ネレストの過去
エドガルドは知っていた。
ネレストと、その悲しい運命の事を。
「え、悲しい恋……って?」
ケーナは興味を引かれた。あのような気さくな女の人がどうして悪霊になったのか知りたかったのだ。レイルもまた同じ気持ちだった。エドガルドも、2人のその気持ちはすぐに察知する事が出来た。
「2人とも聞きたそうな顔をしておるな。よし、話してやろう……ワシの生まれるよりもずっと昔、遥か昔の話じゃ。」
デルアラスが、幾多の難を乗り越えて再び繁栄を始めた時。
交通網のい改善により、多くの人々が遠くから訪れるようになり、物流は華やかさを持つようになった頃。ある旅芸人の一座が、この街を訪れた。彼らもデルアラスの繁栄に釣られてやってきた者たちで、商業区や、劇場などでその活気を盛り上げた。
ネレストも、その旅芸人の一座の1人だった。
ヴァントルダンスの達人だった彼女は、旅芸人達との仕事の他にも酒場などで歌い踊っては金をもうけていた。ボランティア精神が強い旅芸人一座の収入は決して多いものでは無かったので、彼女の収入は結構助けになっていた。
人柄も良く、美人で気立てのいいネレストを慕うものも多かった。数多くのの男が彼女にアプローチして、ことごとく失敗していったのだが、ある日、遂に彼女の心を射止めるものが現れた。美しい容姿を持つ青年ヴァンダリーだった。
2人は深い恋に落ちた。
互いを心から愛し合う、幸せな日々が始まった。
ネレストは、この幸せが続く事を願い信じていただろう。
しかし、その望みは通じなかった。
ヴァンダリーが、デルアラス王族の者であったからだ。
かつては、身分差の結婚と言うものはご法度で、王家のものが一般庶民と付き合う事等言語道断だった。ヴァンダリーは、身分を隠してネレストと愛し合っていたのだが、徐々に噂が立ち、城にもそれが流れてしまった。もし、ヴァンダリーの行為が本当であると知れると、彼は最悪死刑になってしまう。
ヴァンダリーは、追い詰められて我を失った。
ネレストへの愛さえも忘れてしまった。
ある晴れた日、ヴァンダリーはネレストの元を訪れて、彼女に国を去るように促した。しかし、ネレストは首を振った。彼への愛が深かったからである。それを、もはや受け止める事もできなくなっていたヴァンダリーは、遂に狂気に取りつかれ彼女の食事に毒を入れて殺してしまった。
ネレストは、愛する者に裏切られ、その命を奪われる事になった。
遺体は、デルアラスの墓地にひっそりと埋められたが、後に王家の墓の深部に移される事になった。
理由は、夜な夜な彼女が霊としてデルアラスの城に現れて、災いを呼ぶようになったからだ。ヴァンダリーも謎の病に冒されて亡くなり、他の王家の者達も似たような死を迎える者達が現れたのだ。
こうして、ネレストは「悪霊」と呼ばれるようになったのだった。