獰猛な執着
中央広場。
人の行き交うその一角で、ユキは一人、黙々とデイリークエストの報酬を整理していた。
……そこに。
「ユキ」
低く、よく通る声。
聞き慣れすぎた声に、ユキは内心で小さく舌打ちする。
(……またか)
振り向かなくても分かる。
そこに立っているのは、
――agjtm。
最近、やたらと距離が近い男。
「曜日ダンジョン、もう終わった?」 「まだならさ。一緒に回ろうぜ」
いつもの調子。
軽くて、馴れ馴れしくて、断られる前提みたいな誘い方。
ユキは、ゆっくりと視線だけを向けた。
そこに立つ男は、相変わらずだった。
自信満々な笑み。
整った顔立ち。
腰には、課金限定排出率0.3パーセントの大剣。
(……はいはい、勝ち組ね)
どう見ても、ゲーム内でもリアルでも“選ばれる側”の人間。
そんな男が、なぜ自分に執着しているのか。
正直、理解できなかった。
「……嫌だ」
短く。
冷たく。
感情を込めずに切り捨てる。
「えー?」
それでも、agjtmは笑ったままだった。
「それ、寂しくない?」 「せっかく一緒に遊べるのにさ」
そう言いながら、一歩。
また一歩。
距離を詰めてくる。
(……うわ、近い)
無意識に、ユキは半歩だけ後ろへ下がる。
その瞬間。
ふと、agjtmの瞳と目が合った。
「……」
ぞくり、とした。
口元は笑っている。
声も軽い。
なのに。
その目だけが、笑っていない。
獲物を見つけた肉食獣みたいな。
逃がさないと決めた目。
(……あ、これ……ダメなやつだ)
本能が警鐘を鳴らす。
「なぁ、ユキ」
声のトーンが、少しだけ落ちる。
低くて。
妙に甘い。
耳に絡みつくような声音。
「俺さ」
「……ユキに、めちゃくちゃ興味あるんだけど」
にやり、と笑う。
「もっと知りたいんだよね」 「どんなこと考えてるのかとかさ」
まるで。
――“気に入ったから、俺のものにしたい”と言わんばかりに。
(……最悪)
ユキは、心の中で吐き捨てた。
(なるほどね…) (こうやって口説いて) (落として) (飽きたら捨てるタイプ)
見なくても分かる。
今まで、何人泣かせてきたのか。
「……悪いけど」
ユキは、まっすぐ葵を見返す。
感情を込めず。
冷え切った目で。
「……興味とか、いらないんで」
きっぱり。迷いも、揺れもない。
「他当たってください」
その一言で、普通の男なら引く。空気を読んで、苦笑して、距離を取る。
――普通なら。
「……は?」
agjtmは、一瞬きょとんとした。
そして。
次の瞬間。
くつ、と小さく喉を鳴らして笑った。
「……あー……そっか」
笑っている。口元は、いつも通り余裕そうだ。
けれど。
目だけが、違った。
ぎらり、と。獲物を見つけた肉食獣みたいに光る。
「俺、フラれた?」
冗談めかした声。
なのに、距離は詰めたまま。
一歩。 また一歩。
ユキの逃げ場を、無意識に潰すように。
「初めてかも」
ぽつり。
「ここまで、はっきり拒否られたの」
ユキは眉をひそめる。
「……だから何ですか」
「いやさ」
agjtmは、楽しそうに続ける。
「普通さ、もうちょい遠慮するじゃん?」 「様子見たりさ」 「気ぃ遣ったりさ」
肩をすくめて。
「ユキ、ゼロじゃん?」
「遠慮」
「忖度」
「期待」
「全部ゼロ」
くす、と笑う。
「……最高じゃん」
「は?」
ユキが素で聞き返す。
「普通さ」
agjtmは、少しだけ声を落とした。
「俺くらいになるとさ」 「勝手に期待されんの」
「金」 「装備」 「ステータス」 「肩書き」
「全部込みで」
指を一本ずつ折りながら。
「『いい人そう』とか」 「『頼れそう』とか」 「『付き合ったら楽しそう』とか」
「……もう、飽きるほど聞いた」
そして。
ユキを見る。
真っ直ぐ。
逃がさない目で。
「でもさ」
「ユキは、俺のそれ」 「一切見てねぇだろ」
「ただ」
「『うざい男』って顔してる」
楽しそうに。
「そこがさ」
「めちゃくちゃ刺さった」
ユキは、内心で舌打ちした。
(……やっぱりヤバい)
(面倒なタイプだ、これ)
「……興味ないって言ったよな」
もう一度、突き放す。
「俺も、興味ない」 「あなたに」
普通なら、ここで心折れる。
でも。
agjtmは折れない。
むしろ。
「……あー」
納得したように頷く。
「そう来るか」
にやり。
「じゃあさ」
「興味持たせたら、俺の勝ちじゃん?」
ユキの背筋に、ぞわり、と寒気が走る。
「……何言って」
「決めた」
agjtmは、あっさり言った。
「俺さ」
「ユキ落とすわ」
「時間かかってもいい」
「嫌われてもいい」
「逃げられてもいい」
「でも」
一歩、近づく。
低く、囁く。
「最終的に」 「俺のこと見るようにする」
その声は、甘くて。
――異様に執着していた。
「……最悪」
ユキが小さく呟く。
「褒め言葉」
即答。
満足そうに笑う。
「そういう顔するの」 「マジで逃がしたくなんねぇんだよ」
ユキは、心の底から思った。
(……やっぱり) (できるだけ関わっちゃダメなやつだ)
なのに。
この男は。
もう、離れる気なんて一ミリもなさそうだった。




