揺りかごは微睡む
『妖精王を産み落とす』とされた平民出身の少女は、王弟に嫁いだは良いものの行いと身持ちの悪さで国民たちから嫌われていた。ついには妖精王の借り腹にすら選ばれなかった少女は、ついに愛想を尽かされて王宮から追い出されることになるのだった。
とある技術大国があった。国名をフローレンスと言った。
フローレンスは世界随一と称しても過言ではない国力を有していたが、一つ問題があった。技術を追求するあまりに妖精や魔法生物たちが逃げ出して国内の自然魔力が減り続け、それに伴って人びとの持つ魔力も減り続け、結果的に特に人口の多い都市部においてこの数十年ずっと女児出生率が下がり続けているのだ。
つまりフローレンスは超大国であると同時に、緩やかに滅亡に向かいつつある国なのだった。
そんなフローレンスで、とある吉事が世間を賑わせた。
それは、次の世界樹の妖精王を生み出す少女が見つかったという知らせだった。フローレンスは技術を重んじる国とは言え魔法士がいないわけではないので、占術師に人口減少の問題を打開する方法を問うていたときにたまたま見いだされたのだった。
その少女は『妖精王の揺りかご』という称号を渡され、王家で手厚く保護されることになった。
妖精が妖精以外の生き物の胎を借りて生まれるのは稀にあることだったが、その中でも人間が次期妖精王を生み出すというのは本当に千年に一度あるかないかという吉事だった。
しかもただの妖精王ではない、この世界そのものとも言える世界樹の妖精王だ。それは詰まり、あらゆる妖精やそれを統べる妖精王たちの、更に上に立つ存在ということだった。
フローレンスで世界樹の妖精王が生まれれば逃げていった小妖精たちも戻って自然魔力の減退も解消されるだろうし、世界中のあらゆる国がフローレンスに気を遣うようになるだろう。それは詰まり、名実ともにフローレンスが世界一の超大国になることを示していた。
そんな国中が沸き立つ知らせの中心にいるのは、一人の少女である。平民出身の、ほんの十歳の少女で、名をポリーといった。
またポリーは、フローレンスの貴族たちを易々と上回るほどの大きな魔力を持っていた。
技術大国であるフローレンスで魔法士たちの地位はそれほど高くなかったが、魔力の大きな子どもが産まれるに越したことはない。ポリーは速やかに、フローレンスの王弟に輿入れすることになった。
王弟は四十五歳で、一人の正妃と、十七人の側妃がいた。その十八人目の側妃として、ポリーは嫁ぐことになった。国王の子息である王子たちとの婚約にならなかったのは、王子たちが平民出身のポリーと婚約することを嫌がったからだった。
ポリーの評判はそれほど良くなかった。国民たちへの顔見せは最低限で、挨拶が終わったあと逃げるように去った姿は悪印象だった。平民出身の少女が勘違いしてお高く止まっていると、人びとは口々に噂した。
貴族社会に物慣れないポリーを、王弟は溺愛した。王弟の正妃や側妃たちが咎めれば、厭うて遠ざけるほどだった。
ややあって、ポリーは妊娠することになる。ポリーが十一歳のことだった。
幼い体で、半死半生になりながらポリーが産み落とした子どもは、王家の期待する通りに強い魔力を持っていたが、魔力の大きさに子どもの魔力が耐えられない魔力肥大症を患っていた。人びとの魔力が少ないフローレンスにおいて魔力肥大症は珍しく、子どもはろくな治療も受けられないままあっさりと死ぬことになった。
十一歳という若さで妊娠した挙げ句に子どもを殺したポリーを、人びとは責め立てた。淫売のうえに役に立たない胎だと、口さがないものたちはポリーの眼の前でさえ嘲る始末だった。
役に立たない子どもを産んだポリーを相手に、王弟は激怒した。
「この、役立たずの人殺しめ!」
腹を蹴りつけられて、ポリーは冗談のように跳ね飛んだ。
誰も助けに入らなかった。平民出身であり、評判も行いも悪いポリーの味方になど、誰もなろうとはしないのだった。
「その無駄に大きな魔力を役立てて見せろ、無駄飯食らいめ! 誰のお陰で良い生活ができていると思っている!」
王弟はそう罵りながら、何度もポリーを閨に引きずり込んだ。
ポリーが抵抗すればなおさら激しく殴られるだけだったので、やがてポリーは人形のようにされるがままになった。ただ子どものように身を固くして、頭上の暴虐が過ぎ去るのを待った。
結局のところ、ポリーは十八歳になるまでに四回妊娠することになった。十一歳のときにできた子どもは死に、十三歳のときにできた子どもは流れ、十四歳のときにできた子どもも長子と同じく魔力肥大症のために生まれてすぐに死に、十六歳のときにできた子どもだけが辛うじて生き延びた。
ポリーは王弟からの暴力から身を呈して子どもを庇いながら、必死に上の二人の子と同じように魔力肥大症である子どもの魔力回路を癒やし続けた。その頃にはポリーは十七歳になっていたので、元の魔力の大きさも相まってそれなりの魔法が使えるようになっていたのだった。
そうしてポリーが十八歳になった頃に、とある少女が世界樹の妖精王の子どもを孕んだという知らせが世界中を賑わせた。
それはポリーではなかった。アップルトンという魔法大国の、第二王子の婚約者であるという低位貴族出身のティナという少女だった。
ティナは低位貴族出身ではあったが、類い稀なる植物魔法の才能と彼女自身の功績を見いだされて第二王子の婚約者になった。ティナは非常に大きな魔力を持っていたが、それでも妖精王の借り腹になったのは体への負荷が大きかったのかあっという間に体調を崩した。
慌てたのはアップルトン王家である。ティナを溺愛する第二王子が荒れたのもあるし、万が一にも妖精王の子どもを流すなどあってはならないことだった。
アップルトン王家は、友好国であるとある妖精国に助けを求めることにした。妖精国は助力要請を受け入れ、国で最も自然魔力濃度の高い一帯に小さな屋敷を建ててその屋敷でティナを休ませるように言った。
その流れを知って、口を挟んだのはフローレンス王国だった。
「なぜ我が国のポリーではなく他国の娘が孕んだのだ!」
問われて、妖精国の妖精女王も、アップルトンの国王も、何を今さらという顔をした。
「処女を失った娘は妖精の借り腹には選ばれません。男性と体を重ねれば男性の魔力が女性の魔力に混ざることになって、純度が下がるからです。もっとも、男性と最後に体を重ねてから数年が経った女性が選ばれた例は稀にあるようですが」
妖精の借り腹に選ばれるのは若い娘が多いのはそのためですね、とアップルトン国王は飄々と言った。
「貴国のポリー様は、処女を失ったことで揺りかごとなる資格を失いました。なので、この世界中で二番目に世界樹の妖精と相性の良い人間である我が国のティナが借り腹に選ばれた。とはいえ相性はポリー様ほどではないので、ティナには大きな負荷がかかり体調を崩しております」
ポリー様が借り腹となっていればこれほど支障はなかったでしょう、とアップルトン国王は他国の平民出身の娘を敬称をつけて呼んだ。
なぜ何も言わなかったのだ、と責め立てるフローレンス王家に対して、アップルトン国王はにこりと感情のない笑みを浮かべた。
「このくらい、我が国であれば多少勉強している者なら誰でも知っております。それに、他国の王家の婚姻に口を挟むなど越権と誹られるでしょう」
そもそも、とアップルトン国王は呆れたように言った。
「ポリー様が最初に妊娠したのは十一歳だったかと存じます。貴国での成人年齢は十六歳でしたね。いくら側妃と言えども、子どもに手を出す王弟と、それを咎めることもしない国そのものの体制こそをお恥じ入りなさい」
「それはあの娘が悪いのだ! ポリーが誘ったんだ! 俺は悪くない! 俺を受け入れたあの娘が悪い!」
「平民出身の娘が、身分も体格も違う王家の男に何を言えたでしょうね。その理屈が通用するのは貴国の中だけであると、いい加減にご自覚なされるとよろしい」
フローレンス王弟は顔を真っ赤にしてアップルトン国王を睨みつけていたが、やがて口の中で罵りながら去って行った。
ややあって、フローレンス王弟と第十八側妃ポリーの離縁が報じられた。次々に男たちを誑かすポリーの淫売ぶりに王弟が愛想を尽かしたことが理由とされ、托卵であったという唯一生き残った娘ごと放り出されることになった。
王家の言い分に事実などただの一つもなかったし、実のところポリーの娘は托卵などではなく正真正銘王弟の娘だったのだが、王家にはもう不要ということだったのだろう。
表向きは離縁であったが、城から追い出されたポリーは王家が刺客として放ったならず者たちに殺されるところだった。ポリーが逃げているときに眼の前に小妖精たちが現れて、ポリーは妖精の輪を越えて知らぬ場所に導かれることになった。
ぼろぼろのポリーが顔を上げたとき、眼の前にはとある妖精国の女王が立っていた。体調を崩したティナを受け入れた、あの妖精国の女王だった。
「助けるのが遅くなって申し訳ない。さすがに他国の要人を攫うわけにはいかなくてな、歯がゆい思いだったよ」
妖精女王は薄汚れたポリーを構わず抱きしめ、子どもにするようにそっと頭を撫でた。
それで緊張の糸が切れたのか、本当に子どものようにポリーは泣いたのだった。ポリーの記憶にある限り、涙が出たことなど数年ぶりのことだった。
生き延びたポリーの娘は魔力肥大症だったので、妖精国は先だってとは逆にアップルトンに助けを求めることになった。
妖精国には魔力肥大症の子どもなどほとんど生まれないからだった。逆に人間の魔法大国であるアップルトンでは魔力肥大症は偶にあることだったので、魔力回路を整える魔法薬をほとんど無償で提供した。魔力肥大症の子どもは成長して体が魔力の大きさに追いつけば優れた魔法士になることが多いので、魔力肥大症の子どもは大切にされることが多いのだった。
そういう色々なことがあって、ポリーはティナと出会うことになった。ティナは善良で無邪気な娘で、ポリーの境遇に同情し、ポリーの娘を非常によく可愛がった。
子どものとき以来の安心して眠れる環境だったので、ポリーは死んだように眠っていることが多かった。
ティナの妊娠期間は長く、三年ほど孕んだままになった。ポリーであればもっと短かったのだろうけれど、ティナはポリーの代わりに選ばれたに過ぎないので体への負荷も大きく、孕んだ妖精の成長も遅いのだった。
ティナの婚約者である第二王子は、ほとんど妖精国に移り住む勢いでティナの世話を焼いた。また次期世界樹の妖精王を孕んだティナと近づきたい人間は多かったので、不安定な体調の隙を縫うようにしてティナは社交に努めた。
ティナに近づきたい人間の中には、フローレンス王国のものたちも混ざっていた。けれど妖精国は、技術と妖精国の相性の悪さを理由にしてフローレンス王国を遠ざけた。実際には、妖精国にフローレンス王国の人間たちが足を踏み入れるのを、妖精や小妖精たちが酷く嫌がっていたのだった。
そうして三年が経ち、ティナは次期世界樹の妖精王を産み落とすことになった。世界中の妖精たちが共鳴して、妖精の多い地域では季節を問わず花実が実ることになった。
ティナがアップルトン王国に戻るときには、国民たちへの顔見せのパレードが行われた。そのときにはポリーの姿はティナの隣にはなかったが、一年後にポリーはとある獣人国の王子の婚約者として人びとの前に姿を見せることになる。
ポリーの腕の中では、揺りかごに揺られているように穏やかな表情で、まだ幼い連れ子の娘が微睡んでいる。
以前『なろうテンプレ世界観で女性の地位が不自然に高いのは魔法が存在するからだよねー』みたいなお話をしたのですが、『じゃあ時代が下って魔法から脱却して技術を重んじる国が出てきたらその国では現実世界並みとまではいかずともそれなりに女性の地位が下がっていくのでは??』みたいなことを思いついたので書きました。なーんもかんも思いつきです
【追記20260205】
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/799770/blogkey/3578357/




