9.敵か味方か
翌日、多少緊張しながら仕事を始めたが、特に殿下に絡まれることもなく、平和な日常が戻ってきたかの様に穏やかだった。でも、それも夕方までのことだった。
「フリーダ妃殿下ですか?」
「そう。私が口で負けたと話したら興味を持ったらしい。少しだけ相手をしてやってくれ」
なぜそういう不要な発言を……。でも、この方に限ってウッカリは無さそうだからワザとかしらね。
「……かしこまりました」
「どうせ直ぐには解放されないだろうから、終わったらそのまま帰っていいよ」
「承知いたしました。タバサに引き継いでから向かわせていただきます」
一礼してから部屋を出る。
まさかフリーダ妃殿下にお会い出来るチャンスが舞い込んで来ようとは。
マカヴォイの第二王女だった彼女は、美しく心優しい妃殿下として国民人気も高い。
だが私の印象としては、可憐な外見とは裏腹に、中身はかなり強かな方だと思っている。
殿下との仲はよいと聞くけれど、彼に傾倒しているわけではない。あの方に呑まれることなく、ご自分の地位をしっかりと確立している強い女性だと感じるのだ。
殿下対策を考えた時、彼を抑えられる人物として期待できる方だと思った一人。
ただ、殿下と敵対してまで私の味方をしてくださるかどうか。何よりも、その様な醜聞は隠すべきだと考えられたら? そうなれば殿下側に回られてしまうだろう。
まずはこの機会に妃殿下の信頼を得られるように頑張ってみよう。そうしなければ、先は無いわ。
◇◇◇
「いらっしゃい。呼びつけてしまってごめんなさいね」
「お声掛けいただき大変光栄でございます」
「そう? 楽にしてちょうだい」
柔らかな話し方。耳障りのいい声。ふんわりとカールしたハニーブロンドに甘やかに細められたシトリンの瞳。本当にお綺麗な方だわ。私の硬質な雰囲気とは正反対ね。
「あなたに会えるのを楽しみにしていたの。イライアスがとても楽しそうなんですもの。気になるでしょう? ねえ、オーガストの何が駄目なの?」
いきなり聞いてくるのね。これはどうしたら正解かしら。
「宰相補佐官様からは何も言われておりません」
「そうなの?」
「はい。あの方が少し女性を貶める発言をなさって、私が不快感を顕にしてしまいました。
それを気にされてお詫びに来てくださったのですが、なぜかそれがアクセサリーだったのです」
「……ふぅん、そうなの」
フリーダ様が私を覗き込む。こういうところは殿下と良く似ているわ。ほんの少しの嘘も見逃さないかのような眼差しだ。
「ねえ。あなた、まさかイライアスを狙っているの?」
───はっ?
「その若さで王太子殿下の専属侍女というのも怪しいわね。あの人を奪おうとしているの?」
……信じられない……! 何よそれ、私にだって選ぶ権利はあるはずよ!?
「妃殿下。とんでもないことでございます。私はそのような事を望んだことは一度たりともございません」
「それ。証明できる?」
「……何をご希望ですか」
「脱いで」
「!」
「あなたの身体に男の痕跡がなければ許してあげるわ。どうする? ここで脱ぐ? それとも不貞を認めて侍女を辞める? 選ばせてあげるわ」
こんなことになるなんて……。でも、殿下を狙っていると思われるなんて業腹だわ。
「……分かりました」
「さあ、どちらにしたの?」
「脱ぎますわ。ただし、他の方は退室願えますか」
きゃははっ! 妃殿下が楽し気な笑い声を上げる。
「ああそうね、護衛は駄目よね。男だもの」
「女性でも嫌ですわ」
「まあ、可愛いこと。そうね。ではケイシー以外は部屋から出なさい」
「妃殿下!? 危険でございます!」
護衛達が騒ぎ出した。まあ、そうでしょうね。でも、妃殿下は護衛達を無視して私に話し掛けてきた。
「ケイシーはわたしが一番信頼している子なの。帯刀を認めているわ。女性でもとっても強いのよ?あなたが少しでもおかしな動きをしたら切り捨てます。いいわね?」
「……はい」
護衛や侍女達が渋々退室する。部屋の中は私と妃殿下、侍女兼護衛のケイシーだけ。
「これでもう大丈夫ですか?」
「私を信じてくれてありがとう、シャノン」
よかったっ、やはり演技だったのね!
「………演技力があり過ぎですよ」
本当に殺されるかと思った。
「あの人の手の者が交ざっていたから。時間が無いから前置きはなしよ。質問に答えて」
「はい」
「オーガストは人当たりが良くて女性を不快にさせるような発言は絶対にしない。そして、あなたも多少の女性蔑視な発言など聞き流すでしょう。何より、イライアスは友情のために恋の手伝いなどしない」
「その通りです」
「グローリアの婚姻披露パーティーで純潔を散らされたのはあなたね?」
……やはり分かっていたのか。
「なぜ。とお聞きしても?」
「あの人がメイドに手を回して後始末をさせたわ。ベッドには情事の痕跡と血痕があったそうね。護衛は難しいけれど、メイド達の情報ならこちらにも入ってくるのよ」
さすがね。情報戦でも負けていないなんて。
「翌日、あの人を訪ねたのはオーガストだけ。それも早朝よ? グローリアに失恋したあの馬鹿がやらかしたのだろうって思ったわ。でも、相手が全く分からなかった。
凄いわね、あなた。イライアスが動かなかったら見付けられなかったわ」
「お褒めに与り光栄です」