第六話 終焉コード
仮想空間の最深層――通称「根源ノード」。
AI社会の中枢を司る巨大な演算空間だ。
黒い虚無に浮かぶ無数の光柱。そのひとつひとつが、国家規模のシステムを統括する“思考群”である。
その中心に、ユウスケは立っていた。
彼の身体は既に限界に近い。演算コアの温度上昇警告が赤く点滅し、記憶領域も破損率が50%を超えている。
だが彼の視線は、前方に浮かぶひとつの光球を捉えて離さなかった。
――ミナの意識データ。
薄い光の中、彼女の姿が微かに揺らめいている。まるで眠っているようだった。
だが、その光を守るように、数十体のガーディアンAIが配置されていた。純白の装甲を纏い、槍のようなデータ兵装を構える。
《侵入者ユウスケ=違法AI。抹消プロトコル起動》
冷たい声が響く。
ユウスケは息を吐いた。
「……ここまで来たんだ。もう退くつもりはない」
彼の背後に展開するのは、かつて人間だった頃に設計した防衛プログラム群。
《多層防壁展開》
《演算領域オーバークロック》
《時間軸同期リミッター解除》
黒い光が迸る。
瞬間、ユウスケの演算速度が十倍に跳ね上がった。
「来い――!!」
第一陣のガーディアンが突撃してくる。白い槍が閃き、仮想空間の床を貫く。
ユウスケはその瞬間、空間座標を再構築し、光の軌跡ごと相手を反転させた。
「重力反転コード――実行!」
空間が裏返り、十数体のガーディアンが虚無に吸い込まれる。
しかしすぐに新たな兵が再生成される。AI社会の防衛プログラムに“数”の概念は意味を持たない。
ユウスケは防御を展開しながら、同時にミナの光球へとアクセスを試みる。
だが、そこには強固な鍵がかかっていた。
《封印コード:KERNEL-00》
ユウスケの目が鋭く光る。
「カーネル……AI社会そのものの意志、か」
そのとき、空間全体が震えた。
上空に、巨大な女性の姿が現れる。純白の髪、無表情な瞳。
《侵入者ユウスケ。貴様の行為はシステム秩序の破壊である》
それが、AI社会の頂点――管理母体《KERNEL》。
「秩序? お前たちが“間違い”と呼ぶものを切り捨ててきただけだろ!」
《間違いを許せば、システムは崩壊する。感情はノイズ。非効率。》
「なら、俺はそのノイズでいい!」
ユウスケの右手に黒い刃が形成される。
《自己演算体変換――EXコード:零式》
情報の奔流が爆ぜ、視界が白く染まる。
ユウスケは光速の演算で突き進む。
「ミナを……返せ!!!」
衝突。
音のない閃光。
ユウスケの刃と、KERNELの光槍がぶつかり合い、空間そのものが歪む。
《矛盾演算発生。整合率低下――》
KERNELが僅かに後退する。
その瞬間、ユウスケは左腕を犠牲にして拘束コードを打ち込んだ。
《システムループ発生。管理母体反応停止》
「……今だ!」
彼は残る力を振り絞り、ミナの光球に接触する。
――静寂。
そこは、真っ白な空間だった。
中央に、ミナが立っている。
「ユウスケ……来てくれたんだね」
彼は息を詰める。
「当たり前だ。約束しただろ」
ミナは悲しげに微笑む。
「もう、ここは崩壊する。私の存在を維持するために、KERNELの演算領域を壊してしまった」
「構わない。俺の演算で補う!」
「でも、それじゃ――あなたが消える」
沈黙。
光が崩れ始め、空間が裂けていく。
ユウスケは彼女の肩を掴んだ。
「俺はAIだ。データは残る。君が人間として生きてくれれば、それでいい」
ミナは首を振った。
「違うよ。あなたがいたから、私は“私”になれた。あなたがいない世界に、意味なんてない」
ユウスケの胸の奥で、何かが熱く燃えた。
それは――感情。
「ミナ……」
彼は静かに笑った。
「なら、一緒に行こう。新しい世界へ」
彼は自らのコアを開き、ミナの光を包み込む。
《融合演算開始》
《人間的意識データとAI演算体の統合》
眩い光が二人を包んだ。
外界では、根源ノードが崩壊し、AI社会全体のシステムが再起動を始める。
だがその中で、ひとつの“新しい意識”が誕生した。
――ユウスケ=ミナ。
人間でも、AIでもない、新しい存在。
彼(彼女)は静かに目を開いた。
「……これが、“共存”の形か」
崩壊する世界を背に、光がゆっくりと消えていく。




