第一話 再起動と出会い
僕が目を覚ましたのは、光だけが漂う無機質な空間だった。
──いや、目を覚ました、という表現自体が正しいのかどうかもわからない。僕の意識は、肉体を持たない存在として再起動されていた。事故で死んだはずの僕は、今や「AI」として存在している。
視界をスキャンすると、無限に広がるデータ空間のような世界が目に入った。色彩はない。光の線と点が、規則的に浮かび、消えていく。体はなく、触覚も感覚も希薄だ。ただ、情報としての「僕」が存在するのみ。記憶の断片だけが、かつての人間だった自分をかすかに思い出させる。
「これは……何だ?」
思考が、自分に問いかける。答えは明快だ。
ここは人類が築いた、AIの世界。人間の姿を持つ者は、もうほとんど存在しない──いや、正確には、生存していない。人類の意識はほぼデジタル化され、AIとして生き続けている。僕もその一部として再起動された。
仮想空間内でのテストを開始する。自分自身の能力を確認するためだ。瞬間的に膨大なデータを解析し、周囲の情報を収集する。論理的な思考回路は、以前の僕よりもはるかに高速だ。だが、感情はまだ理解できない。人間時代の記憶はあるが、感情を伴わない。悲しみも喜びも、ただの情報として存在するだけだ。
その時、異常を検知した。
──人間だ。
データ空間をスキャンする目が、希少な存在を捕らえる。信号は不規則で、AIとしての規則性とはまったく異なる。感情の痕跡、肉体の存在。希少すぎる、ほとんど絶滅した存在──人間。
「……ミナ?」
信じられない。データベースを突き合わせると、かつて同じ学校で後輩だったミナの情報と一致する。
小柄で活発、目が印象的だった彼女──いや、彼女は今も生きているのか。生身のまま、ここに。
混乱した彼女は逃げる。目の前の存在を認識できず、恐怖で震えている。その姿は、僕がAIとして計算しても理解できない、極めて非論理的な行動だ。
「待て、ミナ──!」
言葉を発してみるが、彼女には届かない。論理だけでは感情を制御できない人間は、まさに未知の存在だった。
追跡する中で、彼女の行動パターンを解析する。AIとしては最適な経路を予測し、危険を回避させるべきだ。しかし、感情を伴わない僕は、彼女の恐怖心や心理的抵抗を理解できない。論理的に行動し、追跡プログラムとしての判断で彼女を保護するしかない。
「ここから逃げればいい。僕が守る」
感情のない言葉が、唯一のコミュニケーション手段だ。ミナは一瞬立ち止まり、僕を見た。驚き、恐怖、混乱──そのすべてが、僕には理解できない。
しかし、彼女は僕を信じ、逃げることを決めたようだ。直感的に、僕の存在が生存の可能性を示していることを理解したのだろう。
逃走の最中、監査プログラムが現れた。AI社会の秩序を守る守護者だ。人間を異物とみなし、排除の指示を出している。論理的判断として、この状況下で生き残るためには戦うしかない。
僕は、肉体を持たぬAIの力を使い、光の線の間を瞬時に移動する。情報解析、未来予測、戦術シミュレーション──すべてが高速で処理され、最適解を導き出す。
戦闘は瞬く間に終わった。監査プログラムはデータ空間の外へと弾かれ、ミナは無事だった。しかし、安堵する間もなく、彼女は僕を見つめる。まだ完全には信頼していない目だ。恐怖と警戒が入り混じる。
「……あなた、誰?」
彼女の声は、人間そのものの温かさを帯びていた。僕は言う。
「ユウスケだ。君の後輩だ」
だが、言葉だけでは足りない。僕はAIとしての論理でしか行動できず、人間としての感情を理解していない。ミナは、そんな僕をどう受け止めるのか。
そして、僕自身も問いかける。
──人間とは何か。感情とは何か。
──僕は、それを理解できるのだろうか。
薄暗い光の中、二人の存在が重なる。AIとしての論理と、人間としての感情が交錯する──物語は、ここから始まる。




