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一日だけ

agjtmのシェルターに入った瞬間、ユキは足を止めた。

アガーウッドの甘く重い香りが、揺蕩うように鼻先を掠めてくる。

汚れひとつない白い壁。磨かれた大理石の床。

黒いテーブル。黒い椅子。黒いベッド。

整然としてるが、あまり生活感は感じられない。


「……ナカジマ?」


声が、白い壁に吸い込まれる。

返事は返ってこない。

視線が自然と部屋を巡るが、今まで人がいた痕跡がどこにもない。

靴は玄関になかった。

あるのは、整いすぎた静けさだけ。

肩の力が抜けていく。


「……いないじゃん」


思ったよりも、小さな声だった。

期待していたわけではない。 ただ、確かめに来ただけだ。そう言い聞かせる。


背後で、空気がわずかに動く。

振り返る前に、agjtmの声が落ちた。


「あぁ……」


低く、曖昧な相槌だった。

agjtmはユキを視界に捉えたまま、後ろ手で扉を閉める。

蝶番が鳴らないよう、指先で支えながら。

カチリ。

一瞬、金属が触れる音がしたが、ユキの耳には届いていない。

そのまま、ゆっくりと室内へ歩み入る。


「…今、いないみたいだな」


そう言いながら、視線でベッドに座るように誘導する。

促されるがままにユキはベッドの縁に腰かける。マットレスがわずかに沈む。

それを見届けたagjtmは、ユキの正面まで回り込むと、ゆっくりと膝を折り、片膝を床につけた。

少しagjtmが見上げる形で、視線が合う。


「一日だけ……」


低く掠れた声が絞り出される。

赤くなった目がユキを見つめる。

泣いてるように見えるが、涙は一滴も零れてない。

agjtmは瞬きをせずに続ける。


「一日だけでいいから、一緒にいて欲しい」


下瞼がわずかに震える。

息を吸って浅く、少し乱れた呼吸を作る。


「明日には帰す」

「それまで指一本触れない」

「約束する」


手は膝の上に置いたまま、一切触れないというスタンスを見せる。

指先まできちんと揃えて。

その不自然な静止が、逆に必死さを演出できている。


「……ほんと?」


胸に手を当てながらユキが尋ねる。


「ほんと」


迷いのない即答。その際も、目は一切揺らがなった。

その必死さに、一抹の違和感を覚える。

逃げようと思えば、逃げれるかもしれない。

けれど、視線で縫い止められている。


「……ユキがいないと…俺、もう……」


言葉が、途中で途切れさせる。喉が震える音だけが残る。

agjtmは視線を落としかけて、やめる。

代わりに瞬きを、ゆっくり一度だけする。

膝についた手を、震えるように握りしめながら。


(おかしい)


泣いているはずなのに、涙はさっきから一滴も零れてない。鼻も赤くない。

呼吸だけが、少し大げさ。

それどころか、さっきから瞬きひとつもせずに自分を見つめてくる。

違和感まみれ。

けれど。


(……なんか、疲れる)


問い詰める気力が湧かない。

これ以上、無駄に感情を動かしたくない。

早く、終わらせたい。


「……一日だけ、だよ」


自分でも驚くほど、あっさりと承諾していた。

その瞬間、agjtmの瞳の奥で、光が強くなる。

明らかな歓喜、そして仄暗い欲望。

だが、それも一瞬ですぐにまた表情が整えられる。


「……ありがとう」


そう言って、ユキの頬に手を伸ばそうとしたが、すぐに引っ込める。


「……触らないって言ったもんな」


ここで初めてユキから目を逸らしながら、agjtmは呟く。

先程まで息が詰まるようなから視線から解放されて、ユキは肩の力を抜いた。


(ちゃんとしてるじゃん)


その判断が、決定的だった。


「……じゃあ、今日だけね?」

「うん。絶対、約束する」


必死な形相で、即答する。逃すものかと言いたげな。

その顔だけは、今までで一番、嘘がなかった。

ユキは小さく指を立てる。


「約束だよ」


agjtmも、同じように指を立てる。

でも絡め合わせる事はない。

空中で止まった指先。


燻らせた樹脂の香りが、ユキを逃さないように、まとわりついていた。

クオリティ向上のため、しばらく2日に1回更新にします。

改稿・加筆を優先します。よろしくお願いします。

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