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91 脅し

「オルアン様……」


 助けを求めるように、現れた老人の名を呼ぶリシェルを腕で囲い込んだまま、シグルトが答えた。


「今日は結婚式のドレスの試着に来ましてね。師匠こそ、なぜこちらに?」


「散歩じゃ。わしの家がこの近くなのは、お前も知っておるじゃろ?」


「そういえばそうでしたね……」


 浮かない顔の弟子に、オルアンは眉をひそめ、呆れたようにため息をつく。


「それより、お前たち……こんなところで白昼堂々いちゃつくのはやめんか」


 どうやらオルアンの目には、密着するリシェルたちがそのように映ったらしい。シグルトは笑顔を作ると、鉄格子から手を放した。


「すみません。新婚なもので」


「結婚式はまだ先じゃろ? 浮かれるのも程々にせんか。シグルト、お前は立場ある身なんじゃからな。日頃から節度ある行動を心がけねばならん。そもそもお前は導師としての自覚が――」


「以後、気をつけます」


 お説教を聞く気はないとばかりに師の言葉をさえぎると、シグルトはそっとリシェルの背を押す。


「では、私たちはこれで」


 リシェルは内心焦っていた。どうしよう。このままでは家に連れ戻されてしまう。オルアンに助けを求めるべきか。だが、何と言えばいい? 何か言おうとしても、シグルトに邪魔されるか、誤魔化されてしまう気がする。


 リシェルは祈るような気持ちでオルアンを見た。想いが通じたのだろうか。オルアンが声を掛けてきた。


「ああ待て。時間があるなら、うちで茶でも飲んでいかんか? 妻がリシェルちゃんにまた会いたがっておったしな」


「せっかくですが――」


「ぜひお伺いしたいです!」


 願ってもない誘いに、自分でも驚くほど素早く大きな声が出た。頬を赤らめるリシェルに、オルアンは相好を崩した。


「そうかそうか。リシェルちゃんが来てくれたら妻も喜ぶ。シグルト、お前は用があるなら別に来んでいいぞ」


 孫弟子とは反対に、弟子には冷淡に言い放つ師に、シグルトは首を振った。


「いえ、ではお邪魔させいただきます。私のいないところで、リシェルにまた私の悪口を吹き込まれたら困りますから」


「わしは事実しか言っておらん。……ほれ、わしの家はこっちじゃ。ついて来い」


 ふんと鼻を鳴らして、オルアンは歩き出す。


「……店には、もう帰ると言ってありますから。じゃあ、行きましょうか」


 話しかけられ、リシェルはびくりと身を震わせたが、シグルトは怒っている風でもなく、門を開けてくれた。街道へ出て、オルアンの後に続く。


 横に並んで歩くシグルトを警戒するが、何かしてくる様子はない。さすがに目の前に自らの師がいる状況では何も出来ないのだろう。とりあえず、当面連れ戻される心配はなさそうだ。


 一息ついたリシェルに、シグルトがそっと耳打ちしてくる。


「……リシェル、師匠にはルーバス君の件は黙っていてくださいね。実は、あの件は法院内でもまだ限られた人間しか知らないんです。師匠が知れば話が長くなりますから」


 余計なことはいわないように……と言外に圧をかけてから、その声はさらに続けた。


「あと……さっきみたいに逃げようとか、師匠に助けてもらおうなんて考えないでくださいね。私は手荒な真似はしたくないんです。君にも……師匠にも」


 あくまで淡々と告げられる忠告――いや、脅しに心臓が震えて冷えた。その意味は、もし逃げたり、オルアンに助けを求めたら、強硬手段に出るということだ。

 

 リシェルは前を歩く元導師の背を見る。オルアンに助けを求めたら――孫弟子を実の孫のように可愛がってくれている彼は、きっと弟子に怒り、止めようとしてくれるだろう。その彼に、自らの師に、シグルトは実力行使も辞さないつもりだというのだ。ただの脅しだろうか。だが、先程のリシェルへの執着を口にした時の様子からして、今のシグルトなら本気でやりかねない。

 

 リシェルは胸の苦しさを感じて、ローブの胸元を握りしめた。

 

 彼は……こんなことを言う人だっただろうか。リシェルの知るシグルトは、確かに過保護すぎる面はあったが、ここまでして自分を束縛しようとしたことはなかった。アンテスタの任務だって、猛反対されたものの、結局はリシェルの意思をんで行かせてくれた。なんだかんだいって、いつもリシェルのことを第一に考えてくれる、優しい人だったのに。ルーバスの起こしたあの事件から、彼は変わってしまったように思えた。……いや、彼が変わったわけではないのかもしれない。自分がただ、彼が隠してきた本性に気づいてしまっただけだ。


 怯えと悲しみの入り混じった心のせいで彼を直視できない。リシェルは何も言わず、シグルトから顔を背けた。

 

 シグルトは自分を無視する愛弟子をしばらく見つめた後、嘆息たんそくし、肩を落とす。


「はあ……これじゃあ私、まるで悪者みたいですね。お姫様を守ろうとしてるだけなのに。なんでこう、物語の騎士みたいに格好よく決まらないかなぁ。そもそも魔法使いって、何でいつも悪役なんでしょうね? 今から騎士に転職しようかな」


 いつもの調子でたたかれる軽口も、リシェルの心を少しも軽くはしてくれなかった。

 悲しみから気をらそうと、ただ黙って、オルアンの背だけを見て歩くことに集中する。


 だから、リシェルは気づかなかった。

 シグルトが後ろ手でそっと何かを手招きしたこと。その後、物陰から現れた小さな生き物が、目にも止まらぬ早さで駆け寄り、街道に落ちるリシェルの影に飛び込んで、姿を消したことに。



短いですが、珍しく今週2回目の更新です。

お読みいただきありがとうございました!

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