第7話 それは、私の弱さを知らない
体調を崩してから、三日。
会社には復帰したものの、周囲は必要以上に気を遣ってくれていた。
それが少し居心地悪くて、でも――ありがたかった。
相沢くんは、以前よりも少しだけ、距離を戻してくれた気がする。
以前のように踏み込みすぎず、でも、完全に離れない。
その“間”が、今の私にはちょうどよかった。
*
そんな中で、佐倉さんから連絡が来た。
――この前の続き、よかったら。
画面を見つめて、少しだけ迷う。
でも、曖昧にしたままなのは、もっと嫌だった。
――お話ししたいことがあります。
そう返信して、約束を入れた。
*
前と同じカフェ。
同じ席。
同じように運ばれてくるコーヒー。
なのに、空気はまるで違っていた。
「体調、崩されたそうですね」
佐倉さんは、少し眉を寄せて言った。
「大丈夫ですか?」
「ええ。もう問題ありません」
いつもの答え。
でも、今日はそれ以上を、言うつもりだった。
「……正直に言うと、無理してました」
佐倉さんが、少し驚いた顔をする。
「橘さんが?」
「はい。ずっと」
自分から言葉を重ねるのは、久しぶりだった。
「強く見られるのが当たり前になっていて、弱いところを出すのが、怖くて」
佐倉さんは、しばらく黙って聞いていた。
「でも、それは仕方ないですよ」
その一言で、胸の奥が冷えた。
「橘さんは、そういう立場なんですから。弱さは、隠せている方がいい」
……ああ。
「それを支えるのが、隣にいる人の役目だと思います」
守る。
また、その言葉。
「佐倉さん」
私は、ゆっくりと息を吸ってから言った。
「それは、私の“弱さ”を知らない人の言葉です」
彼の表情が、わずかに曇る。
「知ろうとしていない、のかもしれません」
沈黙。
カップの中のコーヒーが、少しだけ揺れた。
「私は、誰かに守られたいわけじゃない」
言葉が、自然と続く。
「弱いままでも、隣にいられる関係が欲しいんです」
佐倉さんは、しばらく考えるように視線を落としてから、静かに言った。
「それは……きれいごとじゃないですか」
きれいごと。
昔の私なら、そう言われて黙っていた。
でも、今は違う。
「そうかもしれません。でも」
私は、はっきりと言った。
「それを、きれいごとだと思わない人が、もういます」
佐倉さんの目が、私をまっすぐ捉える。
「……年下の、部下ですか」
図星だった。
「ええ」
否定しなかった。
「彼は、私が倒れる前から気づいてました。
強いからじゃなくて、無理してるから、って」
佐倉さんは、少しだけ苦く笑った。
「それは、甘えさせてくれるだけじゃないですか」
「違います」
即答だった。
「甘えさせてくれるんじゃない。
甘えても、見捨てない人なんです」
その違いが、今ははっきり分かる。
長い沈黙のあと、佐倉さんは息を吐いた。
「……分かりました」
「すみません」
「いいえ。むしろ、はっきりしてよかった」
そう言って、彼は立ち上がった。
「橘さんは、強いですね」
その言葉に、私は首を振る。
「いいえ。やっと、弱いって言えるようになっただけです」
*
店を出て、夕暮れの街を歩きながら、私はスマートフォンを取り出した。
迷って、でも。
――今日は、ちゃんと話せました。
相沢くんに、そう送った。
少しして、返信が来る。
――それなら、よかったです。
――無理、しませんでした?
画面を見て、笑ってしまう。
――少しだけ。でも、逃げませんでした。
――それなら、大丈夫ですね。
短いやり取りなのに、胸が落ち着く。
正解に見える道を、私は降りた。
代わりに選んだのは、不器用で、少し怖い道。
でも。
その先に誰がいるのか、私はもう、知っている。
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