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仕事は完璧、恋は不器用。年下部下にだけ弱い私  作者: 無明灯


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第9話 私は、逃げない

 相沢くんが、少し変わった。


 露骨に何かをしたわけじゃない。

 距離が急に近づいたわけでもない。


 ただ――視線が、まっすぐになった。


 以前のように、迷ったり、避けたりしない。

 仕事の話をしているときも、ふとした沈黙のときも。


 それが、逆に落ち着かなかった。



 その日の夕方、企画部全体の進捗確認があった。


 順調。

 問題なし。


 いつも通りの報告。

 いつも通りの締め。


 なのに、会議が終わった瞬間、胸がざわついた。


 ――このまま、何も言わなかったら。


 相沢くんは、きっと言う。

 年下なりの覚悟で。

 誠実に。


 でも、それを“待つ”のは、違う気がした。


 私は、もう“選ばれる側”でいるのを、やめたかった。



 「相沢くん」


 帰り支度をしている彼に、声をかける。


 「今日、少し時間ある?」


 一瞬、彼の目が揺れた。


 「はい。大丈夫です」


 その返事に、逃げはなかった。



 会社近くの、小さな公園。


 ベンチに並んで座ると、夜風が心地よかった。


 しばらく、何も言えない。


 話したいことは山ほどあるのに、

どれから切り出せばいいのか分からない。


 「……佐倉さんとは、終わりました」


 結局、私の方から言った。


 相沢くんは、驚いた顔をしたあと、静かに頷く。


 「そうですか」


 それ以上、踏み込まない。


 「理由、聞かないの?」


 「橘さんが決めたことなら」


 相変わらず、優しい。


 でも、今日はそれが、少しだけ苦しかった。


 「ねえ、相沢くん」


 私は、手を膝の上でぎゅっと握る。


 「私、強い女でいるの、もう疲れた」


 言葉にした瞬間、胸が熱くなる。


 「全部一人で決めて、全部一人で背負って。

  それができる自分じゃないと、価値がない気がしてた」


 相沢くんは、何も言わずに聞いている。


 「でもね」


 深呼吸して、続ける。


 「弱いって言える場所が、欲しかった。

  “大丈夫じゃない”って言っても、引かれない相手が」


 視線を上げると、彼と目が合った。


 逃げない目。


 「それが、あなたでした」


 胸の奥が、どくどくと鳴る。


 「年下とか、部下とか、正解とか」


 首を振る。


 「全部、言い訳だった。

  本当は、あなたを選ぶのが、怖かっただけ」


 相沢くんが、息を呑むのが分かった。


 「相沢くん」


 名前を呼ぶ声が、震える。


 「私、逃げない。

  あなたが年下でも、部下でも」


 少し笑う。


 「……不器用な私でよければ、隣にいてほしい」


 言い切った瞬間、全身から力が抜けた。


 怖かった。

 でも、後悔はなかった。


 しばらくの沈黙のあと、相沢くんが立ち上がる。


 私の前に立って、真剣な目で言った。


 「橘さん」


 その声は、少しだけ震えていた。


 「それ、反則です」


 「……え?」


 「ずっと、俺が言う番だと思ってた」


 苦笑して、でも視線は逸らさない。


 「年下だから、部下だから、

  言えなかった言葉、全部」


 夜風が、二人の間を通り抜ける。


 「次は、俺に言わせてください」


 その言葉に、胸がいっぱいになる。


 ――ああ。


 私たちは、やっと同じ場所に立った。


 立場じゃない。

 年齢でもない。


 ただ、同じ覚悟で。

ここまでご覧いただきありがとうございます。


次回は最終話となります。


どのような結末になるのか?

ブックマークをして、楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。

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