依存の芽【ナカジマ視点】
セーフティゾーンは、今日も騒がしい。
笑い声。
怒鳴り声。
武器の衝突音。
意味のない雑談。
全部、耳障りだった。
ナカジマは、広場の端に立ったまま、装備の耐久値を確認していた。
(……問題なし)
無意識だ。
手は勝手に動く。
考えなくていいことを考えているときほど、人は無駄な作業をする。
視線が、勝手に流れる。
中央。
そこに、ユキがいた。
(……また、あそこか)
壁際。
少し人の少ない場所。
目立たない位置。
いつも同じ。
目立ちたくないのに、目立つ場所にいる。
本人は、気づいていない。
(……落ち着きないな)
そう思った。
別に、気にしてない。
たまたま、目に入っただけ。
……のはずだった。
ユキの隣に、モユルがいる。
距離が近い。
少し、近すぎる。
(……デイリー?)
(いや、もう終わってる時間だろ)
(雑談……か)
どうでもいい。
本当に。
どうでもいい話だ。
なのに。
胸の奥が、わずかにざらつく。
理由は分からない。
ただ、落ち着かない。
ユキが、何か言っている。
表情は穏やか。
いつもの顔。
誰にでも向ける、同じ笑顔。
(……ああいう顔、やめろ)
一瞬、そんな考えが浮かんで、自分で驚く。
(……何考えてんだ)
気持ち悪い。
完全に。
他人の表情に、口出しする資格なんてない。
視線を逸らす。
……はずだった。
「ユキくーん♡」
みっふぃの声。
耳に刺さる。
やたらと高くて、甘ったるい声。
ナカジマは、反射的にそちらを見る。
(……来た)
距離ゼロ。
体が触れるほど近い。
わざとだ。
分かりやすい。
(……露骨すぎだろ)
内心で、吐き捨てる。
でも、それ以上の感情が浮かばない。
怒りでも、嫉妬でもない。
もっと、嫌なもの。
――不快感。
胸の奥に、ぬるっと広がる。
湿った違和感。
(……なんで、あんな近づかせてるんだ)
(嫌なら、離れろよ)
(……いや)
(ユキは、嫌だと思ってないのか)
思考が、ぐちゃぐちゃになる。
ユキは、困ったように笑っている。
拒否しない。
拒めない。
いつもの癖。
(……ああ)
(そういうとこだぞ)
本人は、善意のつもりだ。
場を荒らさないため。
空気を悪くしないため。
でも。
それが、人を勘違いさせる。
(……昔から、そうだ)
ふと。
そんな言葉が浮かぶ。
……昔?
何の話だ。
記憶を探ろうとして、やめる。
どうでもいい。
今の話じゃない。
「次のデイリー、誰か行きます?」
ユキの声。
ナカジマの指が、止まる。
(……は?)
(なんで、そんなこと言うんだ)
モユルが反応する。
みっふぃも反応する。
当然だ。
どっちも、狙っている。
(……自覚、なさすぎだろ)
胸が、少しだけ重くなる。
嫌な重さ。
鉛みたいな感覚。
「三人で……?」
ユキの提案。
最悪。
本当に、最悪。
(……バカか)
(なんで自分で火つけるんだ)
ナカジマは、思わず目を伏せた。
見ていられなかった。
三人の空気が、歪んでいくのが。
誰も幸せにならない選択。
でも、ユキだけが気づいていない。
(……守りたくなるタイプだな、これ)
そう思って、すぐに打ち消す。
(……違う)
(余計なお世話だ)
(俺には関係ない)
関係ない。
関係ないはず。
なのに。
視線は、また戻る。
ユキの背中。
小さくて。
頼りなくて。
無防備で。
(……危なっかしい)
それだけだ。
それだけ。
そう、自分に言い聞かせる。
ユキが離れていく。
逃げるみたいに。
ナカジマは、それを追わなかった。
追えなかった。
(……俺が近づく理由、ないし)
(別に、好きでもない)
(むしろ……面倒なタイプだ)
そう。
面倒だ。
関わったら、厄介そう。
だから。
距離を取るべきだ。
理性は、そう言っている。
でも。
胸の奥で、小さく何かが軋んでいる。
理由は分からない。
ただ。
ユキが誰かに囲まれていると、落ち着かない。
ユキが笑っていると、少し不安になる。
ユキが一人になると、なぜか安心する。
(……意味わかんねぇな)
ナカジマは、苦く息を吐いた。
「……疲れてんのか、俺」
そう呟いて、装備画面を閉じる。
今日も、何事もなかった。
そういうことにしておく。
この時のナカジマは、まだ知らない。
これはもう。
「気になる」でも
「苦手」でも
「偶然」でもない。
ただの――
依存の芽だということを。




