見てしまった夜【agjtm視点】
夜のセーフティゾーンは、昼とは別の顔をしている。
人は減る。 声は遠くなる。 空気が、妙に静かになる。
agjtmは、適当にログを整理しながら、通路を歩いていた。
(……今日は、もう戻るか)
特に用事もない。 誰かと話す気分でもない。
――ただ、それだけだった。
はずだった。
角を曲がった、その先で。
それを見た。
「え……」
思わず、声が漏れる。
ユキの部屋の前。 窓の外。
そこに。
――人が、張り付いていた。
いや。
張り付いている、というより。
貼りついている。
ガラスに、額。 両手。 指。 肩。
全部、ぴったり。
微動だにしない。
影みたいに。
「…………なに、あれ……」
誰だ。
一瞬、分からなかった。
近づいて。 角度が変わって。 ようやく、分かる。
ナカジマだった。
「…………は?」
二回目。
意味が分からない。
え? あいつ?
ナカジマ?
あの、地味で、無害で、空気みたいな?
あれが?
窓に?
貼りついて?
……何してんの?
近づくにつれて、異常さがはっきりしてくる。
目。
開きすぎている。
瞬きしていない。
呼吸だけ、荒い。
ガラスに、白く曇る吐息。
(……きも……)
背筋が凍りつく。
反射で、そう思った。
正直な感想。
怖い。 普通に。
ホラー。
でも。
目が離れなかった。
(……なに見てんだよ……)
ユキの部屋だ。
分かってる。
中にいるのも、分かってる。
でも。
そんな見方、ある?
まるで。
餌を見る獣みたいな。
祈る信者みたいな。
執着の塊。
(……やば……)
胸の奥が、ざわっとする。
嫌悪。
不快。
恐怖。
なのに。
同時に。
変な感情が湧く。
――焦り。
(……俺、こんなの知らなかった)
(……あいつ、こんな……)
(……ユキと、こんな……?)
知らない。
知らなかった。
こんな関係。
こんな距離。
こんな温度。
俺は。
ユキと話す。
笑う。
たまに距離が近い。
それだけ。
普通だ。
健全だ。
なのに。
あれは。
違う。
完全に、違う。
依存。 執着。 中毒。
(……冗談だろ……)
一歩、足を進める。
砂利が、小さく鳴る。
その音で。
ナカジマが、ぴくっと動いた。
そして。
ゆっくり。
こちらを見る。
目が合う。
――やばい。
完全に、イってる。
理性がない目。
焦点が合ってない。
それなのに、俺を認識した瞬間だけ、微妙に戻る。
「…………」
無言。
agjtmも、言葉が出ない。
数秒。
異様な沈黙。
「……お前」
先に口を開いた。
「……何してんの?」
自分でも、馬鹿みたいな質問だと思った。
見れば分かる。
でも、聞かずにいられなかった。
ナカジマは、しばらく黙っていた。
それから、ぼそっと。
「……別に」
別に、じゃねぇよ。
(……嘘だろ……)
声が、かすれている。
目が泳ぐ。
手が、微妙に震えている。
完全アウト。
「……きもちわり……」
思わず、漏れた。
本音。
ナカジマは、びくっとした。
でも、何も言い返さない。
ただ、視線を逸らして、また窓を見る。
……戻るな。
戻るなよ。
余計怖い。
「……ユキ、何やってんだよ……」
小さく呟く。
自分でも分からない感情で。
怒りでもない。 嫉妬でもない。 正義感でもない。
ただ。
ぐちゃぐちゃ。
(……あんなの作って……)
(……無自覚なのか……?)
(……知っててやってんのか……?)
分からない。
分からなすぎて、気持ち悪い。
ナカジマは、もう俺を見ていない。
完全に、向こう側。
窓の向こうだけを見ている。
――ああ。
これ。
負けてる。
って、やつだ。
俺は、もう入れない場所にいる。
「……もう行けよ」
ナカジマが、低く言った。
「……見るな」
命令みたいに。
必死みたいに。
「……は?」
ムカッとするより先に、虚しくなった。
見るなって。
お前が一番見てんじゃねぇか。
「……勝手にしろ」
そう言って、背を向けた。
歩きながら。
胸の奥が、ずっと重い。
(……ユキ)
(……俺、知らなかった)
(……あんなの……)
(……作ってんの……)
振り返らなかった。
振り返ったら。
多分、もっと壊れる。
その夜。
agjtmは、ほとんど眠れなかった。
頭に浮かぶのは。
ガラスに張り付いた、あの姿と。
その先にいる、ユキの影。
――全部、知らない世界だった。
ブクマ評価リアクションありがとうございます!
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今日は2話更新です。次は21時頃です




