干し肉の男
ユキの部屋には、干し肉の匂いが広がっていた。
あれから麻婆豆腐は、ことあるごとにユキの部屋へ来てはだべっていく。
この干し肉も、毎回麻婆豆腐が持ってくる手土産だ。
形は不揃いで、味も見た目通りだが、不思議と噛めば噛むほど味が出る。
最初は食べるのを嫌がってたユキだが、今では受け取るとそのまま口に入れるようになった。
「ほら、いつものタンパク質な。ありがたく食え」
「あ、いつものまずいのね」
「黙れし」
干し肉を半分に裂き、無造作に差し出す。
それを受け取り、口に入れる。
相変わらず固い。味もほぼ塩だけ。
でも噛むのをやめない。
麻婆豆腐は床にあぐらをかき、壁にもたれた。
「で、あいつらとは最近どうよ」
あいつら。ナカジマとagjtmだ。
最近の麻婆豆腐は、ユキからあの二人の話を聞くのを楽しんでる。
ユキはしばらく黙っていたが、やがてぽつりと口を開いた。
「……agjtmがさ」
「あー、肉食軽薄野郎の方ね」
「頬とか、耳とか触ってきた」
麻婆豆腐の手が止まる。
「は?」
「妹だからって言ってたけど」
ユキは干し肉を見つめたまま続ける。
「私のお兄ちゃん、そんな触り方しなかった」
空気がわずかに変わる。
麻婆豆腐が小さく息を吐いたあと、ユキに向き直る。
「それ、どんな触り方だよ」
ユキは少し迷った。
「……撫でるふりして、止まるの」
「離れない」
「耳の後ろとか、ゆっくり」
唇が震える。
「こわい」
短い言葉だった。
麻婆豆腐は黙り込む。
そして。
「うわー…あいつらしいやり方だな」
苦虫を噛み潰したような顔だった。
「お前は嫌だったの?」
「……そりゃ、嫌だよ」
そこで言葉が途切れる。
「でもさ、心臓うるさくて」
自分で言って、ユキは眉を寄せた。
「変だよね」
麻婆豆腐は鼻で息を吐く。
「変じゃねーよ」
即答だった。
「それ、防衛反応な」
適当な理屈だが、声は真面目だ。
「怖い時ほど心拍上がるし、感覚も過敏になる」
ユキがちらりと見る。
「……そういうの、どこで覚えたの」
「ネット」
即答。
「彼女いない歴=年齢ナメんなよ」
ユキが少し吹き出す。
麻婆豆腐は続けた。
「たださー、妹って言いながら色気混ぜるやつは、だいたい確信犯だぞ」
「中身なんてただの下心の塊な。間違いなく」
「気持ち悪いって思ったなら、さっさと撤退しとけ」
ユキは小さく頷く。
「……で、ナカジマの方は?」
今度は声の調子が少し違った。
少しニヤニヤしてる。
「触られてない」
「触らないって言ったし」
ユキは視線を逸らす。
「なんかナカジマは生理的に無理」
「……のはずなんだけど」
指先が干し肉をぎゅっと握る。
「昨日は、なんか」
声が小さくなる。
「ドキドキした」
沈黙が落ちる。
麻婆豆腐はしばらく天井を見上げ、それから言った。
「あー、そりゃオスだからだな」
ユキが顔を上げる。
「agjtmもオスだよ」
「タイプ違う」
即答だった。
「agjtmは計算するオス。ナカジマは抑えるオス」
「一生懸命我慢するタイプに女って弱いんだろ?」
ユキの喉が鳴る。
「…怖いのに」
「だから効いてる」
麻婆豆腐は干し肉を齧る。
「押し付けられると拒絶しか出ねぇけど」
「距離とられるとさ、なんか気になるじゃん」
ユキは黙り込む。
麻婆豆腐が耳の後ろを掻きながら尋ねる。
「でさ、お前どうしたい」
ユキはすぐには答えられない。
「……いきなり言われても、わかんないよ」
正直な声だった。
「こわい」
「でもね、逃げたくない」
麻婆豆腐はゆっくり頷く。
「じゃ、逃げんな」
シンプルな言葉だった。
「ただし、触られたくないなら触らせるな」
「嫌なら嫌って言え」
「ドキドキしても、自分の主導権は渡すな」
ユキが少し驚いた顔をする。
「主導権?」
「お前の身体だろ」
当たり前のように言う。
言葉は荒いが、まっすぐだった。
「そもそもあんな拗らせたオス2匹くらい、飼い主のお前が調教しろ」
ユキはしばらく黙り込み、やがて小さく息を吐く。
「あんたに言うのが間違いだった」
「……でも、ありがと」
麻婆豆腐は顔をしかめる。
「礼言われるのキショい」
「干し肉もう一本やるから黙れ」
残った干し肉をユキに放り投げる。
「もういらない…」
「ニートのくせに贅沢言うな」
ユキは少しだけ笑う。
その笑顔は、年相応の普通の少女だった。
麻婆豆腐はそれを見て、鼻を鳴らした。
(あーあ)
(こいつ、ちゃんと人間じゃねーか)
自分は何も見てなかったんだな、と改めて思う。
でも口には出さない。
「次ナカジマ来たら報告な」
「ナカジマほどのエンターテイナーはいねぇからな…」
「なにそれ」
「あいつには新しいタイプのキモさがある」
ユキがまた笑う。
そして二人で硬い干し肉を黙々と噛み続ける。
ユキはまだ壊れていない。
その事実が、やけに大事に思えた。
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