獣と入る檻
ユキは、もう何日も部屋を出ていなかった。
それは、この世界にいる全員が知っている。
「最近、ユキ見ないよな」
「ずっと引きこもってるらしいよ」
そんな噂が、当たり前みたいに流れていた。
代わりに。 毎日、ナカジマが通っている。
食事を運ぶ。 服を整える。 髪を梳く。
まるで、看病みたいに。
今日も、誰かがユキの噂をしてる。
その影で、幽鬼のような表情で廊下を歩いてる男がいた。
「……クソ……」
拳を、壁に叩きつける。
鈍い音と遅れてやってくる痛み。土壁の表面が手を擦って、少しだけ血が滲んでくる。
でもagjtmにはそんなこと、どうでもよかった。
――俺が壊した。
あの日、 心がぽきりと折れたような瞳。 震える肩。
全部、覚えている。
だから、あいつは閉じこもった。
……なのに。
なんで、ナカジマなんかを選ぶんだよ。
そんなに俺じゃダメなのか?
そう何度考えても正しい答えは導き出せなかった。
「……ふざけんなよ……」
agjtmの呟きは作り物の空に溶けていった。
―――――――
ユキの部屋は、昼でも薄暗かった。
カーテンは閉め切られ、 外の光は、ほとんど入らない。
時間が止まったみたいな空間。
ユキは鏡台の前で、ぼんやりと座っていた。
その後ろで、ナカジマがユキの髪を梳く。
櫛が頭皮を優しく掠める。
ユキが痛がらないように、ゆっくりと、丁寧に、髪の毛を1本ずつ解すように。
「痛くない……?」
ナカジマの優しく穏やかな声が、ユキの剥き出しになった首筋をくすぐる。
「うん」
ユキは、ぼんやりとナカジマを見ていた。
(ナカジマ、優しい)
(ナカジマは私の嫌がることをしない)
(ナカジマなら信用できる)
ナカジマ、ナカジマ、ナカジマ。
ユキの世界は、今はナカジマしかいなかった。
ふと、ナカジマと鏡越しに目が合う。
ユキはゆったりと微笑んだ。
世界が止まったような、静かな部屋に、ごくりと喉が鳴る音が響き渡る。
(ナカジマは、ほんとに優しい)
そう、改めてユキは思った。
鏡に映るナカジマが、欲に濡れた獣のような表情をしていても。
ユキは、何も気にしていなかった。




