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68 祝福

「ぜぇっっったぁぁいに駄目よ!」


 悲鳴に近いディナの声が、食堂の高い天井にこだまする。まだ昼時には時間が早いため、食堂内に人気はまばらだ。だが、遅めの朝食、あるいは早めの昼食をとっていた数人の魔道士たちが、ディナの絶叫に一斉にこちらを振り向く。




 国王との謁見から数日後。シグルトの謹慎があけ、久しぶりに法院に足を踏み入れたリシェルを待っていたのは、魔道士たちの困惑の視線だった。法院内を歩く時、皆いつもシグルトには丁寧に頭を下げ、後ろに続くリシェルには敵意のこもった軽蔑の眼差しを向ける。それが弟子入り後からずっと変わることなく続いてきた。だが、今彼らがリシェルに向ける視線に敵意はほぼなく、あるのは戸惑いだけ。目が合うと、ほとんどの者は慌てて目をそらす。今までのように睨み返されることはなかった。中にはなんと、シグルトだけでなくリシェルに対しても軽く頭を下げる者までいた。


 彼らの態度の変化に、リシェル自身が戸惑っていると、シグルトは満足げに笑った。


「君との婚約の話は、もう広まっているみたいですね」


 どうやら法院の魔道士たちの態度が軟化したのは、リシェルの立場の変化が原因らしい。彼らにとって、今までリシェルは“弟子”という体でシグルトが傍に侍らせていた“愛人”で、いずれシグルトが然るべき良家の娘なり、優秀な魔道士の女と結ばれれば、捨てられる存在なのだと認識されていた。だが、国王の前で“婚約者”だとシグルトがはっきり明言したことで、リシェルの立場は一気に変わり、今まで少女を蔑んで来た彼らは、“未来の導師の妻”にどういう態度を取るべきか決めかねているようだった。


 ずっと魔道士たちの冷たい態度に慣れてきたリシェルは、環境の変化に逆に居心地の悪さを覚えた。なんだかいろいろなことが変わってしまって、どうにもそわそわと落ち着かない。だが、一番心安らぐ居場所であったシグルトの側さえも、今は落ち着くとは言えないのだが。


 求婚を受け入れてからというもの、シグルトは常にリシェルの側にいて、文字通りべったりだった。


 今までだって、シグルトとの距離は近かった。彼はやたらとスキンシップが多いし、特に理由がなければどこへ行くにもリシェルと一緒だった。傍から見たら、確かにただの師弟関係には見えなかっただろう。今思えば、法院の魔道士たちに“愛人”だと誤解されても仕方なかったかもしれない。だが、それでも確かに、シグルトはずっと一線を引いていた。リシェルはまだ未成年だったし、成人した後もリシェルの気持ちに配慮していたのだと思う。


 それが一気に取り払われてしまった。これまでは一応人前では師匠としての体面を保っていたのに、今では人目があっても平気で“恋人”としての態度で接してくる。髪を撫でたり抱き寄せたり、手や額に口づけたり……唇に触れこそしないものの、「好きです」「愛しています」といった甘い言葉と共に与えられる、子供の頃とは意味の違う触れ合い。この“恋人の距離感”に、リシェルはまだまだ戸惑うばかりで慣れない。


 四六時中、シグルトがこの調子なので、リシェルは少々精神的に参っていた。謹慎中に溜まっていた書類を処理し、一通り各部署へ届けた後、シグルトの執務室へと戻りながら、そっとため息を吐く。今日はシグルトは用事があるらしく、出かけてしまったので、ようやく一人になれて、正直ほっとしていた。


 パリスとディナの顔が思い浮かぶ。会いたい。もう二人ともとっくに法院に戻ってきているはずだが、謹慎明けからずっと、面倒がるシグルトに溜まるに溜まった案件を処理させるため、執務室にこもっていたので、会いにいく余裕もなかった。どたばたと自分だけ先に王都に帰ってきてしまったことを謝りたいし、シグルトとのこともきちんと報告したい。


 だが、残念ながら二人とは思っていたような再会にはならなかった。偶然ばったりと廊下で出くわしたパリスに、開口一番「陛下の前でシグルト様と結婚するって言ったって本当か!?」と詰め寄られ、答える間もなく、今度は後ろから急に現れたディナに有無を言わさず食堂に引っ張って来られて、今に至る。


「ダメダメダメ! 絶対ダメ!」


「ディナ様、声が大きすぎます」


 取り乱した様子のディナに、むしろパリスは冷静さを取り戻したらしく、眉をしかめて先輩魔道士を制止する。


「あいつと結婚だなんて! 駄目! 絶対! 断固反対! 考え直しなさい! リシェル!」


 パリスを無視し、ディナはリシェルの両肩をぎゅっとつかんで、必死の形相で訴えた。


「あんな冷酷な男、絶対に不幸になるわよ!」


 ディナのこの反応は、リシェルが予想していたものと全く同じもの。彼女に祝福してもらえるとは思っていなかったし、これから先それを望むつもりもない。どうあってもディナにとってシグルトは“親友を殺した憎むべき男”なのだ。シグルトとアーシェ、当事者たちの想いがどうあれ、過去の事実は変えられない。


 ただただ純粋に自分を心配してくれるディナに申し訳なさを感じつつも、リシェルはゆっくりと首を振った。


「心配してくれてありがとう、ディナ。でも、ごめん。もう決めたから」


 リシェルの固い意思を含んだ静かな声に、ディナの肩からも力が抜けた。


「……あなた、やっぱりあいつのこと好きなわけ? もちろん、家族としてじゃなく、男としてって意味でよ?」


「うん、多分……」


「多分て……」


「二人から、その……昔の話を聞いてすごくショックだった。でも、私はやっぱり先生を嫌いにはなれなくて。今まで通り側にいたいって思ったの。だから――」


「あなたは何もわかってない」


 ディナの顔には静かな怒りと、苛立ちが浮かんでいた。


「あなたはただ、今まで面倒を見てくれたあいつに懐いているだけよ。雛が親鳥を慕うみたいにね。あいつは本当にろくでもない奴なの。人の気持ちを踏みにじっても何も感じない、人の皮を被った悪魔なのよ!」


「そんな、先生は――」


「あなたは知らないからよ! あいつがどんなにアーシェに辛く当たってきたか!」


 ディナは抑えきれないように再び声を荒げた。


「ディナ? 辛く当たったって……?」


 リシェルが問うと、ディナはしまったという顔で視線を泳がせる。


「それは、その……えーと、すごい量の課題を出したり、過酷な任務を押し付けて自分は楽したり、とか……」


 先程の勢いはどこへやら、途端にもごもごと歯切れが悪くなった。


「それは全部アーシェ自身が望んだことでは? 毎月のように魔道研究の論文を発表したり、進んで何度の高い任務を受けたり、彼女の自己研鑽への意欲の高さは有名でしたから」


 横から純粋に疑問をぶつけてくるパリスを、ディナはじっとりと睨んだ。


「……パリス、あなたって余計なことしか言わないわね」


「はあ!? なんの言いがかりですか!?」


「おい、お前らちょっとうるさいぞ」


 二人の言い合いが始まる前に、低い男の声が割って入った。


「ブラン様」


 三人が気づかぬ間に後ろに立っていたのは赤髪の大男、ブランだった。導師が一般の魔道士に混ざって食堂を利用することなどめったにないというのに、なぜ彼がここにいるのか。


「ディナが騒いでる声、食堂の外まで聞こえてたぞ」


 三人の疑念に答えるように、ブランは呆れたように言い、やや表情を厳しくしてディナをたしなめる。 


「ディナ、ちょっと言い過ぎだぞ。お前の気持ちもわかるが……あいつだって自分のしたことで、悩んで、苦しんでる、ちゃんと感情のある人間だよ。少なくとも、リシェルを大事に想っていることは、ずっと二人を傍で見てきた俺が保証する」


「……ブラン様はいつも、あいつのことを庇いますよね」


 ブランの言葉にも、ディナの橙色の瞳に宿る怒りは消えることはなかった。


「十年前のあの時……アーシェが殺された時だって、きっと何か事情があったはずだって……罪のない弟子を殺して許される事情って、一体何だって言うんですか?」


「……ディナ」


「ルゼルに命令されたから? あいつはルゼルより強いのに? なんで師匠なのにアーシェを守らなかったの? アーシェはただ正しいことをしただけなのに、誰もあの子を守ってくれなかった」


「……すまない。俺にもっと力があれば……」


 ブランは眉を寄せ、悲痛な表情で、声を沈ませる。当時、ブランもアーシェを救うためにできる限りのことをした。だが、結局何も出来なかった。ルゼルの悪事の証拠を掴むことはもちろん、自身の師である、先代導師ラシムを説得することも。何よりも規律を重んじる彼は、弟子がどれだけ頼み込んでも、法院の秩序を乱したアーシェに味方してくれることはなかった。師のことは、彼が引退した今でも尊敬はしているが、全く恨んでいないかといえば嘘になる。オルアン、ガームと共に彼がアーシェを庇ってくれていれば、結末は変わっていたかもしれないのだ。


 師がアーシェに味方してくれていれば。シグルトが法院と戦うことを選んでいれば。アーシェの死後、こんな他力本願な考えばかりを巡らせる自分の情けなさに、ブランはうなだれた。


 ディナは何かをこらえるかのように、ぎゅっと両拳を握りしめた。


「わかってます。ブラン様も、オルアン様も、おじいちゃんも、アーシェを助けようとしてくれてた。でも……結局ああいうことになったのに、誰もシグルトを責めなかった。アーシェのために本気で泣いて、怒ってるのは私だけ。そんなの、あんまりじゃないですか……だから、私は絶対にシグルトを許しません。私はあいつがしたことを、なかったことになんてしない。絶対にアーシェのことを忘れたりなんかしない!」


 一気に言い切ってからディナが黙ると、場がしんと静まり返った。親友を奪われた理不尽への怒りと悲しみがどうしようもなく伝わってきて、誰も何も言えなかった。ディナは涙こそ見せていないものの、唇を軽く噛み、ブランを挑むようにまっすぐ見ていた。


 リシェルはそんなディナを見つめながら考える。一体彼女にどんな言葉をかければいいのだろう。六年経っても、親友を失った心の傷が少しも癒えることのない彼女に。彼女の憎む相手を信じることを選んだ自分が。こういう時、アーシェだったらきっと何か友達の救いになる言葉を与えられるのだろうか。自分が情けない。


 重苦しい沈黙を破ったのはディナだった。真剣な表情でリシェルに向き直る。


「……リシェル、あなた、あいつと六年前のことについては話したのよね?」


「……うん」


「あいつは何て?」


「私は、身寄りがなくて、アーシェさんとカロンの村で暮らしていて……アーシェさんは先生と戦って、亡くなる直前に、私のことを先生に託した……って。私の病気を治すために、先生が魔法を使って……それで、私は記憶を失くした……みたい」


「シグルトがそう言ったのか?」


 ブランもこの話は知らなかったのか、目を見張っている。親友であるブランにさえ、師は六年前のことは何も語っていなかったのだと、リシェルは意外に思った。


「あいつは……! あいつはアーシェを殺したときのことも言ってた!?」


 身を乗り出してきたディナに、リシェルはシグルトが言ったことを勝手に話していいものか迷った。師はブランにすら話していなかったのだ。だが、親友の死の真相を知りたいというディナの必死さに押され、ためらないがらも言葉を続けた。


「その……先生は……本当は、自分がわざとアーシェさんに殺されるつもりだったって。自分が殺されれば、法院もアーシェさんを追うのを諦めるだろうから。でも、戦いの最中に、なぜかアーシェさんが攻撃を避けなくて、それで……」


「……」


 ディナの表情が険しくなった。


「……遺体が完全に灰になっていたのは?」


「ルゼル導師に……好き勝手させないためだって……」


「リシェル、あなたは六年前の……その当時のこと、思い出したの?」


 シグルトの話を聞いてしばらく経った後も、残念なことに思い出せることは何もなかった。リシェルは正直に首を振った。


「それは……何も……」


「……馬鹿ね。そんな都合のいい話、信じるなんて。何もかもあなたを丸め込むための嘘にしか思えないわ」


 信じてもらえないだろうとは思っていたが、案の定ディナは呆れたように大きく息を吐いた。


「アーシェを助けるために自分が殺される? 確かに執念深いルゼルはどこまでも追ってくるでしょうけど、本気でアーシェを助けたかったなら、あいつなら他にいくらでも手段はあったはずよ。アーシェを連れて国外に逃げるなり、ルゼルを殺すなり、ね」


 さらりと物騒なことを言うディナに、リシェルは少し気圧されつつ、反論する。


「でも、先生は法院には勝てないって……」


「だからまず、そこが嘘なのよ。あなたにはまだあいつの実力がよくわかっていないのかもしれない。でもね、あいつがその気になれば、他の六導師全員を葬ることだって不可能じゃない。違いますか、ブラン様?」


「……あいつは周りが買いかぶり過ぎだって言うけどな」


 ブランは曖昧に答えたが、内心ディナの言葉に同意しているのは明らかだった。


「あいつならアーシェを救うことが出来た。それは間違いない。でもあいつはそれをしなかった。それってつまり、あいつは弟子よりも、正義よりも、法院での立場を取ったってことよ」


 ディナは冷ややかな声ではっきりと断じた。


「あいつの化け物じみた力と当時の状況からして、その話はまるで説得力がないわ。信じられるわけない」


 リシェルはうなだれた。確かに自分の記憶が戻らない以上、シグルトの話が真実だと証明する術はない。客観的にみれば、何の証拠もなく、嘘だとしか思えない話なのかもしれない。結局、自分はシグルトのことを信じたいだけなのだ。


「……ただ」


 次にディナの口から出た声音は、先程とは変わって、刺々しさが抜けていた。


「アーシェがあなたと一緒にいていて、最後にあなたをあいつに託したって話は……本当かもしれないって、思う……」


 ディナは橙色の瞳を細めながら、柔らかな表情でリシェルを見る。


「リシェル、あなたは少し……アーシェに似てるから……アーシェはきっと、あなたを放っておけなかったんだと思う。だからきっとシグルトにあなたのことを頼んだのね」


「え?」


 自分とアーシェが似ている? 一体どこが?

 意外なことを言われて、リシェルは首をかしげた。


 若くして天才と言われた、希代の魔道士。自信に溢れ、気が強く、周囲との衝突も耐えなかったが、同時に優しさと強い正義感も持っていたアーシェ。自分とは何もかも真逆ではないか。一体どこが似ているというのだろう。


「……私だってわかってるの。アーシェは最後の瞬間も、きっとあいつのことを恨んだり、憎んだりしてはいなかったんだろうって。たとえ何があっても、あの子があいつのことをそんな風に思うはずがない。だって、アーシェはあいつのことを本当に――」


 ディナはそこで一度、言葉を飲み込み、続けた。


「――尊敬していたから。でも……だからこそ、私はあいつを許せないのよ」


 再び沈黙が訪れる。

 いつもならシグルトを悪く言われれば必ずディナに反論するパリスも、今は何も言わなかった。ブランも眉を寄せ、これ以上親友を擁護することはしない。どんな言葉を掛けても、ディナの憎しみも悲しみも、変えることは出来ないのだと、この場の誰もが悟っていた。


「ディナ……私……」


 リシェルもなんと言っていいかわからなかった。シグルトを許してほしい、なんて言えない。でもだからといって、彼女の望む通りシグルトとの結婚をやめるとも言えない。


 ディナは葛藤するリシェルをちらりと見てから、この場の重くなった空気に自身が耐えられなくなったように、ふっと息を吐いた。


「……それにしても、ほんっと、なんでブラン様があんな奴と仲いいのか理解できません。子供の頃からの付き合いって聞いてますけど、一体どんなきっかけで友達になったんですか?」


「あ、僕もそれ知りたいです」


 ディナの声に怒りはもうなく、代わりに話題と空気を変えようとする意図があった。それを察してパリスも乗じる。ブランはディナに何か言いたげではあったが、二人の意を汲んで話し始めた。


「ああ、俺とあいつは魔術学院の同級生でな。まあ、あいつの方がさっさと先に卒業しちまったが。最初は別にそんな仲よくはなかったなぁ。あいつはなんというか、いつも笑ってはいるけど、こう、他人と一線引いてる感じでな」


「今と変わってないじゃないですか」


 ディナが冷たく言うと、ブランは苦笑した。


「確かにな。まあ、魔道士なんて他人に興味のない奴の方が多いから珍しくもないが、あいつは入学以来ずっと首席で、魔力も桁外れだったから、周りからもちょっと近寄りがたいと思われててな。特に親しい奴もいなかった」


「なるほど。ぼっちだったあいつの、初めてにして唯一の友達がブラン様ってわけですね」


 揶揄するディナに咎める視線を送りつつ、パリスが話の先を促す。


「どうやってお二人は仲良くなられたんですか?」


 最も憧れる魔道士と自らの師の昔話に、純粋に興味があるようだった。


「きっかけは……そうだな、ガルディアの墓の見学の時かな」


「ガルディアの墓って、確か天の塔の最地下にある?」


 本で読んだ記憶を辿るリシェルに、パリスが頷いた。


「そうだ。焼身自殺したガルディアの遺灰を、弟子たちが集めて安置したんだ」


「ガルディアの墓は、学院の生徒は必ず魔道史の授業で見学に行くんだが……その時に、あいつ、隅っこで真っ青な顔してうずくまっててな」


 ブランは昔を思い出すように目を細めた。


「がくがく震えて、冷や汗かいて、虚ろな目で……頭を抱えて、嫌だ、嫌だってうわ言みたいに呟いて。気分が悪いのかって聞いても答えないし。後にも先にもシグルトがあんなに弱っているのを見たのはあの時だけだな。いつも飄々としてて、人の助けなんて必要としない、どこか人間離れした奴だって思ってたけど……ああ、こいつもちゃんと弱いところのある、人間なんだなぁって思ったよ。それで俺が先生が来るまで傍にいて介抱してやって……それからだな。俺が勝手に親近感覚えて、ちょくちょく話しかけてたら、だんだんあいつも素で返してくれるようになって……」


「いつしか親友になった、と?」


「まあ、あいつが俺のことをどう思っているかはわからんが、俺はそう思ってるよ」


 ディナに言われ、周りから親友と思われていることに気恥ずかしさを感じたのか、ブランは少し照れたように頭をかいた。


「お人好しのブラン様らしいですね。そんな昔からずっと、あいつにおせっかい焼いてるだなんて」


「はは、おせっかいか。確かにそうだな。でも、なんか放っておけなかったんだよな……なんというか……あいつ、昔はあんまり生きる気力がないように思えてな。夢も語らないし、未来の話も一切しない。子供の頃から妙に醒めてて……生きることを諦めていると言うか、投げやりと言うか……もしかして、何かの病で余命宣告でもされてるんじゃないかって、心配したくらいだったよ。気をつけていないと、どこかに消えるんじゃないかって、いつもそんな気がしてた」


 ディナがはっとして目を見開いた。


「……それ、昔アーシェも同じこと言ってました」


「そうか。アーシェも感じてたんだな。でも、あいつはアーシェを弟子にしてから、だんだん変わった。アーシェと関わる時だけ、本当に楽しそうだった。あの子を自分を超える大魔道士にしてやりたいって、あいつ、初めて未来の話をしたんだ」


「……だったら、どうして……」


 小さな声で漏れた疑問に、ブランはディナに憐れむような目を向けつつも、きっぱりと言い切った。

 

「……六年前の真相はわからない。でも、俺はシグルトを信じるよ。あいつを変えてくれた、アーシェのことも。絶対に二人は憎しみ合ってあんなことになったんじゃないと、俺は思ってる。……リシェル」


 ブランはふいに呼びかけ、リシェルに向き直った。


「カロンのことも、アーシェのことも、今までずっと黙っていて、すまなかった」


「そんな……ただブラン様は先生の気持ちを考えていたからですよね」


 人のいいブランのことだ。リシェルが彼にアーシェのことを尋ねた時も、シグルトとリシェル、二人の気持ちを考えて板挟みになっていたに違いない。ブランを責めるつもりなどリシェルには毛頭なかった。


「お前も辛かったろうに……それでも、あいつのこと信じてくれたんだな。ありがとう」


 ブランの大きな手が、リシェルの頭にぽんと軽く乗せられた。子供の頃、彼によくこうやって頭を撫でてもらったが、本当に大きな手だ。大きくて、温かな手。


「お前がいなかったら、あいつはきっと、昔に逆戻りしていた。いや、もしかしたら六年前のあの日……アーシェを失ったあの日に、本当に消えてしまっていたかもしれない。お前と出会えたから、あいつは今ここにいるんだと思う。ずっとお前たちを側で見てきたからわかるが……シグルトにとって、リシェル、お前は生きている意味そのものなんだよ」


 ブランはずっとシグルトのことを心配して、見守り、おせっかいを焼いてきたのだ。子供の頃からずっと。リシェルが何も知らなかった間も。シグルトは、そのことにちゃんと気づいているだろうか。こんなにも想ってくれる友が側にいることに。


「リシェル、婚約おめでとう。俺が言うのもおかしいかもしれないが……あいつのこと、よろしく頼むよ」


 婚約者の親友の祝福と願いに、リシェルはしっかりと頷き返して応えた。


「まあ、あいつはいろいろ性格的に問題があるから、苦労することもあるだろうが……何か困ったらいつでも相談に来いよ」


 ブランはそう言って笑った。





お読みいただきありがとうございます^^

章分けしてませんが、一応次話で2章終了、一区切りのつもりです。

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