誠実な狂気【ナカジマ視点】
ナカジマは、いつもの位置に立っていた。
人が行き交うセーフティゾーン、その端っこ。
壁にもたれて、腕を組んで、風景に溶け込んでる。
一見すれば、ただの待機中のプレイヤーだ。
けれど、その視線だけが、異様だった。
ただ、一点に縫い留められている。
(……また、あいつか)
少し離れた場所。
ユキの前に、agjtmが立っている。
距離はある。歩数にするなら、二歩分くらい。
触れられない位置をしっかり守ってる。笑い合ってもいない。
ユキは腕を組み、わずかに体を引いている。
明らかに警戒している態度。
――なのに。
それでも、話してるという事実がナカジマを苛立たせる。
(……なんでだよ)
胸の奥で、低く声が鳴る。
(なんで、話してんだよ)
(嫌なら、無視すればいいだろ)
(視線も合わせなきゃいいだろ)
ユキは、明らかに面倒くさそうな態度で接してる。
遠目から見ても、それはわかる。
「別に」
「そういうの興味ない」
突き放すような口調で、agjtmから距離を取ってる。
けれど、それは完全な遮断じゃない。
(……会話してる)
(切ってない)
(ちゃんと、繋がってる)
自分勝手な感情だとはわかってる。
でも、胸がざわつく。
ユキは自分のモノじゃないのに、横取りされたような気分になる。
(……俺には、あんな態度なのに)
(俺には、もっと距離取るくせに)
(あいつとは、話すんだ)
agjtmが、少し身を乗り出す。
ユキが、反射的に一歩引く。
ちゃんと距離を取ってる。
なのに、ナカジマの胸は、さっきから刃物で抉られたみたいに苦しい。
(なんで、そんな奴と話すんだよ)
(もう終わらせろよ)
喉が鳴る。
笑いながらagjtmが、ユキに触れようとした。
無意識に、唾を飲み込む。
(…あ…殺したい)
一瞬、純度の高い殺意が浮かんできた。
でも、すぐに叩き落とす。
(ダメだ)
(ユキが嫌がる)
(そんなことしたら、終わる)
(全部、終わる)
理性が、必死に抑え込む。
(……俺は何もしない)
(邪魔しない)
(見てるだけ)
(それだけで、いいんだ)
何度も、心の中で繰り返す。
目を血走らせながら、荒い息を整えながら。
そのとき。ユキが、ちらりとこちらを見てきた。
ほんの一瞬だったが、視線が絡む。
それだけで、ナカジマの心臓が跳ねる。
条件反射みたいに。
ユキはすぐに目を逸らす。
そしてまた何事もない顔で、agjtmと会話を続ける。
(……見たよな)
(俺が見てるの)
(分かってるよな)
(それでいい)
(それで……いいんだ)
胸の奥は、ぐちゃぐちゃなのに。
外側は、ただ静かに見守ってるように見せかけてる。完璧な擬態。
(……今日も、可愛い)
警戒してる顔も、嫌そうな顔も、困ってる顔も。
(全部…全部、可愛い)
喉が詰まる。息が浅くなる。膝が崩れ落ちそうになるのを既のところで耐える。
(……無理だ)
(好きすぎる)
(もう……無理)
agjtmが去っていく。
背中が、人混みに溶けていくのを眺めながら。
ユキは、ほっとしたように、小さく息を吐いた。
ほんのわずかに、肩の力を抜いてる。
その仕草だけで、ナカジマの心が救われる。
(良かった)
(触られてない、距離も超えてない)
(……まだ、大丈夫)
でも、胸の奥で、別の声が囁く。
いつか誰かに触れられるんじゃないか。
agjtmの他にも、欲をもって距離を詰めようとする人間が現れるんじゃないかと。
考えただけで、胸が痛い。抉られてたナイフが更に深くに突き刺してくるみたいに。
それでも、ナカジマは動けない。
ただ、黙って見てるだけ。
(俺は、ずっとそばにいる)
(ずっとユキを見守り続ける)
それが自分の愛し方だと、疑いもしないまま。
今日2話更新です。




