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ログイン出来ない朝

ユキは、ベッドの上でスマホを握ったまま、天井を見つめていた。

カーテンは閉め切られている。 昼か夜かも、もう分からない。

ここにいると、安心する。 誰にも見られない。 誰にも触れられない。 誰にも、覗かれない。

外は、怖い。

駅のホームで。 コンビニの前で。 エレベーターの中で。

知らない男のスマホが、いつもこちらを向いている。

「……やめて」

小さく呟いても、届かない。

気づいたら、写真が撮られていて。 気づいたら、後ろを歩かれていて。 気づいたら、SNSに知らない自分が流れていた。

「可愛い」 「エロい」 「彼氏いるのかな?」

知らない名前。 知らないアイコン。 知らない欲望。

画面の向こうから、勝手に踏み込んでくる。

ただ生きてるだけなのに。

息をするだけで。 歩くだけで。 笑うだけで。

勝手に「女」にされる。

それが、つらかった。

綺麗って言われるのも。 可愛いって言われるのも。 もう、全部、怖い。

褒め言葉じゃない。 値踏みだ。

欲しがられてるだけ。

「……もう、やだ」

女でいるのが、しんどい。 見られるのが、しんどい。 期待されるのが、しんどい。

だから、ここに逃げた。

スマホの中。 誰にも触れられない世界。

《Eternal Frontier Online》。

そこでは、ユキは“男”だった。

無口で。 目立たなくて。 誰にも欲情されない存在。

……それが、救いだった。

「……今日も、入るか」

小さく呟いて、アプリを起動する。

いつものログイン画面。

でも、今日はなぜか反応しない。

「え? バグ?」

そう言った瞬間だった。

スマホに吸い込まれるような感覚。

視界が真っ白に染まる。

激しい光が明滅する。

息を吸う暇もなく、意識が遠のいた。

―――――――

目を開けると、石造りの天井があった。

見覚えがないはずなのに、どこか既視感がある。

EFOの王都広場、セーフティゾーンの建物内にそっくりだった。

「……夢?」

声が、低い。

少しハスキーで、色気のある声。

自分が出したはずなのに、全く知らない声だった。

胸の奥が冷える。

視線が、自然と近くの金属板に向かう。

「うそ……」

そこには、男の姿をした自分が映っていた。

首筋まで切り揃えられた黒髪。

高い背。長い手足。少し盛り上がった喉仏。

節のある、骨ばった指。

――なのに、顔だけは。

目元も、口元も、骨格も。

“元の自分”をそのままなぞったみたいで、気味が悪い。

男なのに、どこか柔らかい。

見られたくない種類の「整い方」だった。

(……最悪)

ここでも目立つ。

ここでも見られる。

金属板から目を逸らした、その瞬間。

背後から、慌てた声が重なった。

「え、なにここ……?」

「やだ、顔……現実のまま……」

「ログアウトできないんだけど……!」

振り返ると、次々と人影が現れていた。

全員、現実の姿のまま。

そして、頭上にはプレイヤーネームが浮かんでいる。

悪い冗談みたいだ。

ふと、プレイヤーの一人がユキを見て声を上げた。

「ねぇ、あれユキじゃない?」

「ほんとだ……!」

視線が一斉に集まる。

「うわ、ゲームのまんまじゃん」

「え、やばいー!」

無遠慮に注がれる視線に、ユキは無意識に息を止めた。

まただ。

何もしてないのに、勝手に見られる。

背中がぞわっと粟立つ。

喉が、きゅっと狭くなる。

その中に。

ひとつだけ、質の違う視線が混じっているのに気づいた。

一見すると地味で、穏やかな好青年。

年齢は20代中盤~後半くらい。

好奇心でも、興味でもない。

狙ってた獲物を見つけたみたいな――粘着質な視線。

名前はナカジマ。

何回か一緒にパーティを組んだことがある程度の存在。

(……なんで)

理由が分からない。

分からないのに、背筋だけが冷える。

いたたまれなくなって、ユキは俯いた。

―――――――

混乱の中でも、人間は妙に「現実的」だった。

誰かが言った。

「とりあえず情報共有しよう」

「ログアウト不可、死んだらどうなるか不明」

「セーフティゾーンは安全っぽい」

どうやら自分たちは「異世界に飛ばされた」らしい。

冗談じゃなく。

結論が出たあと、ひとりひとり挨拶する流れになった。

「ナカジマです。よろしく」

先程の視線が嘘みたいに、人畜無害そうな笑顔。

でも――目だけは、ずっとユキに向いていた。

(私、なにかした?)

考えても、何も浮かばない。

その瞬間。

セーフティゾーンの空気が、ガラリと変わった。

ざわめきが止まり、音が薄くなる。

誰もが息を呑む「名前」が響いた。

「関ヶ原モユルです」

サーバー圧倒的1位のランカー。

関ヶ原モユル。

その場にいた誰もが、言葉を失う。

ユキも当然知っている。

むしろ、よく一緒に組んでいたくらいだ。

効率重視で、迷いがなくて、完璧で。

「……モユルさん」

声をかけるより先に、モユルの視線が合う。

迷いがない。一直線。

ユキだけを見る。

「やっぱり」

「ユキだと思った」

「……え?」

「一目で分かったよ」

そう言って、一歩近づく。

距離が、近い。

というより、近すぎる。

無意識に下がろうとして、止まる。

いつの間にか、背後に人がいて、逃げ場がない。

偶然じゃない。そんな気がした。

「探してた」

平然と。

まるで、当たり前みたいに。

「これからずっと一緒だね」

「……え?」

ユキの喉が鳴る。

笑顔なのに、空気が硬い。

選択肢が削られていく感じがする。

モユルは続けた。淡々と、理詰めで。

「私といるのが一番安全だよ」

「今までだってそうでしょ」

「役割も噛み合う。相性もいい」

「この人数で、信用できる戦力は限られる」

逃げ道を、論理で埋めてくる。

「断る理由、ある?」

それは質問の形をした結論だった。

ユキは言葉を探した。

でも、見つからない。

「……」

その沈黙の間に。

モユルの指が、ユキの腕を掴んだ。

強くない。

でも、離す気のない力。

「……ちょっ」

「ユキは心配しなくていい」

「危ないことは全部私がやる」

当然のようにユキを引っ張っていく。

周囲がざわつく。視線が集まる。

羨望。

嫉妬。

困惑。

諦め。

全部。

(……あ)

ユキは悟った。

これ、もう――逃げられない。

「行こ」

モユルは振り返らなかった。

引かれるまま、歩き出す。

指先が、まだ離れない。

逃げようと思えば、逃げられるはずだった。

振りほどくことも。立ち止まることも。

でも、できなかった。

――怖かった。

この手を離した瞬間、ここで一人になる気がして。

また、視線の中に放り投げられる気がして。

「……」

何も言えないまま、歩き続ける。

ふと、背後に視線を感じた。

振り返る。

そこには、ナカジマがいた。

さっきまでの穏やかな顔じゃない。

笑っているのに、目だけが笑っていない。

まるで。

「奪われたもの」を見るみたいな目で。

(……なに、あれ)

背筋が、ぞっとする。

その瞬間。

モユルの指が、少しだけ強く絡んだ。

逃がさない、と言うみたいに。

「大丈夫」

囁く声は、優しかった。

「私が、全部守るから」

――守る?

違う。

なぜか、ユキにはそう聞こえなかった。

(……囲われた)

理由もなく、そう思った。

でも、口には出せない。

出したら、壊れる気がして。

ユキは、ただ黙って歩いた。

この選択が。

これから先、全部を壊す入り口だとも知らずに。

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