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13 夜会

 扉をくぐると、そこにはリシェルの知らない眩しい世界が広がっていた。


 豪華なシャンデリアに明るく照らされた広間。食べきれないほどの色とりどりの料理の並んだテーブル。その間をひしめき合う何十人もの着飾った人々。人々のおしゃべりを邪魔しない程度に奏でられる、楽団の美しい音楽。


 圧倒され、目を見張ってあたりを見回すリシェルの手を引いて、シグルトは広間の中へと進んでいく。

 途端に会場がざわついた。


「あれはシグルト様……?」


「シグルト導師だ……!」


「まあ珍しい……!」


「隣の方は一体どなたかしら……?」


 周囲からそんな囁き声が聞こえてくる。

 自分たちが注目されているのだと知って、戸惑いながらリシェルは師を見上げた。

 シグルトはくすりと笑った。


「みんな私たちがあんまりにもお似合いなんで、驚いているみたいですね」


「違うと思いますけど」

 

「シグルト様! シグルト様ではありませんか!」


 声のかかった方を見れば、白髪交じりの年配の男が足早に寄ってくる。


「リンベルト伯爵」


 シグルトの呼びかけで、男がこの夜会の主催者であることがわかった。


「まさか本当にお越し頂けるとは……いやはや光栄ですな」


 伯爵は顔を皺くちゃにして、満面の笑みを浮かべている。


「ご招待いただき、ありがとうございます」


「こういった会はお好きでないと伺いましたが、何度も諦めずご招待を続けた甲斐がありましたな~。今日はどうぞ楽しんでいって下さい」


 シグルトと伯爵が挨拶を交わしている間に、周りの招待客たちが集まってくる。


「伯爵。私にもぜひ導師様を紹介して下さいよ」


「まさか伯爵がシグルト様とお知り合いだなんて……驚きましたわ」


「さすがは伯爵、お顔が広い」


 口々に言われ、伯爵は得意げに、周りの客たちをシグルトに紹介していった。皆、貴族ばかりだ。


「シグルト様、お会いできて光栄です」


「以後お見知りおきを……」


「今度はぜひうちの夜会にもいらしてください」


 彼らは一様に愛想笑いを浮かべ、口々に言う。シグルトもまた、笑顔を貼りつかせ、彼らに当り障りのない返事を返していく。


「そちらのお嬢さんは?」


 客の一人に問われ、シグルトが微笑みながら言った。


「弟子のリシェルです。今日で十六歳になりました」


 リシェルは慌てて頭を下げる。


「リシェルです。宜しくお願いいたします」


「まあ、可愛らしいお嬢さんだこと……」


「ええ本当に……お名前の通り、リシェルの花のようですわ」


「白いドレスがよくお似合いですよ」


「こんな美人が導師様の弟子とは……才色兼備とはこのことですな」


「あ、ありがとうございます……」


 口ぐちに褒めそやされて、リシェルは戸惑いながら礼を言った。


 普段シグルトとセイラ以外の人間とあまり接する機会のないリシェルにとって、こんなにたくさんの人に囲まれるのは初めての経験だった。


 しかも日頃は法院で魔道士たちの冷たい視線に晒されているのに、今日は会ったばかりの人々にこれでもかとばかりに褒めちぎられる。

 

「リシェル様。宜しければこの後、私と一曲踊って頂けませんか?」


 リシェルより少し年上と思われる、若い男が愛想笑いを張り付けてすり寄ってきた。


「いえ、あの……」


 答える前に、シグルトがリシェルの肩に手を回して、ぐいっと自分の方へ引き寄せた。


「申し訳ありません。この子は今日成人したばかりで、こういった場に出るのは初めてなのです。緊張してどんな粗相をするかもわかりません。今日一日は私が付きっきりで作法を教えますので、またの機会に誘ってやって下さい」


「そんなこと言って、お前がリシェルを一人占めしたいだけじゃないのか?」


 聞き覚えのある声に振り返れば、見慣れた濃紺のローブをまとった大男の姿があった。


「ブラン様!」


「君も来てたんですか……」


 滅多に姿を見れないもう一人の導師の登場に、周囲はさらにざわめいた。

 リンベルト伯爵はますます得意げに胸を張る。

 だが、シグルトと目が合うと明らかに動揺した。

 彼の目が笑っていなかったからだ。


「シ、シグルト様……」


「魔道士は私たち以外招待されていないと聞いていましたが……」


「じ、実は、ユーメント公爵のご子息がですね」


「別に私は理由は聞いていませんよ?」


 伯爵はシグルトの機嫌を損ねてしまったらしいと知って、青ざめた。ブランなら呼んでも大丈夫だろうと思っていたが、違ったようだ。


 シグルトは話を聞く気はないと言わんばかりに、伯爵から顔を背けた。

 ブランは二人の傍に寄ってくると、リシェルをしげしげと眺める。


「は~、どこのご令嬢かと思ったら、リシェルか。いつもローブ姿しか見てなかったけど、やっぱり女の子だな。ドレス、よく似合ってるよ」


「ありがとうございます」


 リシェルははにかみながら礼を言った。

 ブランは今度はシグルトを見て、目を丸くする。


「シグルト、お前も今日は珍しくめかしこんでるな……驚いたよ」


「君はいつも通りですね」


「この格好が落ち着くんだよ。導師の正装だし、別に問題ないだろ? 俺はこういう華やかな場はほんと苦手だよ……」


 ブランは落ち着かない様子で、ぼりぼりと頭を掻いた。


「君の弟子も来ているんですか?」


「ああ、パリスも来てるよ。さっきまで近くに居たんだがな。どこ行ったんだか」


「そうですか……」


 しかし、3人の会話もそこまでで、そのあとは再びブランを加えての、次から次に寄ってくる招待客たちとの挨拶が始まってしまった。

 落ち着いて話せるようになったのは、夜会が始まって大分経ってからだった。


「お二人って本当に人気者なんですね」


 ひっきりなしに人に囲まれ、師に恥をかかすまいと笑顔を作り気を張っていたリシェルは、ようやく一息ついて二人に向かって言った。


「そんなんじゃありませんよ。皆私たちの力を利用してやろうっていう下心があって近づいてくるんです。リシェル、君も気をつけなさい」


 にこにこと愛想よく集まってくる人々に対応していたシグルトだったが、3人だけになるとうんざりした表情を見せた。


「そうだな。特にシグルトは宮廷の権力争いには中立の立場を取ってるからな。シグルトを味方に引き入れようって考えて、リシェルにも寄ってくる奴らは多いだろう」


 ブランも同意するように頷いた。


「宮廷の権力争いって何ですか?」


「う~ん、まあいろいろ複雑なんだが、簡単に言うと次の王を誰にするかで、宮廷は今もめてるんだよ。候補者が三人いて、貴族たちも分裂状態になってる」


「現王の幼い王子、先王の残した病弱な姫と、妾腹の弟王子……その三人にそれぞれ貴族がついて争ってるんですよ」


 シグルトの話によると、このヴァーリス王国では、前国王が何者かに毒殺されてから、残された幼い王女と王子に代わり、前国王の弟ジュリアスが王位に就いた。それが現国王だ。


 王には長い間子がいなかったが、五年前に男の子が誕生した。トルシュ王子だ。そうなると、現国王や王妃は当然、自分たちの子に王位を継がせたい。だが、ヴァーリス王家は長子継承が伝統だ。先王の娘と息子らがいる以上、それを破るわけにはいかない。


 しかし、その本来王位を継ぐべき二人には問題があった。まず長女のミルレイユ王女は、先王の王妃から生まれ、申し分ない血筋だが、生まれつき病弱で、しかも前国王の毒殺事件に巻き込まれ、歩けない体になっている。とても王の激務には耐えられない、というのが大半の見方だ。その腹違いの弟、クライル王子は、先王が城仕えの下女に産ませた子で、血統と伝統を重んじる古い貴族には王として血筋が相応しくない、と毛嫌いされている。


 宮廷は今、この三人のうち誰を次の王にするかで貴族たちが派閥を作って争っているらしい。


「……といっても、当の本人たちには王位に興味はないみたいですがね。現王のトルシュ王子はまだ五歳。先王のミルレイユ姫が一番血筋は正統性があるけど、病弱で自分が王になるべきじゃないと考えている。弟のクライル王子は遊んでばかりの道楽息子だし」


「結局、周りの国王や貴族が自分の利益になりそうな候補者について、勝手に対立してるって感じだな」


 長く続いた戦争も落ち着いて、今は平和だとばかり思っていたこの国も、宮廷内ではいまだ争いが絶えないらしい。

 そこで疑問が湧いてくる。


「なんで宮廷の争いで先生たちを味方につけようとするんです? 誰が次の王になるか決めるのは、国王様や、国政に直接関わる偉い貴族の人たちでしょう?」


 いくら導師に与えられる宮廷魔道士という地位が高いものであっても、その権限はあくまで魔道に関わることだけであるはずだ。


「私たちが国王に直接進言できる立場にいるから、ある程度王の判断に影響を与えられると思われてるんでしょうね。それに……」


「それに?」


「争いっていうのはね、別に口げんかするだけじゃないんですよ。時には実力行使も伴う。政敵を魔道士に頼んで消してもらう……なんてこともあるわけです。暗殺や呪殺を恐れて、今では保身のため、有力貴族たちはみんなお抱え魔道士を雇っています。どれだけ強い魔道士を味方にできるか……貴族たちにとっては己の命運のかかった、切実な問題というわけです」


 シグルトは鼻先で笑った。


「まったく……本当にくだらない」


「先生はどなたの味方もされないんですか?」


「しませんよ。誰が王になろうと、私には関係ないことです」


 仮にも国王を支える立場にある人間の発言とは思えなかったが、シグルトの日頃の仕事の怠惰ぶりを見ていれば、いまさら驚きはしない。


「ブラン様は?」


「俺か? 俺はまあ、クライル王子派ってことになるのかな」


「あの馬鹿王子につくなんて、君は本当に物好きですよ」


「おいおい、相手は一応王子なんだから口は慎めよ」


 クライル王子……先代の王の妾腹の息子、ということくらいしか知らない。王族なんて、リシェルにとって遠い存在で、今までも興味も抱いたことがなかった。


 だが、エリックがこれから所属するという新設騎士団を作った人物となれば多少関心が湧く。


「クライル王子ってどんな方なんですか?」


「遊ぶことしか頭にない、ど~しようもない馬鹿ですよ。あと女性に手が早いですから、今後会うことがあっても、君は近づかないように」


「最近騎士団を作ったって聞きましたけど……」


「ああ、噂だと各地の騎士団や警備隊からあぶれた問題児ばかりが集まった、ろくでもない集団らしいですけどね。王子なら普通どこかの騎士団長を務めるっていうのが普通ですが、あの王子に正規のまっとうな騎士団を任せるのを国王が嫌がって、急遽作らせたみたいですよ。まあ、要は王子として格好をつけるための、お飾りです。言っときますけど、“白馬の王子様”なんて期待しないほうがいいですよ」


「別にそんなんじゃありませんって」


 そんな意図で質問したと思われたのが心外で、リシェルはふくれた。


 その時、会場内で流れていた曲が変わった。定番の舞踏曲だ。何組もの男女が手を携えて広間の中央へと進み出る。


「お、お前らも踊ってきたらどうだ?」


「あ、私、踊りはあんまり……」


 ブランの言葉に、リシェルは反射的に言いかけたが、シグルトが遮った。


「一曲踊って頂けますか? お姫様?」


 手を差し出してくる。

 大人になった君と一曲踊るのは、私の夢だったんです――

 仕立て屋でのシグルトの言葉を思い出す。

 踊りは正直得意ではないが、師匠孝行はすべきだろう。リシェルが今日、成人を迎えられたのは、師のおかげなのだから。


「はい」


 リシェルははにかみながら笑って、シグルトに手を預けた。

週末忙しくて、月曜更新になってしまいました(汗

週一更新を守れるように頑張ります^^;

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