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100 花言葉

 シグルトが去った後も、リシェルは動揺する心をなんとか落ち着かせようと、そのまま庭に残り、夕日に染まる景色を眺めていた。庭にはたくさんの花や植物が植えられていたが、その中によく知る花を見つけて、リシェルは歩み寄った。


 花壇に寄り添うように植えられた、小さな花弁を持つ可愛らしい花――自らの名前の元になった、リシェルの花だ。


「……あいつ、帰ったわ」


 不意に背後でした声に振り返れば、ディナが立っていた。


「ごめんね、リシェル。あいつを止められなくて……」


「いいの。いつかはちゃんと先生と話さなきゃいけなかったし」


 申し訳無さそうにする友に、リシェルは首を振ってみせた。


「あいつ、なんて?」


「戻ってきてほしい、って……」


「今さら来て何なのよ、あいつ……リシェル、戻る必要なんてないわよ。遠慮なんてしないで。ずっとここにいていいのよ?」


 リシェルは曖昧あいまいに微笑んだ。


「ありがとう、ディナ」


「…………迷ってるのね?」


 リシェルの様子に、半ば確信したようにディナは問う。


「……うん。先生、謝ってくれて……すごく落ち込んでた……」


 ディナは呆れたようにため息をついた。


「あんなひどいことされたのに、もう同情してるの? あなたって本当にお人好しね。アーシェといい勝負だわ」


 リシェルは黙って、足元に咲く自らと同じ名前の花を見下ろす。


「……リシェルっていう名前ね、先生がつけてくれたの」


 夕暮れの中、薄紅色の花は本来の色を失っていたが、それでも幼い頃の記憶を鮮明に思い出させてくれた。


「先生の家の庭にもこの花がたくさん咲いていて、先生に引き取られた頃、私、毎日この花を見てて……それで先生が私の名前にしてくれたの」


 ――君の名前、リシェルにしましょうか。


 記憶を失った自分の、リシェルという人生はあの日から始まった。そして、それをくれたのは、シグルトだ。

 

 ディナがすっとリシェルのすぐ横に立った。


「“あなたを愛さずにはいられない”」


「え?」


「この花の花言葉よ。アーシェもこの花が大好きだった」


 懐かしそうに、花を見つめる。


「この花って元々東の諸国に咲く花でね、すごく強いのよ。踏みつけられても、同じ場所で何度も何度も花をつける。そのせいか、こういう伝承があるらしいわ」


 ディナは花から目を離さないまま、語った。


「ある時、リシェルの花の精が、人間の少年に恋をした。でも、やんちゃな少年には花の精が見えないし、花なんて興味もないから、庭に咲く花を気にもとめず、いつも踏みつけて歩いていた。花の精は、痛めつけられても、ずっとその場所を離れず、毎年その場で咲き続けた。いつか、少年が自分を見てくれると信じて。やがて、少年は大人になり、家を出た。それでも花の精はずっと、時折帰ってくる少年を待ち続けたの。少年が結婚し、妻や子供を連れてきて、その子供たちに踏みつけられても、それでも少年に会える喜びを感じながら耐えていた。少年は年老いて一人になってから、古い家に戻ってきたわ。もうすっかり老人になった少年は、庭を走り回ることも、花を踏みつけることもなく、静かで穏やかな日々が過ぎていった。そして、ある時、庭に咲くリシェルの花を見て言ったの。綺麗だね……って。花の精の想いは、ようやく報われたっていう話」


 一呼吸置いてから、ディナはぽつりとつぶやいた。


「……アーシェはね、ずっとあいつに、シグルトに恋してた」


 ああ、やっぱり――ディナの言葉を、リシェルは驚くことなく受け取った。アーシェのことを知るにつれ、そうなのではないかと、薄々感じていたから。


「多分、弟子入りの前から……シグルトがアーシェに魔道士になるよう説得した時から、ずっと。だから、あいつの弟子になるために、魔術学院でも必死で努力してきたのよ。念願叶って、あいつの弟子になって……アーシェは本当に幸せそうだった」


 アーシェの気持ちを想うと、リシェルは胸が苦しくなっていった。アーシェが魔道士として優秀だったのは、単に才能があったというだけではない。誰も真似できないほどの努力を積み重ねてきたからだ。そして、その努力の理由は……シグルトへの想いだった。

 

「シグルトもあの頃はアーシェに期待をかけて、大切にしているように見えたわ。でもね……アーシェの気持ちに気づいてから、シグルトの態度は変わった。師匠と弟子として、表面上は普段通りだったけど、アーシェと仕事や修行以外の話題になるのを避けたり、他の女とアーシェの前でわざと仲良くしたり………暗に諦めろって言ってるのは明らかだった」


「先生が……?」


 アーシェとの過去を語った時、シグルトは本当に弟子のことを大切に思っているように思えた。彼女の想いを知って、その想いに応えられないのだとしても、突き放すような態度をとっていたのはなぜなのだろう。


「アーシェ、よく泣いてたわ」


 その頃のことを思い出してか、ディナはそっと目を伏せた。


「シグルトがアーシェの気持ちを受け入れられないのは仕方ない。私にとって、アーシェは最高の女の子だったけど、シグルトがアーシェを弟子以上に見れるかどうかは、人の感情だし、どうしようもないことだから。でも、応えられないにしても、あんなわざと傷つけるようなやり方しなくたってよかったはずよ。本当に性格が悪いのよ、あいつは。人の気持ちなんてどうでもいいの。私はね、アーシェに何度も、もうあんな奴はやめときなさいって言ったわ。でも、アーシェは、どれだけ傷つけられても、それでもあいつのことが好きだった……少年に恋し続けたリシェルの花の精みたいに、一途に。そんなあの子を見ていて、いつか報われて欲しいって、そう思ったわ。でも、現実は……」


 あまりにも残酷だった。アーシェの想いは報われることなく、彼女の人生は終わってしまった。恋した相手と戦い、命を奪われて。


「リシェル、よく考えて。あいつはずっとあなたをだましてきたんでしょう? そんな簡単に丸め込まれちゃだめよ」


 ディナは真剣な表情で、リシェルをのぞき込む。


「あいつはね、自分勝手で平気で他人を傷つけられる奴なの。今まではその本性を隠してきただけなのよ。あいつが何を言ったかは知らないけど、どうせ全部嘘よ。騙されないで」


「ディナ……」


 全部嘘。

 そうなのだろうか。確かにシグルトは今まで何度もリシェルに嘘をついてきた。

 

 リシェルはそっと自身の胸を押さえた。今は静かに鼓動する心臓を感じる。

 

 この命がシグルトの魔法によって生きながらえているという話。あれもまた、リシェルを自分のもとに連れ戻すための嘘にすぎないのだろうか。シグルトの今までの言動を考えれば、その可能性も十分にある。


 ブランやガームに頼んで、この体を調べてもらえば、シグルトの話が真実かどうか、はっきりするだろう。だが、もし本当だった場合、シグルトが禁術を使ったことが明らかになってしまう。そうなればシグルトは……死罪だ。他の導師たちの手によって処刑されることになる。かつてシグルトの両親がガームによって処刑されたのと同じように。


(先生が、殺されてしまう……)


 駄目だ。他の誰にもシグルトの話は言えない。

 リシェルは即座に思った。


 真実は知りたい。だが、シグルトを命の危険にさらすことなど出来ない。


(それに……)


 あのシグルトの憔悴しょうすいした表情と、寂しげな眼差しも。アーシェの最後の願いを叶えたかったという真摯しんしな言葉も。演技だったとはとても思えなかった。


 先程のシグルトは嘘はついていない。そんな気がした。


「ディナ様!」


 その時、屋敷の方から使用人の一人が慌てた様子でこちらに向かって走ってきた。息を切らしながら叫ぶ。


「今、ブラン様からご連絡がありました。パリス様がお目覚めになられたそうです!」

本日もお読みいただきありがとうございました!

ついに100話……書き始めた時は80話くらいで終わりかな、なんて思っていたのですが。

完結までまだ続きますが、お付き合いいただけると幸いです。

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