棘の告白
セーフティゾーンの中央広場は、今日も騒がしかった。
人の声。足音。エフェクトの光。笑い声。
すべてが重なって、ひとつの濁流みたいに流れている。
ユキはベンチに座り、黙々と報酬を整理していた。
最近は、なるべく一人でいるようにしている。
誰かと組むと、疲れる。
気を遣うのも、探られるのも、正直しんどかった。
今日は、珍しく周りに誰もいない。
ナカジマは、別パーティでレイドに出ている。
ログを見る限り、まだ戻らない。
――今は、静かだ。
その少し離れた場所で。
agjtmは、立ち止まっていた。
ユキを見ている。
ずっと。
近づけないまま。
声をかけるタイミングを、何度も逃している。
(……今なら)
ナカジマはいないし、他の仲間もいない。邪魔されない。
……話せる。
胸の奥が、じわじわと痛む。
分かっている。
自分は、特別じゃない。
ユキの中に、自分の席なんて、ほとんどない。
それでも。
確認したかった。
まだ、近くにいていいのか。まだ、話しかけてもいいのか。
agjtmは、意を決して歩き出した。
「……ユキ」
声は、思ったより掠れていた。
ユキが顔を上げる。
「なに?」
短い返事。
それだけで、胸が締まる。
「……今日さ」
一瞬、言葉に詰まる。
「デイリー……一緒に行かね?」
軽く装った、必死な問い。
――まだ、俺の場所ある?
そんな意味が、そこに詰まっていた。
ユキは、画面から目を離さずに答える。
「今日はいい」
間も置かずに。
「もう終わったし」
それだけ。理由も、フォローもない。ただの拒否。
agjtmの思考が、一瞬止まる。
胸の奥で、何かが静かに崩れる。
「……あ、そっか」
反射みたいに笑う。でも上手く口角が上げれない。
「じゃ…また今度な」
そう言って、離れようとする。
はずだった。
足が、動かない。
(まだ、笑えば、話せば…)
(戻れるかもって……思ってたのに)
ユキの視線は、もう画面に戻っている。
最初から、そこにagjtmがいなかったみたいに。
(あ、俺はいらないんだ)
そんなの、ずっと分かっていただろ。
喉が熱くなる。視界が滲む。
このまま帰ればいい。何事もなかったふりをして。
でもそれじゃ、何も残らない。
agjtmは、ゆっくりと振り返った。
ユキを、真正面から見る。
agjtmの視線が、ユキを捕まえる。
まっすぐで、ずるい。見透かすような。
それでいて、必死で縋るような目。
「お前さ」
低く、静かに。
「自分が気持ちよくなるために、他人を利用してるだけだろ」
ユキの指先が、凍りつく。
言葉が、皮膚の下に潜り込む。
「自分じゃ何も出来ねぇからさ」
「無意識に、周りが見てくれるように仕向けてる」
「……上手いよな」
agjtmは笑う。
でもその笑いは、自分を殴るみたいだった。
「ユキ」
「お前自身に持ってるものなんて、最初からない」
ユキの視界が揺れる。
風でも、エフェクトでもない。
自分の内側が、揺れている。
agjtmは、最後の一文を選んだ。
選んで、わざと丁寧に投げた。
「お前は……空虚なんだよ」
広場の音が、遠のく。まるで膜ができたかのように。
返事なんてできなかった。
ただ重い沈黙が続く。
agjtmは、そこで初めて、ほんの僅かに眉を歪めた。
一度だけ、視線を逸らす。喉が、小さく鳴る。
「……言いすぎた?」
声は、冗談みたいだった。
けれど。
その表情は、さっきまでとは違っていた。
縋る場所を見失った、子供みたいな顔。
泣き方も分からないまま、置いていかれたみたいな。
「……」
何かを言いたそうに、唇がわずかに動く。
助けてとも、行かないでとも言えない。言った瞬間、全部終わると分かっているから。
だから、飲み込む。全部。
「こうでもしないと……」
かすれた声。
「俺のこと、見ないだろ…?」
ユキの喉が鳴る。
呼吸だけが浅くなる。
agjtmは、その視線を最後まで受け止めてから、背を向けた。
去り際、肩越しに一度だけ振り返る。
「忘れんなよ、ユキ」
吐き出した棘は、的確に心臓を貫く。
agjtmは雑踏の中へ、溶けていく。
ユキは、動けなかった。
立ち上がることも。
誰かに助けを求めることも。
笑って流すことも。
できなかった。
ただ、そこに座ったまま。
胸の奥に残った痛みだけが、消えなかった。




