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仕事は完璧、恋は不器用。年下部下にだけ弱い私  作者: 無明灯


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第7話 それは、私の弱さを知らない

 体調を崩してから、三日。


 会社には復帰したものの、周囲は必要以上に気を遣ってくれていた。

 それが少し居心地悪くて、でも――ありがたかった。


 相沢くんは、以前よりも少しだけ、距離を戻してくれた気がする。

 以前のように踏み込みすぎず、でも、完全に離れない。


 その“間”が、今の私にはちょうどよかった。



 そんな中で、佐倉さんから連絡が来た。


 ――この前の続き、よかったら。


 画面を見つめて、少しだけ迷う。

 でも、曖昧にしたままなのは、もっと嫌だった。


 ――お話ししたいことがあります。


 そう返信して、約束を入れた。



 前と同じカフェ。


 同じ席。

 同じように運ばれてくるコーヒー。


 なのに、空気はまるで違っていた。


 「体調、崩されたそうですね」


 佐倉さんは、少し眉を寄せて言った。


 「大丈夫ですか?」


 「ええ。もう問題ありません」


 いつもの答え。

 でも、今日はそれ以上を、言うつもりだった。


 「……正直に言うと、無理してました」


 佐倉さんが、少し驚いた顔をする。


 「橘さんが?」


 「はい。ずっと」


 自分から言葉を重ねるのは、久しぶりだった。


 「強く見られるのが当たり前になっていて、弱いところを出すのが、怖くて」


 佐倉さんは、しばらく黙って聞いていた。


 「でも、それは仕方ないですよ」


 その一言で、胸の奥が冷えた。


 「橘さんは、そういう立場なんですから。弱さは、隠せている方がいい」


 ……ああ。


 「それを支えるのが、隣にいる人の役目だと思います」


 守る。

 また、その言葉。


 「佐倉さん」


 私は、ゆっくりと息を吸ってから言った。


 「それは、私の“弱さ”を知らない人の言葉です」


 彼の表情が、わずかに曇る。


 「知ろうとしていない、のかもしれません」


 沈黙。


 カップの中のコーヒーが、少しだけ揺れた。


 「私は、誰かに守られたいわけじゃない」


 言葉が、自然と続く。


 「弱いままでも、隣にいられる関係が欲しいんです」


 佐倉さんは、しばらく考えるように視線を落としてから、静かに言った。


 「それは……きれいごとじゃないですか」


 きれいごと。


 昔の私なら、そう言われて黙っていた。


 でも、今は違う。


 「そうかもしれません。でも」


 私は、はっきりと言った。


 「それを、きれいごとだと思わない人が、もういます」


 佐倉さんの目が、私をまっすぐ捉える。


 「……年下の、部下ですか」


 図星だった。


 「ええ」


 否定しなかった。


 「彼は、私が倒れる前から気づいてました。

  強いからじゃなくて、無理してるから、って」


 佐倉さんは、少しだけ苦く笑った。


 「それは、甘えさせてくれるだけじゃないですか」


 「違います」


 即答だった。


 「甘えさせてくれるんじゃない。

  甘えても、見捨てない人なんです」


 その違いが、今ははっきり分かる。


 長い沈黙のあと、佐倉さんは息を吐いた。


 「……分かりました」


 「すみません」


 「いいえ。むしろ、はっきりしてよかった」


 そう言って、彼は立ち上がった。


 「橘さんは、強いですね」


 その言葉に、私は首を振る。


 「いいえ。やっと、弱いって言えるようになっただけです」



 店を出て、夕暮れの街を歩きながら、私はスマートフォンを取り出した。


 迷って、でも。


 ――今日は、ちゃんと話せました。


 相沢くんに、そう送った。


 少しして、返信が来る。


 ――それなら、よかったです。


 ――無理、しませんでした?


 画面を見て、笑ってしまう。


 ――少しだけ。でも、逃げませんでした。


 ――それなら、大丈夫ですね。


 短いやり取りなのに、胸が落ち着く。


 正解に見える道を、私は降りた。

 代わりに選んだのは、不器用で、少し怖い道。


 でも。


 その先に誰がいるのか、私はもう、知っている。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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