表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
仕事は完璧、恋は不器用。年下部下にだけ弱い私  作者: 無明灯


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/10

第6話 強い人は、倒れるまで気づかれない

 ――大丈夫。


 その言葉を、私は何度使ってきただろう。


 仕事で忙しいときも。

 心がすり減っているときも。

 誰かに心配されそうになったときも。


 大丈夫。

 問題ない。

 平気。


 そう言えば、全部片付くと思っていた。



 その日は、朝から頭が重かった。


 熱があるわけじゃない。

 目眩がするほどでもない。


 ただ、身体の奥に鉛が詰まっているみたいに、動きが鈍い。


 「……集中しなきゃ」


 自分に言い聞かせながら、資料に目を通す。


 相沢くんは、今日も淡々と仕事をこなしている。

 必要な報告はするけれど、それ以上は何も言わない。


 視線も、最低限。


 それが正しい距離だと、頭では分かっている。

 でも、胸はずっと、ざわついたままだった。



 午後の会議中。


 ホワイトボードに書かれた数字を見つめながら、突然、視界が揺れた。


 ――あれ?


 一瞬、床が傾いたような感覚。


 次の瞬間、耳鳴りがして、周囲の声が遠ざかる。


 「……橘さん?」


 誰かが名前を呼んだ。


 返事をしようとして、言葉が出ない。


 足に力が入らず、膝が崩れた。



 気がつくと、ソファに寝かされていた。


 天井が、ぼんやりと見える。


 「橘さん、分かります?」


 近くで聞こえた声に、ゆっくりと視線を動かす。


 相沢くんだった。


 彼の顔は、今まで見たことがないくらい、険しい。


 「……私」


 声が、かすれる。


 「無理、しましたね」


 責める口調じゃない。

 でも、はっきりとした断定。


 「すみません……会議中に……」


 謝ろうとすると、相沢くんは首を振った。


 「謝らなくていいです」


 そう言ってから、一拍置く。


 「でも、“大丈夫”って言うのは、やめてください」


 その言葉に、胸が締めつけられた。


 「倒れるまで気づかれないの、辛くないですか」


 辛い。

 ――辛いに、決まっている。


 でも、それを口に出したら、今まで積み上げてきたものが、全部崩れてしまいそうで。


 「……みんな、忙しいから」


 絞り出した言葉は、あまりにも弱々しかった。


 相沢くんは、拳をぎゅっと握りしめてから、静かに言った。


 「忙しくても、気づく人はいます」


 そして、少しだけ声を落とす。


 「僕は、気づいてました」


 その一言で、涙が溢れた。


 止めようとしても、止まらない。


 「……じゃあ、どうして」


 声が震える。


 「どうして、離れたの……」


 相沢くんの目が、大きく揺れた。


 「それは――」


 言いかけて、彼は言葉を飲み込む。


 「……橘さんが、選んだ道を、邪魔したくなかったからです」


 選んだ道。


 正しい大人の選択。


 「私、そんなにちゃんと選べてる?」


 涙を拭いながら、聞いた。


 「正しい顔して、無理して、倒れて……それが?」


 相沢くんは、答えなかった。


 その沈黙が、答えだった。



 「今日は、早退してください」


 「でも――」


 「上司命令です」


 珍しく、きっぱりとした口調。


 「送ります。家まで」


 断る力は、もう残っていなかった。



 タクシーの中。


 窓の外を流れる景色を眺めながら、私はぽつりと言った。


 「私、弱いところ見せるの、怖いの」


 相沢くんは、すぐに答えない。


 「強い人ほど、そうですね」


 「弱くなったら、誰にも必要とされなくなる気がして」


 「そんなこと、ないです」


 即答だった。


 「少なくとも、僕は」


 それ以上は、言わない。

 でも、それで十分だった。


 家の前に着くと、相沢くんは言った。


 「今日は、ちゃんと休んでください。連絡も、仕事も、全部」


 「……ありがとう」


 「それと」


 一瞬、迷ってから。


 「もう一つだけ」


 視線が合う。


 「離れたのは、嫌いになったからじゃないです」


 心臓が、強く跳ねた。


 「むしろ、逆です」


 それだけ言って、彼はドアを閉めた。


 玄関で一人になり、私は壁にもたれかかる。


 強い人は、倒れるまで気づかれない。

 でも。


 気づいてくれる人が、ちゃんといた。


 それを、失いたくないと思ってしまった自分を、

 私はもう、否定できなかった。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、

ブックマーク や 評価 をお願いします。


応援が励みになります!


これからもどうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ