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40 いない

「何をしているんですか?」


 シグルトは、庭にしゃがみ込んでいる弟子の姿を発見して、声をかけた。白いローブの裾を汚さぬよう、気をつけながら弟子へ近づく。


「あ、先生」


 弟子が振り向き、立ち上がる。

 その足元には、昨日までにはなかった、可憐な薄紅色の花がいくつも咲いていた。


「今、お花を植えてたんです。セイラに任せてたんじゃ、庭、殺風景なままだから」


 弟子はパンパンっと手を叩いて土を落とすと、今度は黒いローブについた土を払う。


「可愛い花ですね」


「“リシェル”っていう花なんですよ。名前も可愛いでしょ?」


「ああ、聞いたことあります。大陸東方から輸入されて、流行ってる花だとか。この間授業の時に、ミルレイユ様がそんな話してましたね」


「そうなんです。最近、この花の名前を子供につける人多いみたいですよ。この花みたいに可憐に育つようにって。私もそういう可愛い名前がよかったなぁ」


 ぼやく弟子に、シグルトは言った。


「アーシェもいい名前だと思いますよ?」


「魔道士になって、古代語で“灰”って意味だって知るまでは、私もそう思ってましたけどね。うちのお母さん、古代語の知識なんてない一般人だから、ほんとにたまたま付けたみたいですけど」


 不満げに言って、肩のあたりで無造作に切り揃えられた自らの髪に手をやる。

 艶のない、灰色の髪。

 法院で他の魔道士たちに、“灰かぶり娘”“ネズミ女”などと、陰口を叩かれる原因となっているその髪色を、年頃の弟子はひどく気にしていた。


「魔力の影響で変化したっていうなら諦めもつきますけど、生まれた時からこんな変な髪色にするなんて、神様ってほんとひどい」


「気持ちはわかりますよ。私もこの年で髪真っ白だし」


「先生の髪はまだいいじゃないですか。サラサラしてるし、艶もあるし。私なんていくら手入れしてもバサバサだし、艶出ないし……これも魔力の影響なんですかね?」


 むくれる弟子に、慰めるつもりで言葉をかける。


「でも、神様は君に素晴らしい才能をくれたでしょう? オルアン導師がこの間君が開発した新術、とても誉めていましたよ?」


「あったり前じゃないですか」


 アーシェは不敵ににっと笑う。


「なんてったって、私はいずれ先生を超える大魔道士になるんですから」


 シグルトは苦笑した。弟子の自信たっぷりの発言は、人並みはずれた才能と実力に裏付けされたものだ。この強気な態度のせいで、彼女の才を妬む他の魔道士たちには嫌われているようだが、自分は不快には思わなかった。もっとも、少し自重して欲しいとは思うが。先日彼女が好戦的な現国王ジュリアスに向かって、戦争に疑問を呈するような質問をした時は、さすがに焦った。


「ほんと、君の将来が楽しみですよ」


「ふふ、見てて下さい。もっと凄い術を編み出して、あっという間に先生なんて追い越しちゃいますから。私、白のローブを着ないで、いきなり濃紺のローブを先生と一緒に着ることになっちゃうかもしれませんね」


 冗談を言う弟子の笑顔は、どこまでも無邪気で朗らかだった。決して美しいとは言い難い顔立ちの彼女だが、その笑顔には不思議と人を惹きつけるものがある。

 彼女はきっといつか、自分を超える魔道士になるだろう。導師となって、濃紺のローブを纏う弟子の姿を想像した。一抹の空しさを感じる。……おそらく、自分が現実にその姿を目にすることはできないだろうから。


「でも……開発して誉められるのって、全部、戦争に役立ちそうな術ばっかりなんですよね」


 不意に弟子は声を落とした。


「その前に出した、荒れ地を緑化する術はみんな完全無視でしたし」


「……こんなご時勢ですからね。仕方ないでしょう」


 今、この国は領土拡大のため、近隣諸国との戦争の真っ最中だ。魔道士に求められているのは、より効率よく多くの敵を葬る術を生み出し、それを戦場で実践することだった。


「……先生。先生と私、敵国の軍でなんて呼ばれてるか、知ってます?」


 弟子の顔に、自嘲するかのような笑みが浮かぶ。


「“紫眼の悪魔”と“死灰の魔女”ですって。どんな凶悪な師弟だって感じですよね? なかなかお似合いな感じはしますけど」


「……」


 この国で期待されている魔道士の役割。魔法を戦争で使い、命を奪う。それが彼女を苦しめている。


「……魔道士になったこと、後悔してますか?」


 彼女を魔道士の世界に引き込んだのは自分だ。法院の命だったとはいえ、直接説得したのは自分であり、彼女の苦しみの責任は自分にある。


「いえ、全然。私、魔法くらい夢中になれるものって他にないし。それに、あのまま村にいても、悪魔の子だって気味悪がられて、いじめられてるだけでしたよ。王都に来てよかったって思ってます。先生には本当に感謝してますよ」


 アーシェは笑顔で否定し、少しだけ寂しそうに付け加えた。


「ただ、誰かを傷つけるためじゃなく、いつかこのリシェルの花畑を作ったり、そういう……人を喜ばせるようなことのために魔法が使えたらいいなって……」


 励ます意味と、出発を促す意味を込めて、シグルトは弟子の肩をぽんっと叩く。


「さ、そろそろ時間です。行きましょうか」


 先に歩き出すと、後ろから弟子がついて来る気配がした。


「……先生、この花の花言葉、知ってますか?」


 アーシェがさりげない風に尋ねてくる。だが、その声音には微かな緊張があった。


「……さあ、知りませんね」


 わざと興味なさげに答えた。

 本当は知っていた。

 知っていたのに、知らないふりをした。


「……そうですか。先生、花言葉なんて興味ないですもんね」


 背後にいる弟子がどんな表情をしているのか。

 振り返って確認することはしなかった。

 そうすることが、自分にとっても、彼女にとっても、一番いいと思っていたから――――





「シグルト様?」


 突然立ち止ってしまったシグルトに、案内役の兵は怪訝そうな顔をした。王との謁見を終え、城の外へと案内される途中、シグルトはたまたま、すれ違った侍女が手にしていた薄紅色の花を見て、思わず足を止めていた。


「ああ……すみません」


 思考を振り払うように首を振り、微笑んで謝罪すると、再び案内役の兵について歩き出す。

 わかっている。

 どれだけ過去を懐かしんでも、意味はないこと。

 どれだけ悔いても、自分の犯した罪が消えないこと。

 どれだけ望んでも、あの時には戻れないこと。

 なぜなら、彼女は、もう――――――






「いない…………」


 エリックがぼそりと呟いた。


「おい、誤魔化すな。質問に答え――」


 険しい表情で彼と対峙していたパリスが言いかけるが、途中ではっとしてその視線の先を追う。

 道化師を囲む人の輪。そこに、先程まであったはずのリシェルとクライルの姿がない。

 エリックが小さく息をつく。


「……やられたな。逃げられた」


「……! あの馬鹿っ。また勝手なことを!」


「あれ~? エリックさんじゃないっすか」


 のんびりとした男の声に振り返れば、ザックスが立っていた。


「……と、魔道士の坊ちゃん?」


 エリックとパリスという組み合わせが意外であったらしく、ザックスは眉を寄せた。彼の後ろにはダートンもいた。骨付き肉を片手にもごもごと口を動かしている様が、妙に愛嬌がある。

 そしてもう一人、ダートンと並んで立つ中肉中背の男。パリスは彼に見覚えがあった。たしか、ザックスたちと同じ一般兵で、たまに彼らと会話しているのを見かけたことがある。あまり特徴のない容姿だが、彼もリシェルを気にしている男の一人なのか、彼女と一緒にいるとよく目が合うので覚えていた。

 三人とも休日であるからか、一応腰に剣は下げているものの、防具の類は身につけていない。


「どうしたんすか? こんなところに二人で突っ立って」


「お前たち、王子と会わなかったか?」


「リシェルも一緒のはずだ」


 エリックの問いに、パリスが補足する。


「いやあ、見ませんでしたけど……まさか、また大将に逃げられたんですかい?」


 日常的に起こるクライルの失踪に慣れているザックスはすぐに状況を察する。ダートンは肉を頬張るのを止め、少し青ざめた。


「そりゃあちょっとまずくないですか? 大将、ついこの間、刺客に襲われたばかりじゃないですか」


「ん~でもまあ、リシェルちゃんが一緒ならそんなに心配いらないだろ? なんてったってシグルト様の弟子だ。俺らより強いだろうし」


 心配する相棒とは逆に、ザックスは楽観的だ。

 刺客の話が出て、パリスは焦った。王都を出発する数日前、クライルが何者かに矢で狙われるという事件があったという話は聞いていた。護衛の騎士――おそらくエリックのことだと思われるが――が死角から不意に飛んできた矢を剣で払い落とすという離れ技を行ったおかげで、王子は事なきを得た。後継者問題で宮廷内がもめている現在、彼の命を狙う者ははいくらでもいる。その状況をわかっていながら、相変わらずふらふらと街へ出歩き、今回も勝手な行動を取る王子に心底うんざりする。


(まったく……あの人のどこが王に相応しいんだよ?)


 思わず険のこもった眼差しでザックスを見る。それに気付いた彼も同じくパリスを睨み返した。

 もし、こうしている間にも、クライルがまた狙われて、リシェルがそれに巻き込まれでもしたら――想像して背筋が冷えた。今度は首を締められるどころでは済まないかもしれない。あの一件以来、シグルトに対する尊敬の念は変わらずあるが、それと同じくらいの恐怖心もまた抱いていた。


「とにかく早く探さないと」


「ロビン、探すって……この街結構広いぞ? 手分けするか?」


 ダートンの隣に立つ男が口を開き、ザックスが弱り顔になる。

 パリスは密かにほくそ笑んだ。今こそ、この無礼な連中に魔道士の、自分の力を思い知らせる時だろう。


「走り回って探す必要なんてない。リシェルの居場所ならすぐわかる」


 パリスはローブの懐に手を突っ込み、小さく折りたたまれた布を取り出した。白い、レースの縁取りのされた女性物のハンカチ。それを手に、得意げな笑みを浮かべる。


「こういうこともあろうかと、あらかじめあいつの持ち物を携帯しておいたんだ。探知の術を使えばすぐに見つけられ――――っておい!」


 パリスが言い終わらぬうちに、エリックが懐から何か引っ張り出すと、いきなり走り出した。


「待てって! 闇雲に探したって見つからないだろ!?」


 叫びも空しく、エリックの姿はあっという間に通りの角を曲がって見えなくなる。なんという足の速さだろう。


「よし! エリックさんは大将捕まえるの慣れてるからな。俺らもエリックさんを追うぞ!」


 ザックスが促し、3人の部下も上官に続いた。途中、ロビンと呼ばれた男がちらりとパリスを振り返ったが、すぐに仲間の後を追う。結局、パリスだけが一人取り残された。


「あいつら……人の話を聞けって……ふん、せいぜい無駄足踏めばいいさ」


 苛立ちながら、白いハンカチをばっと広げ、軽く片手で撫でる。ハンカチが一瞬、青白く光った。すると、まるで風に揺られているかのように、独りでに一定方向へとなびき出す。


「……あれ? 方向、こっちで合ってるな。勘のいい奴」


 パリスは舌打ちすると、エリックたちの後を追った。








 アーシェはもういない。

 殺されて……死んでしまった。

 知らされた事実に、リシェルは衝撃を受けていた。

 幼い日の自分の髪を愛おしそうに梳いて、優しく微笑んでくれたアーシェ。

 彼女がもう、いないだなんて――――


「でも考えてみると妙だな~。弟子がそんな問題起こしたのに、シグルトの奴、よく導師になれたよね。弟子の不始末は師匠の責任……が法院の原則でしょ? それまでの功績がすごいってのもあったのかもしれないけど……なんでかな~?」


 自分の過去への唯一の手掛かりを失って、呆然とするリシェルをじっと見つめながら、クライルは首を傾げる。疑問を口にしながらも、大体の予想はついていた。おそらく、シグルトは弟子の不始末の落とし前をつけたのだろう。……自らの手で。

 自分の話を聞いていないのか、俯き黙り込んでいるリシェルに、クライルは言った。


「ねえ、シグルトに聞いてみたら? アーシェのこと。何かわかるかもしれないよ?」


「それは……」


「聞けないの?」


「先生、アーシェさんの話をした時、すごく悲しそうで……だから……」


「本当にそうなの? シグルトを傷つけたくないから? 自分のためじゃなくて?」


 リシェルははっとして顔を上げた。そこにあったのはクライルの優しげな微笑み。


「リシェルちゃんはさ、怖いんでしょ?」


「え?」


「シグルトとの関係が変わってしまうことが」


(怖い――――?)


 思いがけぬことを言われ、戸惑う。


「アーシェのことを聞いたら、シグルトに嫌な思いをさせて、嫌われてしまうかもしれない。だから、本当は聞きたいのに、聞けない。あいつの気持ちをはぐらかしてることだってそう。受け入れて恋人同士という未知の関係になることも、拒絶して今の師弟関係のままでいられなくなることも怖い。だから、なんだかんだ理由をつけて、答えを出すことを避けてる」


 クライルの言葉がじわりじわりと染み込んできて、胸の辺りが圧迫されるような感覚を覚えた。それは多分、自分自身ですら気づいていなかった気持ちを暴かれた不快感。あるいは、目の前に晒されたその醜さへの嫌悪。


「まあ、無理もないか。記憶も何もない君にとって、シグルトは唯一の居場所なんだろうし。シグルトとの関係は絶対に壊したくない。失いたくない。だから、その関係に変化が起こるのが怖い」


 クライルは少し屈んで、リシェルの顔を覗き込む。


「どう? 当たってる?」


「……」


「君自身自覚はないかもね。けど、当たってるはずだよ。なんたって僕は女の子に対する観察眼には自信があるからさ~」


 ……そうだ。自分はどこかでずっと恐れていた。今のシグルトとの居心地の良い師弟関係が変わってしまうことを。記憶を失った自分が縋ることのできる、たった一つの繋がり。自分が今ここにいていいのだという根拠。

 もしもそれが変わってしまったら……壊れてしまったら?

 だから、アーシェのことでも、求婚のことでも、シグルトときちんと向き合うことから逃げていた。

 居場所を失いたくないから。……ものすごく自分勝手だ。


「でもさ、それじゃあシグルトが可哀想だよ?」


「わかってます……先生の気持ち……ちゃんと考えなきゃいけないこと……」


 リシェルはローブをぎゅっと握りしめた。


「というか、考えるまでもないと僕は思うんだけど? リシェルちゃんにとって、あいつは恩人で、返しきれない程の恩があるんでしょ? だったら、君に拒む権利なんてないんじゃない?」 


 クライルの表情は相変わらず優しげだが、緑の目の奥、言葉の端々にどこか冷えたものを感じた。


「わかってるとは思うけど、リシェルちゃんて相当運がいいよ。カロンの戦いって結構激しかったみたいだし、もしシグルトに拾われてなかったら、きっと生きてなかった。いや、死んだならまだましか。リシェルちゃん可愛いし、ろくでもない連中に捕まってたら、もっとひどい目に合ってたかも。どっかの悪趣味な金持ちに買われて散々弄ばれた挙句飽きられて殺されるか、娼館に売り飛ばされて毎日毎日好きでもない男の相手をさせられるか……実際、僕はそういう境遇の女の子を何人も知ってるし。君は本当に運がいい」


 クライルの言葉に、もしかしたらあり得たであろう状況を想像してリシェルはぞっとした。自分が思っていた以上に、自分は今恵まれた環境にいるのだ。


「ああ、ごめん。ちょっと色々言いすぎたかな?」


「いえ……私、先生に拾われてなかったらどうなってたかなんて……そこまで深く考えてなかったから……そうですよね。私、もっと先生に感謝しなきゃいけないですよね」


 リシェルは青ざめながらも首を振った。クライルの言う通り、自分が受けた恩を考えれば、シグルトの気持ちを拒む権利なんてない。シグルトと出会わなければ、自分は名も与えれないまま、地獄のような日々をただ生きるだけだったかもしれないのだ。

 そんなリシェルの様子を伺いつつ、クライルは続けた。実際そこまでの感謝に値する奴かどうかは怪しいけどね――――内心の想いは表に出さずに。


「シグルトのこと、嫌い?」


「そんなわけないです」


「じゃあ、好き?」


「はい……ただ、その、そういう恋とか結婚とかの好きかどうかは……」


 クライルがくすっと笑った。ほんの少しだけ、馬鹿にしたような笑いだった。


「恋愛感情じゃなくても、好意があるなら別にいいじゃない」


「え?」


「ねえ、リシェルちゃん。世の中、恋して好きになった相手と必ずしも一緒になれるわけじゃないんだよ? 僕なんて、これでも一応王子だし、いずれは好きでもない、どころか嫌いになるかもしれない、どっかの国の王女か、貴族のお嬢様と結婚しなきゃいけないんだ。政略結婚ってやつ。……もちろん、姉上もね」


 最後に一瞬だけ、声が切なさを帯びる。

 クライルは気分を変えようとするかのように、大きく伸びをすると頭の後ろで両手を組んだ。


「シグルト、僕はいいと思うけどね~。強いし、金持ちだし、顔もそこそこいいし。性格は……まあ、リシェルちゃんには優しいんでしょ? 嫉妬深そうなとこがちょっと怖いけど、浮気さえしなきゃ、一生大事にしてくれるんじゃないかな?」


「クライル様って……まるで、先生と私をくっつけたいみたい……」


「そりゃあそうだよ~。シグルトは僕にとっても先生だったわけだし。幸せになってもらいたいもん」


 クライルはへらへらと笑った。一体どこまでが本心なのか。リシェルは、もう彼が世間で言われているような、ただの無邪気で愚かな王子でないことに薄々気づいていた。


「まあ、もしリシェルちゃんに他に気になる奴がいるっていうなら、また話は別だけど?」


「気になる……」


 艶やかな黒髪と、深遠な黒い瞳。

 一瞬脳裏に浮かんだ人物の姿。


(……エリックさんのことが気になるのは、エリックさんがカロンの出身だから……)


 それだけだ。それ以外の理由などない……はずだ。


「私……王都に戻ったら先生とちゃんと話そうと思います。アーシェのこと……それから、返事、すごく遅くなっちゃったけど、それでも先生が私でいいって言ってくれるなら……求婚、受けようと思います」


 多分それが、自分にできる、そして自分がすべき、シグルトへの最大の恩返しなのだ。


「よかったぁ。あいつ喜ぶよ~」


 クライルは顔を綻ばした。心から喜んでいる笑顔に見えた。


「さ、じゃあ、そろそろあいつらの所へ戻ろうか~。今頃探してるかも」


 クライルが歩き出し、リシェルも続く。日はまだ高いが相変わらず人気のない墓地を、元来た方角へと進んだ。

 不意に何か思いついたのか、クライルが歩きながら顔だけを振り返った。


「あ~ところで、話変わるけど、リシェルちゃんとエリックってさ――――」


 言いかけた、その時。


「……クライル王子だな?」


 男の声がした。一体どこから現れたのか。目の前に全身真っ黒な服に身を包み、同じ色の覆面で顔の下半分を覆った男が立っていた。まなじりのつり上がった鋭い目でクライルを射るように見つめている。日の光に照らされる白い墓石が立ち並ぶ中、その黒い姿は不吉な存在感を放ち、まるで本物の死神のように見えた。


「リシェルちゃん……僕、今、な~んか、すっごい嫌な予感がするよ~?」


 見るからに不審な男の出現に、クライルは口元を引き攣らせた。

 覆面の下から、くぐもった、しかし明確な男の声が放たれる。


「――――死んでもらう!」


 銀色の光がきらりと一閃した。



ようやくまともにアーシェ登場。。長かった。。

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