嫌いだと、何度も言い聞かせて【ナカジマ回想】
ナカジマは、ユキという人間が嫌いだった。
少なくとも、そう思い込むことで、自分を保ってきた。
画面の向こうにいるはずの男の名前を見るたび、胸の奥に小さな棘が刺さる。痛みと呼ぶほどではないが、無視できない違和感だった。
【ユキ:初心者さん大丈夫?】
【ユキ:装備あるから渡すよ】
【ユキ:無理しないでね】
全チャに流れるその言葉は、いつも穏やかで、角がなくて、誰に対しても同じだった。
――うざい。
最初は、ただそれだけだった。
(たまにいるよな。ああいう、いい子ちゃん。どうせ裏があるだろうけど)
そうやって、心の中で吐き捨てた。
だが、気づけば視線は、無意識にユキを追っていた。
ユキがログインするたびに、どこにいるのかと、いつの間にか、探している。
その事実に気づいた瞬間、ナカジマは自分に嫌悪した。
ナカジマは、自分が「中途半端な存在」だということをよく知っていた。
廃課金ほど金は使えない。無課金勢ほど時間もない。トップ層には届かない。だが、下位に甘んじるほどでもない。
成績も、常に真ん中。学歴も就職先もそう。
だからこそ、ユキの存在は眩しすぎた。
威張らない。誇らない。実績を自慢しない。
それなのに、人はいつでも最後にユキを選んでる。
(……ズルいだろ)
―――なんで、あいつだけ。
八つ当たりみたいな嫉妬が、積もっていった。
ユキとまともに関わったのは、イベント狩りの失敗だった。
ナカジマの操作ミスで、パーティが壊滅した。
一部アイテムはロストして、無駄な時間だけが消費された。最悪の結果。
「…すみません」
震える指で打ち込んだチャット。
罵倒される覚悟はしていた。パーティを蹴られる覚悟もあった。
―――だが。
【ユキ:大丈夫ですよ。次いきましょう】
それだけだった。
ユキの言葉に、さっきまで空気が悪かった他のパーティメンバーも納得する。
ほんと、拍子抜けするほど、あっさりしていた。
(……なんだよ、それ)
なのに、なぜか胸の奥が軽くなった。
その感覚が、怖かった。
それから、少しずつ会話が増えた。
狩りの合間や、イベント後だったり。
大した話ではない。
だが、ユキはいつもきちんと聞いた。
途中で遮らないし、だからといって適当に流すこともない。
ある夜。
酒に酔った勢いで、ナカジマは弱音を吐いた。
【ナカジマ:最近さ……仕事きつくて】
送信した瞬間、後悔した。
(何やってんだ俺)
(情けなすぎ)
だが、すぐ返事が来た。
【ユキ:ずっと頑張ってるんですね】
【ユキ:ここでは休んでいいんですよ】
その言葉を見た瞬間、胸が熱くなった。久しく感じていなかった感覚だった。
自分は“認められた”と。
だからこそ、ナカジマは怖くなった。自覚した瞬間、背筋が冷えた。
依存は弱さだ。そんな自分にはなりたくなかった。
モユルが頭角を現しはじめてから、すべてが狂った。
ランキング1位。他者とは追随を許さない、圧倒的な存在感。
そして今ではユキの隣に、当然のように立ってる。
それを見た瞬間、世界に色がなくなった気がした。
(……あいつには、ああいうのが似合うんだ)
(俺じゃない)
悔しさと劣等感が、混ざり合う。
だから、ナカジマは自分に言い聞かせた。
(嫌いだ)
(あんなやつ嫌いだ)
(信用できない)
そう、何度も。
なのに。
辛いときに思い浮かぶのは、いつもユキだった。
相談したい、俺の話を聞いてほしい。
気づけば、個チャを開いている。
【ナカジマ:……ちょっと聞いてほしい】
送信後、毎回後悔する。
【ユキ:俺でよければ聞きますよ】
それでも、ユキは変わらなかった。いつだって静かに聞いてくれる
それが、苦しかった。
ある日。
ナカジマは気づいた。
ユキが他の女と話しているだけで、胸がざわつくことに。
いつものように否定しても、感情は消えない。
むしろ、日を増すごとに悪化していく。
(……みんな離れればいいのに)
(俺だけいればいいのに)
その考えに、自分で震えた。
(……最低だろ)
自己嫌悪が増した。だから、さらに否定した。
嫌いだと。 関わりたくないと。何度も。




