ならば、出血量をできるだけ少なくすればするほど、より苦しみを伴いながらじっくりと息絶えるということだ』
「くっ … 」
『だから、出血は我輩の力で最小限に抑えてあげている。言ったであろう。小娘たちを解放してやる代わりに、貴様をじっくりいたぶってから殺すと』
そして風の刃は、次に僕の左腕を切断した。
「うぁぁぁあああああああああああ!!」
左腕が綺麗に外れ、床に落下する。
残るは右腕しか残っていない。
遠くから僕の名前を必死に泣き叫んでいる麻里の声が聞こえてくる。
だが男は容赦せずに、風の刃を吹き散らす。
そのうちの1つが、僕の腹を横に切り裂いた。
「ぶはぁっ!!」
口から血が噴き出た。
それと同時に、腹から何かが飛び出してくる感触もする。
何が飛び出したのかは、恐ろしくて言葉にもできない。
絶え間ない激痛が体中を駆け抜け、次第に意識が朦朧としてきた。
瞼を閉じた瞬間に、もう2度と意識は戻らないだろう。
僕は … もう終わりだ。
みんな … ゴメン … 。
『ここまでが限界のようだな。そろそろトドメを刺すとするか。首を切り落とすか、脳をこじ開けるかどちらにしようか迷うな … 』
男は僕を跨ぐようにして立ち、見下ろしてくる。
『さらばだ。少年よ!』
男が両手から風の刃を生み出そうとしたその時、パパパパパン! という乾いた音がフロア中に響き渡った。
この音は、銃声か。
僕の真上に立っていた男は、華麗に体をくねらせながら後ろに下がる。
薄れかける意識を必死に保ちながら、フロアの入り口へと目をやる。
そこには深堀部長と浅井先輩が、銃を構えて立っていた。
『おやおや、どうやらお仲間が駆けつけてきてくれたようだな。だが遅かったな。そこに転がっている少年はもうじき死ぬ』
部長と浅井先輩は、僕の無残な姿を目にした途端、顔を青ざめた。
それもそのハズだ。
僕は両足・左腕を切断され、挙句の果てには腹も切り裂かれているのだから。
2人は急いで駆け寄ってくる。
「柊、しっかりしろ! クソッ … 来るのが遅すぎたんだ」
「この様子じゃァ、病院に運んでもまず助からねェ」
『やはり面白い。次はそうだな … そこの小娘にでも実験しようか』
えっ … ? 僕は唖然とした。
見ればあの男が、蜘蛛の巣に捕えられている麻里に向かって歩いていくではないか。
待て! 約束が違う! みんなを解放してやる代わりに、この僕を殺せと言ったはずだ。
僕は必死に呻き声を上げながら、抗議の声を上げる。
しかし、
『ん? 怒っているのか? 我輩は言ったはずだよ。みんなを解放してやるかわりにキサマを殺すと。みんなを解放すると言っただけで、殺さないとは、一言も口にはしていないが?』
そんな! 僕はただ単に騙されたというだけなのか?
その間にも男は麻里へと近づき、蜘蛛の巣を切り裂いた。
麻里の体が地面に落下する。
男は麻里の髪を無造作に掴み取り、持ち上げる。
このままじゃ … 麻里までも僕と同じ目に … 。
浅井先輩がマシンガンで男に向かって連射しているが、効いていないようだ。
その時、部長はとっさに僕の胸ポケットをあさり始め、白い透明なケースを取り出した。
何をするつもりなのかと疑問に思っていると、部長は取り出した白いケースを開け、1粒のカプセル状の薬みたいなものを取り出した。
「柊、お前はまだ戦える!」
え? 何言ってるのだろうか?
両足・左腕を切断されて、腹も切り裂かれているのに、どうやって戦えっていうんだ?
ていうか僕はあともう少しで死ぬのに。
そう考えていると、部長はさっきのカプセル状のものを、僕の口へと入れたのである。
「お前の最後の体力を使い切ってでも、それを飲み込め!」
言われたとおり、僕は口の中に入ったカプセル状のものを、口の中に溜まっている血液と一緒に飲み込んだ。
そして体に突如、異変が起きた。
意識朦朧状態だったのが、一気に覚醒した。
痛みも消え去り、体中に何やら不思議なパワーが漲っていく感じがする。
次に信じられない現象が起こった。
体中が突然光りだし、なんと両足・左腕の切断面から、新たに手足が伸びていくではないか!
腹から飛び出た臓器が体内に収まり、傷口が塞がっていく。
そう、体が再生していっているのだ。
ものの数秒の間に、僕の体は元のような人間の状態に戻っていた。
手足の感覚もいつも通りだ。
僕はどういうことだと思い部長を見ると、彼も驚いた様子だった。
「やっぱり、薬の効果は正しかったというわけか」
「部長 … 薬って?」
「覚えてないのか? 端谷試験場へ行ったとき、水瀬さんから新開発したという薬をもらっただろう?」
思い出した。
たしか殺生石の粉が入っているんだったっけ?。
殺生石は生命エネルギーを活発化させ、生物がそれに触れるだけで、体の細胞が増殖するらしい。
生物にとっては体細胞を活性化して進化を引き起こし、妖怪や霊にとっては妖力を莫大に増殖させる最強のアイテムであると、文崎先輩から聞いたことがある。
「じゃぁ … あの薬は、成功したってことですね」
「ああ、そうだ。しかしゆっくりしている暇はない。麻里を助けないとな」
そうだ。麻里を助けないと。
僕は地面に転がった日本刀を掴み取り、男に向かって走る。
「あの男は僕が相手します! その間に、部長たちは麻里・マラを救出して、安全な場所まで運んでください!」
「何を言っている! お前だけでは危険だぞ!」
「アイツは僕が倒します!」
日本刀をしっかりと握りしめ、男に向かって斬りかかってやる。
対して男は麻里を放り捨て、宙にジャンプして回避した。
『肉体を回復させるとは、これは驚いたな。しかし、いくら肉体を回復させたとしても、この我輩に敵うわけがあるまい』
男の掌から、またあの風の刃が生み出される。
まずい、そうはさせるか!
僕は男に向かって走る。
だが僕の足の速度では間に合うハズもなく、空気の刃がこちらへ飛んでくる。
あの殺生石の粉入り薬は、何度も何度もは使用できないらしい。
ということは、今度こそ僕があの攻撃をまともに食らったら、一貫の終わりだ。
僕は手に持っている日本刀で、次々と飛んでくる空気の刃を切り裂いていく。
切り裂いた空気の刃は消滅していくが、日本刀が結構重いため、振り回すのが容易ではない。
時々切り損ねた空気の刃が、僕の体をかすめていく。
ていうかこんな重いものを、よくマラは簡単に振り回せるよな。
『しぶとい人間だな。そもそも秘宝の在処の情報さえこちらへよこせば、こんなことにはならなかったのにな』
「だから秘宝の在処だなんて知るわけないだろ!」
『そうか。そこまで言わぬのならば、我輩も本気を出さねばならぬ。人間共相手に本気を出すのは、バカバカしいが … 仕方あるまい』
すると、男の全身がどす黒いオーラによって包み込まれたではないか。
何をするつもりなんだ?
相手は魔王という男だ。まさか変身するつもりか?
男の肉体が徐々に巨大化していく。
しかし、男は完全に変身することはなかった。
「待てぇぇぇぇぇえええええええいいいい!」
突然響き渡った声に、男の変化は止まったからだ。
元の姿に戻った男は、フロアの入り口を見つめ、ニヤリと笑みを浮かべる。
僕も入り口へと目をやってみると、そこには息を荒くしている小学生高学年くらいの身長の女子が立っていた。
「文崎先輩 … ?」
文崎先輩は情報収集室で待機していたハズだ。
任務現場に来ることなど、まずない。
わざわざ駆けつけてきたのか?
文崎先輩は、手に何か書類みたいなものを握りしめている。
先輩はその書類を高々と頭上に掲げながら、男に向かって叫ぶ。
「アンタが欲しがっていた秘宝の在処が、この書類に書いてあるわい! これをアンタにやるから、これ以上後輩たちを傷つけないで頂戴!」
… 文崎先輩。
それを聞いた男は、興味津々な表情を浮かべる。
『ほおーう、秘宝の在処を示した書類か。なるほど、ならばいいだろう』
文崎先輩が投げつけた書類を受けとる男。
男は実に嬉しそうな笑みを浮かべると、僕たちに背を向け、頭上に向けて空気の刃を発射した。
蜘蛛の巣に捕えられていた凜が地面に落下する。
『今回のところは、秘宝の在処が入手できたため、見逃してやろう』
男はそう呟くと、ポケット内から水晶ドクロを取り出し、何か呪文みたいなものを唱えた。
するとパキンッ! というガラスが割れる音が響き渡ると同時に、男の目の前に何かが出現し始めた。
光り輝いているそれは、まるで空間が割れているようにも見える。
「あれは … タイムホール! まさか、実際にこの目で見るとは!」
僕の隣で興奮したように目を輝かせる文崎先輩。
あれがタイムホールなのか。
もしそうだとすれば、あの先には過去や未来の世界が広がっているということになる。
魔王と名乗った男は、そのタイムホール内へと足を踏み入れようとしたが、何かを思い出したかのように振り返り、僕を見つめてきた。
『忘れていたよ。ほれ、コレを受け取りたまえ!』
そう言って投げつけてきたのは、2本の注射器みたいなものだった。
『それは大ムカデの血清だ。今日はいろいろと楽しませてもらった。君にまた会えるのを楽しみにしている』
そう言い残した、男はタイムホールの中へと消え去ってしまった。
それに続けて今までじっとしていた巨大蜘蛛も、タイムホール内へと消えていく。
そしてタイムホールはそのまま消滅してしまった。
あの男はどこへ行ったのだろうか?
ていうか、できればもう2度と会いたくないです。
でもそんなことは、もうどうでもよかった。
凜が無事に返ってきたのだ。
あとは血清を打って、病院へと運べば助かる。
すべてが終わったんだ、と安堵感が体全体に染み渡り、僕の意識はここで途切れてしまった。