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よごれたまま

モユルの声が、頭から離れなかった。


――これ以上、壊したくないから。


何度も、何度も。

耳の奥で、粘つくみたいに残っている。

どんな音を聞いても、どんな会話をしても、その一言だけが、しつこく追いかけてくる。

視線を感じた。


―――まただ。

少し離れた場所で、ナカジマがこちらを見ている。

心配そうに。探るように。壊れものを見るみたいに。

前なら、その視線で優越感に浸れた。

そこにいるだけで、自分の存在が肯定される。

でも、今日は違う。胸の奥がざらつく。神経を逆撫でされたような気分だ。


(……なに、あの目)


苛立ちが、理由もなく湧いてくる。


「……なに見てんの」


低く、刺すように言った。

ナカジマは、一瞬だけ戸惑ったように瞬きをして、それから静かに視線を落とした。


「ごめん…」


それだけ。言い返さないし、弁解もしない。その態度が、余計に癪に障った。


「ほんと、重い」

「つきまとうなって言ってるでしょ」


言葉が、止まらない。胸に溜まっていたものが、勢いよく溢れ出す。


「暇なの?」

「友達いないの?」

「それとも、俺しかいないの?」


吐き出すたびに、胸が軽くなる。

最低な解放感。気持ちいい。だから、やめられない。

ナカジマは、何も言わない。

ただそこにいて、受け止めるだけ。


「気持ち悪い…っ」


自分でも、取り返しがつかないと分かる言葉だった。

ナカジマの指が、わずかに震えた。

それでも、顔は上げなかった。

ユキは、荒い息のまま、言った。


「…どっか行って」

「顔も見たくない」


沈黙が広がる。

周囲の喧騒が、遠のいたように感じた。

ナカジマは、すぐには動かなかった。

何かを考えるように、しばらくその場に立ち尽くしている。

一度、目を閉じる。深く、息を吸う。

それから。


「……わかった」


とだけ言った。

「しばらく近付かない」


それだけ残して、背を向けた。

歩き方は、ゆっくりだった。

逃げているわけでも、拗ねているわけでもない。

“受け入れて離れた”背中だった。

その姿を見た瞬間。

ユキの中で、何かが、音を立てて崩れた。

胸の奥が、急に冷える。

さっきまで確かにあった解放感が、嘘みたいに消えていた。

代わりに浮かんできたのは、ひとつの事実。

ナカジマは、何を言っても離れないって。

傷つけても、否定しても、受け止めるって。

だから、ぶつけた。一番安全な相手に。

喉が、きしむ。

優しいから甘えたんじゃない。優しいから、殴っても壊れないと思った。

それがいちばん、卑怯だ。

胸の奥がじくじく腐っていく。


(私ってほんと汚い)


喉が、詰まる。呼吸が、うまくできない。


(嫌い)

(こんな自分、大嫌い)


その日から。

ユキは、意識してナカジマを避けるようになった。

それが、自分への罰みたいに。

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