裏切り
ケーナは、かけがえのない親友であるファリーダを失った。
レイルは何とか生きていたが、その彼がノエリーを闇の刃で貫く……
力を失い倒れそうになるノエリーを、ケーナはとっさに抱える。
年上の女性とは思えない軽さだった。体内の血液が流れ落ちたからなのか、彼女の命が消えかかっているからなのかはわからないが、治療をする為の冥術をもってしても既に手遅れな状態だった。
「ノエリー!」
「……」
口に血が溜っているため、ノエリーは声が出せない。
ただ、目から涙を流し口を動かして、必死に何かを言おうとしていた。まるで、それは「逃げろ」と言っているようだった。
「何で……何でこんな……」
ノエリーを抱きかかえながら、ケーナはレイルの方を見る。
彼は、あの恥ずかしがり屋の少年は、この光景を見てあろうことか顔に笑いの表情を浮かべていた。手携えるあんこくの刃からは、冷たい邪気のようなものが放たれている。
「ククク……無様だねぇ」
「レイル……」
「君達って、ホント鈍感な奴らだよ。お人好しで、甘ちゃんで!」
「どうして、どうしてこんなことするのよ!?」
ケーナの眼差しは困惑で満たされていた。
まだ、信じられなかった。あの優しいレイルが、頼りにしていたファリーダやノエリーをこうも簡単に殺すなどとは考えられなかった。だから、他の可能性が頭の中に渦巻いていた。しかし、それを少年は見透かす。
「ケーナ、まさか僕がいま何者かに操られているとか、そんな呆けた事を考えていないよね?」
「えっ……」
「あははははは、図星だな! けど、残念ながら僕は操られてなんかいない……僕は正気さ! あのエドガルドのジジイも、ファリーダも、デルアラスのくだらない一般庶民も僕が自らの意志で殺した!」
「レイル……!!」
「僕のお芝居、上手かっただろ? 国でも有名なんだ……」
「嘘よ……嘘だよ!!」
「はーあ、君ぐらい考えが浅いヤツだと引っかかってもしょうかがいか? だから、便利な奴だったわけだけどさ」
「私達を、騙したって言うの……?」
「そうだよ。ずーっと、初めて会った時からね! おかしいとは思わなかったのかい? 砂漠の中を僕みたいな少年が1人で歩いてるなんて。おかげで、随分と楽が出来たなあ。お前のおかげで恰好の寝床も見つかったし、面倒な用事も随分手間が省けたよ」
「そんな……そんな……」ケーナの顔が、悲しみで満たされ、歪む。
「まあ、別に僕一人でもあの程度の試練ごとき十分に何とかなったんだけどね。ヘビも、アリジゴクみたいな魔物も、ワイバーンもトロルも、みんな木偶の棒ばっかりだったよ。あのガロウドって奴には流石にちょっと驚いたが、あのファムナとか言う古代人の生き残りがまたお人好しな入れ知恵してくれるもんだから、本気を出す事も無かったな」
「私達、一緒に今まで戦ってきたのは……何だったの……」
「全ては徒労さ! お前、僕の使った高等冥術見ても全然気付かなかったよね? あんなものは、そこらの見習いがおいそれと使えるもんじゃないんだよ!」
「レイル、あなたは一体……」
少年は、またクスクスと気持ち悪く笑った。
そして、嘲るようにケーナに言い放つ。
「僕の名は、レイル=レム=レンツフラウド。ガレストリア帝国第7冥導隊副隊長……通称<奸欺のレイル>さ!」
少年は、デルアラスで得たものの全てを、帝国の名のもとに一蹴した。
ケーナのわずかな希望的推測も完全に裏切ろうとしていた。