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17 過去への手掛かり


 ……人の話し声がする。二人の男の声。

 片方の声には聞き覚えがある気がした。

 だが、頭がぼんやりして、何を話しているのかまでははっきり理解できない。


 体中がだるい。手足の先に軽いしびれを感じる。

 それでもなんとか頭を少し持ち上げまぶたを開くと、数本の男の足が見えた。

 背を壁に持たせる格好で床に座らされているようだ。


 ここはどこだろう。

 あまり広くはない、物置のような、色々なものが乱雑に置かれた部屋。

 ゆっくりと意識が覚醒してくる。


(そうだ、私、気を失って……!)


 はっとして、手前にいた男の足を辿って、上を見上げる。

 青い髪を持つ、礼服姿の少年の姿が目に飛び込んできた。


「パリス……!」

 

 リシェルの上げた声に気付き、パリスが振り返る。リシェルと目が合うと、その顔にいつもの人をあざけるような笑みを浮かべた。床に座らされているリシェルの前まで歩み寄り、彼女を尊大に見下ろす。


「目が覚めたか、カラス女」


 リシェルは立ち上がろうとしたが、できなかった。手を前に出すことができない。後ろを振り返って確認すれば、両手が縄で縛られている。

 仕方なく、自分を嘲笑あざわらう少年を見上げて問う。


「どういうこと?」


 目の前の少年が、自分を気絶させ、ここに連れてきたのは間違いない。

 でも、一体どうしてそんなことをされなくてはならないのか。嫌われているのは知っているが、ここまでされる覚えはない。


「まさか、この間のもあなたが……?」


「ああ。邪魔が入ったらしいけどな」


「どうして、こんなこと……」


「シグルト様とエテルネル法院を守るんだよ」


 パリスの青い双眸そうぼうは笑っていなかった。

 汚いものでも見るかのような、軽蔑のこもった目で見下ろしてくる。


「守る……?」


「お前みたいな無能な人間が、シグルト様のお側に図々しく居座ってると、シグルト様のお名前に傷がつくんだよ」


 吐き捨てるようなパリスの言葉に、ずきん、と胸が痛んだ。

 弟子として法院について行くようになってしばらく経った頃、偶然聞いてしまった魔道士たちの陰口を思い出す。


 ――シグルト様、なんだってあんな魔法の使えないガキを弟子にしてるんだ?――それは、ほら、やっぱりアレだろ? 綺麗な子だしさ――――浮いた噂がないと思ったら、そういう趣味だったのかよ――――シグルト様も善人面してよくやるよな――――


 自分に向けられた卑猥な噂話に子供心をひどく傷つけられた。でもそれ以上に傷ついたのは、自分を弟子にしたために、シグルトが悪く言われたことだった。


 自分のせいで、シグルトの評判に傷がついたことは事実だ。


「一体どうやってシグルト様に取り入ったのかは知らないけどな。お前みたいな一つも魔法の使えない人間が、導師の弟子、それもシグルト様の弟子なんかやってること自体、罪なんだよ。お前はシグルト様にとっても、法院にとっても、害にしかならない。だから、僕は未来の導師として、お前を排除する」 


「……私をどうするの?」


 気丈に声を張ったつもりだったが、パリスの憎しみのこもった眼差しに声が震えた。

 パリスの横にいた、商人風の小太りの中年の男が、にやにやと笑いながらリシェルの前にしゃがみこんできた。


「どれ、ちょっと失礼」


 男はリシェルの顔に手を伸ばしてくる。反射的に顔を背けるが、あごを掴まれ、無理やり男の方を向かされる。男が無遠慮に、リシェルの顔を舐め回すように見る。その笑みが深くなった。


「ほお、これはこれは……シグルト様が入れ込むのもわかるな」


「はっ! ロドム、お前やっぱり田舎者だな」


 パリスが鼻で笑う。


「王都じゃその程度の女、いくらでもいるよ。シグルト様なら、どんな女だってよりどりみどりだろうに、なんだってこんな女がいいんだか……」


「そうですかな? これほど高値が期待できる娘は王都にもそうはいませんぞ? 黒髪自体、希少価値が高いですが、加えてこれほどの容姿となるとそうはいません。さらに、この娘の瞳の色。魔力で髪や瞳の色が変色した魔道士の女を欲しがるお客様は数多いですが、実際魔道士をどうこうするなど不可能に近いですからな。この娘なら、いったいどれだけの高値が付くか……今まで私が扱った商品の中でも、最高価格がつくかもしれませんな」


 ロドムは明らかに興奮した様子で、饒舌じょうぜつに語る。

 パリスは納得しかねる表情で、リシェルをじろじろと見た。


「ふ~ん……こんなのが? ……人身売買のプロのお前が言うんだ。まあ、そうなんだろ」


「人身……売買……?」


 不穏な単語に、リシェルの声がかすれた。


「よかったな。お前、“高額商品”らしいぞ?」

 

 パリスが形のよい唇の両端を持ち上げ、笑う。

 彼は、自分をどこかに売ろうとしているのだ。

 思わず後ずさるが、すぐ後ろは壁だ。逃げられるはずがない。


 リシェルの怯える様を愉快そうに見ていたパリスだったが、不意に表情を変えた。


「まあ、そんなに怯えるなよ。僕だって悪魔じゃない」


 猫撫で声で言って、今度はまるで天使のような優しい微笑みを浮かべる。こんな状況でなければ、その美しい顔に見とれていたかもしれない。


「お前がこのまま王都を離れて他の国へでも行って、二度とシグルト様の前に現れないって誓うなら、見逃してやるよ。金も好きなだけやるし、好きなように生きればいい。……戻ってこれないように、シグルト様の記憶は消させてもらうけど」


「パ、パリス様! それは困ります!」


 焦った表情で割り込んだのはロドムだった。


「この娘にはもう買い手がついております!」


「はあ? 誰だよ?」


 話を遮られて、パリスは不快そうに眉間にしわを寄せる。天使の笑みが崩れた。


「いかにパリス様といえども、お客様のお名前をお教えするわけにはいきません。黒髪の娘が手に入ったら譲ってほしいという方がいらっしゃるのですよ」


「こんなカラス娘がいいなんて……どっかの変態貴族か? まあ、どんな貴族といえど、ユーメント公爵家に逆らえるわけがないんだ。いいから黙ってろ」


「いえ、貴族といいますか……あのお方は……」


 なおも言い募ろうとするロドムを、パリスは氷よりも冷たい青い瞳でにらみつけ黙らせてから、再びリシェルへ視線を落とす。


「どうする? お前にとって悪い話じゃないと思うけどな。お前だってその方が幸せだろう? 魔法も使えないのに法院に居たって、いいことないぞ? 周りからさげずまれて、お前だって辛いだろ? 記憶操作の術は難しいけど、お前が忘れたいと願いさえすれば、僕なら全部忘れさせてやれる。一から人生やり直したらどうだ?」


 シグルトを忘れ、異国へ行くか。

 目の前の商人の“商品”になるか。

 どちらかを選べということだ。

 

(どっちも絶対に嫌……!)


 だが、とても逃げられそうにはなかった。

 部屋にいるのはパリスとロドムという商人だけだが、リンベルト伯爵の屋敷でシグルトの元へ案内すると言ったあの男も当然彼らの仲間で、部屋の外にいるだろうし、他にも仲間がいるのかもしれない。


 何より、パリスは新人の中でもっとも期待されている魔道士。自分が暴れるか何かしたところで、とうてい勝てるとは思えなかった。


(私に術が使えたら……)


 状況は大いに違っていただろう。

 そう思うと、シグルトを恨みたくなった。護身のために少しくらい教えてくれてもよかったのに、と。


 だが、今さら無い力を嘆いても仕方ない。

 リシェルにできるのは、時間稼ぎだけだ。誰かが気付いて助けに来てくれるまでの。

 シグルトかブランか――――


(エリックさん……)


 夜会で一緒に踊った時の彼を思い出すと、なぜか力が湧いてきた。


(そうよ。エリックさんにまた会って、カロンのこと、なんとかして聞き出さなきゃいけないんだから)


「……そんなに、私を先生から引き離したいの?」


 リシェルはできるだけゆっくりと問いかける。


「わかりきったこと聞くなよ。お前はシグルト様の弟子に相応しくない」


「それは……そうかもしれない。でも、こんなことしてバレたら、あなただってタダでは済まないんじゃない?」


 いくらパリスの実家がこの国で最も大きな力を持つ貴族だからといって、何のおとがめなしとはなるはずがない。


「自分に何かしたら、シグルト様がお怒りになるって?」


 目をすがめ、心底不快そうに言い放つパリスの言い方には、何か含むものがあった。


「はっ! たいした自信だな。よっぽど可愛がられてるらしいな」


「別にそういうわけじゃ……」


 パリスも自分と師の関係を不純なものだと思っているのだと気づき、リシェルは頬を赤くした。


「確かにシグルト様はお前にご執着のようだ。だからこそ、さっさと目を覚まして貰わないとな。お前なんかにそんな価値はないってことを」


 どうもパリスは、リシェルを権力目当てにシグルトをたぶらかす悪女のように思っているようだ。


 どこをどう見たらそんな発想が出てくるのだろう。

 リシェルは自分に色気なんてないことは自覚していたし、一度だってシグルトの弟子だからといって威張ったりしたことはなかった。


 パリスはシグルトの弟子になれなかったことを、憧れのシグルトではなく、リシェルのせいだと思い込もうとしているのかもしれない。


「それに残念だが、バレない。周辺に結界を張ってあるから、探知の術を使ってもお前の居場所を探すのは無理だ。助けを期待してるなら諦めるんだな」


 内心を見透かされて、リシェルは言葉に詰まった。


「周囲に結界が張ってあることもお前にはわからないわけか」


 パリスは馬鹿にしたように笑い、それから急に真顔になった。青い瞳にぎらぎらと怒りがたぎる。


「……僕はな、最強の魔道士シグルト様に憧れて、ずっと努力してきた。シグルト様の弟子になりたくて。人は僕のことを天才だの神童だの呼ぶけどな、僕は才能に甘えずに、自分を鍛え続けてきたんだ。それこそ血を吐く程の辛い修行にも耐えてきた。魔術学院でだって、いつも一番だった。なのに……なのにっ……シグルト様はっ……」


 パリスは、自分の歯をすり潰さんばかりに、ぎりっと噛み締めた。


「なんでお前みたいなのを選ぶんだよ! 僕の今までの努力は一体なんだったんだ!」


 悲痛なパリスの叫び。

 多分、彼は今まで望んで手に入らなかったものなどなかったのだろう。


 元々才能があるうえに、出自にも恵まれ、でもそれに甘んじることなく、努力を積み重ねてきた。シグルトの弟子になるために。彼の傲慢ごうまんとも言える言動は、すべてその努力がもたらす自信ゆえなのだ。


 それに比べて、自分はどうなのだろう。

 記憶を取り戻したい、魔道士になりたい、と願いながら、実際どこまで努力をしてきただろう。


 魔法を教えてくれないシグルトに文句を言うだけで、自力で修得してやろうとも思わず、記憶を取り戻すために他の手段を探すこともしなかった。


 こんな自分が熱望した地位にいることに、パリスが耐えられないのも無理はない。

 確かに、自分よりパリスの方が弟子になる資格はあるように思えた。


「……先生が私を弟子にしてくれたのは……同情……だと思う……」


 シグルトが自分を側に置いてくれる理由。

 こんな何の取り柄もない自分を、周囲に色々言われてまで側に置いてくれる理由など、他に考えれらなかった。


 愛している。そう言ってくれたのだって、記憶も身寄りもない自分がかわいそうで、放っておけないだけの話かもしれない。


 シグルトの気持ちに甘えて、いつまでも弟子でいたら、パリスのように本当に優秀な人間や、シグルト自身にも迷惑を掛けてしまうのかもしれない――――


 うなだれるリシェルに、パリスの声が上から降ってくる。


「ああ、そういえばお前、孤児なんだってな。同情で弟子にして貰えるなら、僕も孤児だったらよかったのに」


 ……孤児だったらよかったのに?

 何かがリシェルの中でぱちんとはじけた。

 湧きあがる怒りに、きっとパリスを睨み上げる。 


「あなたに何も持っていない人間の気持ちなんてわからない」


 パリスが目元を吊り上げた。リシェルも負けじと睨み返す。

 パリスはシグルトの弟子である自分を妬んでいる。


 でも、リシェルだってパリスをずっとうらやんできた。

 同い年なのに、出会った時には既に難しい魔法を使いこなしていて、彼の周りにはいつも魔道士たちの彼への賞賛が絶えなかった。

 法院内でうとましがられていたリシェルには、皆から認められている彼が羨ましくて仕方なかった。


 そして、ユーメント公爵家という家――家族があることも。

 パリスがこれまで挫折を知らずにこれたのは、その才能もあるのだろうが、きっと大事に彼を守って、甘やかし、愛してくれる家族がいたのだろう。


 何もかも失った自分と比べて、彼はなんて多くのものを持っているんだろう。

 なのに、そのことに気付きもしないで、たったひとつのものが手に入らないばかりに駄々をこね、持っているものすべてに価値がないかのように吐き捨てる。


 許せなかった。


「何でも持ってるあなたと違って、私には……私には先生しかいないの」


 リシェルにとって、拠り所となる存在は、シグルトしかいない。

 シグルトが名前を与え、居場所を与えてくれたから、自分が何者かもわからない孤児は、“シグルトの弟子、リシェル”という存在になれた。


 だが、シグルトと過ごした六年年間の記憶を奪われ、引き離されたら、その今の自分すら失ってしまう。

 それは、何よりも恐ろしいことだった。


「先生を忘れるなんて絶対に嫌」


 きっぱりと言い切ったリシェルを、パリスはしばらく睨んでいたが、やがて不快さのにじんだ声で言った。


「……交渉決裂だな。どっかの変態貴族に買われて、シグルト様の代わりに可愛がってもらえ」


 パリスの言葉に、ロドムは安堵の表情を浮かべた。


「見かけによらず、意外に気が強いねぇ」


 にたにた笑いながら、リシェルの顔を覗きこんでくる。


「……しかし、さっきから気になっているんだが、お嬢さんの顔、ずっと前にどこかで見たような気がするんだが……」


 息がかかりそうな程、顔を寄せられて、リシェルは必死で顔を背けた。


「ああ、そうだ! 思い出した!」


 ロドムがぽんっと手を叩く。


「お嬢さん、カロンにいただろう!?」


(え――――?)


 背けた顔を元に戻し、今度はリシェルが食い入るようにロドムを見つめる。


「なんだ、こいつのこと知ってるのか?」


 パリスが怪訝そうに問う。


「ええ。昔カロンで攫おうとした子供です。目の色が変わってますが、間違いない。名前は……なんだったかな? リシェルなんて名前じゃなかったと思うんだが……」


「そいつがなんでシグルト様の弟子に収まってるんだよ? 逃げられたのか?」


「いえ、連れて行こうとしていた時に、生意気な魔道士の女に邪魔されましてね……」


「魔道士の女?」


 ロドムは嫌な思い出が蘇ったのか、忌々しげに顔を歪めた。


「灰色の髪の、やたらと気の強い女でしてね。何度かこの娘を連れ去ろうとしたんですが、その女がいつも傍についていたせいで手が出せずじまいで……そのあとカロンでの紛争があったんで、てっきりこの娘も死んだと思っていたんですがね」


「カロン……灰色の髪……」


 パリスがはっとしたようにリシェルを見た。

 

「お前、まさか……アーシェと知り合いだったのか?」


 アーシェ――――

 心臓がばくんと跳ねた。


 なぜだろう。

 初めて聞いたはずの名前なのに、ひどく懐かしい感じがする……

 自分はこの名前を聞いたことがある……何度も……何度も……


「知らないのか? シグルト様の前の弟子だよ」


「先生の……前の弟子……」


 自分の前にも弟子がいたなんていう話は初めて聞いた。シグルトもブランも、誰もそんな話はしたことがない。

 

「まあ、知らなくても無理ないか。アーシェのことは法院内じゃ禁句になってるし。シグルト様だって自分からは話されないだろうしな」


 パリスは何かを思いついたのか、納得したように頷いた。


「そうか。もしかしたらシグルト様がお前を弟子にしたのは、お前がアーシェと繋がりがあったからかもな」


 先生の前の弟子と、私がカロンで一緒にいた――?


 リシェルは激しく混乱していた。

 だからシグルトは自分を引き取ってくれたのか。

 もしリシェルと弟子との繋がりを知らずに引き取ったのだとしても、なぜ自分の弟子がカロンにいたことについて何も言ってくれないのか。


 先生も弟子がカロンにいたことは知らなかったのか。

 その弟子とたまたま自分が知り合いで、カロンの争いで自分を拾ってくれただけなのか。


 すべてはただの偶然なのか。

 様々な疑問が溢れてくる。 

 いずれにせよ、鍵はその“アーシェ”という人物だ。

 自分の過去を知る、最も大きな手掛かり。

 

「その……アーシェっていう人は今どこにいるの?」


「アーシェはシグルト様に――――」


 言いかけて、パリスは言葉を止めた。


「まあ、もうそんなことはどうでもいいだろう? お前はどうせ、この先一生自由のない生活を送るんだからさ。お前がアーシェの知り合いだろうが何だろうが、お前がシグルト様の弟子に相応しくないことに変わりな――」


「お願い! 教えて!」


 自分でもびっくりするくらい大きな声が出た。

 必死の形相で見上げてくるリシェルに、パリスは初めてたじろいだ。 

 口を開きかけるが、ロドムがそれを阻む。


「パリス様。そろそろ宜しいですかな?」


「あ、ああ」


 促され、パリスは頷いた。


「さて、おしゃべりはここまでだ。お客様のところへ連れ行ってやろう。いくらで買い取って下さるか楽しみだ」


 ロドムがいやらしい笑みを浮かべながら、手を伸ばしてくる。

 リシェルは自分が売られようとしている状況を思い出し、身をすくませた。


「い、いや……」


「さあ、立て」


 ロドムがリシェルの腕に手をかけた。

 むき出しの腕に、かさついた男の手のひらが触れ、その感触に鳥肌が立つ。


「いや! 離して!」


 リシェルが声を上げた、その瞬間――――


 ぼきっ


 鈍い音がした。


「ウギャャャャア!!!!」


 ロドムの口から絶叫が漏れた。

 リシェルから手を離す。その手は不自然に力なくだらんと垂れ、揺れている。

 手首と肘の真ん中で腕が折れ曲がっていた。


「い、痛い! 痛い! 折れた!!」


「――――これは一体どういうことでしょう?」


 突然の第三者の声に、全員が部屋の入り口を振り返った。

 白銀の髪の魔道士が立っていた。


 その顔にいつもの微笑みはない。

 紫の瞳が、凍てつく冷たさを湛えて、射抜くようにパリスを見つめている。

 初めて見る師の表情に、リシェルは安堵よりも先に不安を覚えた。

 パリスがごくり、と唾を飲み下す音が聞こえた気がした。

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