公開処刑
噴水広場は、いつもの喧騒とは明らかに違うざわめきに包まれていた。
今日は笑い声も、売買の呼びかけもない。
Laylaの呼び掛けによって集められた者たちが、更に別の誰かを誘い、今では広場にはほとんどのプレイヤーが集まってる状態だった。
その中に、モユルとagjtmの姿もあった。
agjtmの指には乱雑に巻かれた包帯があり、布の端からは、じんわりと血が滲んでいる。
本人はまるで気にしていない様子で腕を組み、無表情に噴水を眺めいていた。
ナカジマがやってくると、先程まで騒がしかった群衆がピタリと静かになる。
群衆の前に立つLaylaが、ゆっくりと口を開く。
「私が呼び出した理由、わかるよね?」
声音は穏やかだ。だがその裏には隠しきれない残虐な感情が見え隠れしてる。
問いかけでありながら、逃げ道を削る宣告でもあった。
ナカジマは、いつもの人当たりのいい笑みを浮かべる。
「さぁ。全くわからないけど」
そうとぼけるが、今の状態は完全に針のむしろだ。
ナカジマの返答に、何人かの表情が険しくなる。
Laylaが一歩踏み出す。
「最近ずっとユキ、隠してるよね?」
視線が一斉にナカジマへ集まる。
視線の圧というより、もはやリンチに近い。
ナカジマの喉がゆっくり上下に揺れる。
「ユキが不安定だから付き添ってるだけ。他意はない」
即答だった。声は揺れない。
だが“付き添っている”という言葉に、保護と独占の主張が孕んでる。
Laylaは小さく首を傾げる。
「なら、ユキが部屋から出ても問題ないよね?」
その一言で空気が変わる。
ナカジマの瞳が、わずかに細くなる。
「無理。今はそんな状態じゃない」
短い返答で両断する。
Laylaの声が一段強まる。
「私ね、ユキがなんで外出たがらないか、わかってるよ?」
その声は少し愉悦を含んでいた。
お前が大事に隠してる秘密は、既に自分も知ってると言いたげに。
広場のざわめきが、わずかに波打つ。
agjtmの眉が、ほんのわずかに動いた。
「私、見ちゃったの。明け方、ナカジマさんがユキを抱えてるところ」
ざわ、と観衆が揺れる。
Laylaは間を置き、はっきりと言った。
「ユキ、女の子になっちゃったんだよね?」
その瞬間、広場の空気が凍りついた。
「は?」
「性別って変わるのか?」
「どういうこと!?」
投げられた石が波紋のように広がっていく。
驚愕や、好奇、興奮、さまざまなざわめきが噴水広場を呑み込んでいく。
――女の子。
その単語が、少し離れた場所で様子を見ていたモユルの胸を直撃した。
思考が一瞬、白く染まる。
夕焼け空。
赤く染まった公園のベンチ。
小さな手。
ランドセルを背負った背中。
振り返ったときの、あの色の落ちた表情。
――私は守れなかった。
守ると誓ったはずだったのに。
喉が灼けつくように苦しい。
「……女の子って……」
自分でも驚くほど掠れた声が零れた。
もしそれが本当なら……
モユルは固く拳を握りしめる。
周囲の視線がナカジマに集まる。
全員が、ナカジマの次の言葉を待ってる。
早くしろ、早く教えろ、と口に出さなくても目が物語ってる。
そこでLaylaが追撃する。
「ユキ抱えてたよね?足怪我してるの見たよ。ナカジマさんがユキの部屋に入っていくのも」
事実を積み重ねて、確実に逃げ場を奪っていく。
「送っただけだ。怪我をしていたから」
ナカジマの声は落ち着いている。
だが、わずかに口角に強張りが見える。
「ふーん、優しいね」
Laylaは笑う。
しかしその笑みには、今度こそはナカジマの息の根を止めるという確固とした決意が宿っていた。
「でもさ。怪我してる女の子の部屋に、ひとりで入り込むなんて……どう見えると思う?」
わずかな沈黙のあと、言葉が落ちる。
「下心しかなさそう……だよ?」
その単語に、agjtmの視線がゆっくりとナカジマへ向いた。
まだ口は挟まない。腕を組んだまま、静かに現状を観察してる。
「違う。ユキが落ち着くまで世話をしてるだけだ」
「じゃあ呼ぼうよ、ここに。ユキから聞くのが一番早いよ」
核心をつく言葉だった。
確かに下心がないなんて言えない。むしろ、ある。
ユキも、もしかしたら呼んだら来るかもしれない。
でも、誰にも言わない、隠し続けると、ユキと約束した。
それを反故にする気は毛頭ない。
「呼ばない」
きっぱりとした拒絶。
「どうして?」
「休んでいる。怪我もしている。不安定だ」
「それ、あなたが決めてるよね?」
声は優しい。
だが、信仰に裏打ちされた狂気が滲む。
「ユキは神様みたいな存在なのに。誰かに隠される存在じゃない」
空気が二分される。
そのとき、agjtmがようやく腕を解いた。
包帯の端から血が滲む。
「……で?」
低い声が割って入る。
「それをわざわざ大勢集めて言う意味は?」
ナカジマからagjtmに視線が集まる。
Laylaは大袈裟にため息を吐いた。
「私は、ユキが自由であるべきだと思ってる。誰かの部屋の中じゃなくて、みんなの前にいるべき」
何人かが頷く。
“みんな”という言葉は、いつだって便利だ。
ナカジマは一瞬だけ視線を伏せ、それから真っ直ぐ言う。
「ユキはモノじゃない。“みんなのもの”でもない」
その言葉が落ちた瞬間、agjtmは小さく息を吐いた。
――まだ守る側の気でいる。
なら、少し揺らす。
「たしかに」
低い声が空気を裂く。
「ユキは今、弱りきってる。外に出すのは、俺も賛成しない」
一瞬、ナカジマを庇ったように見える。
だが。
「昨日、ユキは一晩、俺の部屋で過ごしたしな」
どよ、と観衆が揺れた。
モユルの視線が鋭くなる。
ナカジマの瞳が、氷のように冷える。
「怪我してたからな。放っとけなかった」
大したことじゃないと言いたげに、息を漏らすように笑う。
しかしナカジマから、目は逸らさない。
――お前だけじゃない。
はっきりとした牽制。
「だからさ。ナカジマ一人じゃ荷が重いだろ」
一歩だけ距離を詰める。
「俺も面倒見るよ」
その声音は柔らかい。
だが、選択肢を与える気は最初からなかった。
ユキの名前は、何度も呼ばれた。
だがその場に、ユキはいない。
それでも議論は続く。
まるで、当人の不在こそが都合がいいかのように。
誰一人、ユキ本人の意思を本当に聞こうとはしていない。
広場のざわめきは、もはや収まる気配を見せなかった。




