表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/35

二度と手離したくない【モユル昔語り】

本編は21時更新です。

モユルには、ずっと忘れられない存在がいる。

 名前も知らない。

 連絡先も知らない。

 今どこにいるのかも分からない。

 ただ――

 夕焼けの公園に、いつも一人で座っていた少女。

 それだけだ。

 ―――

 あの頃、モユルは高校生だった。

 部活帰り。

 寄り道の途中。

 毎日通る、公園のベンチ。

 そこに、いつも同じ時間にいる子がいた。

 小学生くらいの、小さな女の子。

 ブランコにも乗らず、

 遊具にも触れず、

 ただ、空を見ている。

「……また、いる」

 最初は、それだけだった。

 でも、何日も続くうちに、気になって仕方なくなった。

 ある日、思い切って声をかけた。

「……ねえ」

 少女は、ゆっくり振り返った。

 その瞬間、モユルは言葉を失った。

 やけに整った顔。

 大きな瞳。

 透き通るような肌。

 ――異様に可愛い。

(……なに、この子)

 同年代でも、ここまで整った子はいない。

 不思議なくらい、目を引いた。

「……なに?」

 小さな声。

「いつも……一人だけど」

「うん」

 短い返事。

「さみしくないの?」

「……べつに」

 即答。

 でも、その目は少しだけ揺れていた。

 強がっている。

 すぐ分かった。

 ―――

 それから、二人はよく話すようになった。

 学校の話。

 給食の話。

 テレビの話。

 他愛ない会話。

 でも、モユルにとっては、大事な時間だった。

 少女は、自分のことをあまり話さない。

 家の話になると、決まって曖昧になる。

「今日も、お母さん遅いの?」

「うん」

「……夜まで?」

「たぶん」

 それ以上、言わない。

 慣れているみたいに。

 それが、苦しかった。

(……この子、ずっと一人なんだ)

 そう思ったある日。

 モユルは、つい、口にしてしまった。

「……さ」

「ん?」

「……今日さ」

 少し、間を置いて。

「……うち、来る?」

 自分でも驚いた。

 何を言ってるんだ、と。

 でも、引っ込められなかった。

「……親、いないし」

「ごはんもあるし」

「……遅いなら、泊まってもいいし」

 しどろもどろ。

 完全に挙動不審。

 少女は、きょとんとした顔で見ていた。

「……いいの?」

「え?」

「……迷惑じゃない?」

 不安そうな声。

 それが、胸に刺さった。

「迷惑なわけないでしょ」

 即答だった。

「全然」

「むしろ……」

 少し照れながら。

「……来てくれたら、嬉しい」

 少女は、しばらく黙っていた。

 そして。

 小さく、笑った。

「……じゃあ、行く」

 その笑顔が、あまりにも可愛くて。

 モユルの心臓は、変な音を立てた。

 ―――

 その日。

 少女は、初めて人の家で夕飯を食べた。

 テレビを見て。

 風呂に入って。

 布団で寝た。

 当たり前のこと。

 でも、少女はずっと嬉しそうだった。

「……なんか、楽しい」

 ぽつりと呟いた言葉。

 モユルは、忘れられない。

(……守りたい)

 はっきり、そう思った。

ある日。

 少女は、ぽつりと言った。

「……来月、引っ越すの」

「……は?」

「……遠く」

 淡々と。

 まるで他人事みたいに。

 モユルは混乱した。

 そんな大事なことを、そんな軽く?

「……なんで?」

「……わかんない」

 視線を逸らす少女。

 その姿が、今でも忘れられない。

 ―――

 最後の日。

 夕焼けの公園。

「……今まで、ありがとう」

 それだけ言って。

 少女は去っていった。

 泣きもしない。  振り返りもしない。

 あまりにも静かに。

 まるで、最初から“いなかった”みたいに。

 ―――

 それ以来。

 モユルは、その少女に会っていない。

 探そうにも、情報が何もなかった。

 名前も。  住所も。  苗字すら知らない。

 ただ、記憶だけが残った。

「……もう、失いたくない」

 それが、彼女の中に根付いた。

 誰かを縛る理由。  手放せない理由。  執着してしまう理由。

 全部。

 あの、名前も知らない少女のせいだった。

 ―――

 そして、今。

 モユルは、ユキを見るたびに思う。

(……似てる)

 雰囲気。  目の色。  距離感。

 全部、あの子に似ている。

 でも。

 まさか同一人物だなんて、思わない。

 思えるはずがない。

 あれは、遠い過去の幻だ。

 今目の前にいるのは、別の人間だ。

 ……そう、思い込んでいる。

(……なのに)

 どうして、こんなに怖いんだろう。

 どうして、手放したくないんだろう。

 どうして、失うことを想像するだけで、息が詰まるんだろう。

 答えは、もう分かっている。

 でも、気づかないふりをしている。

 あの夕焼けの少女を。

 まだ、心の奥で抱えたままだということに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ