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8.ひた隠す、その傷を

 今、ここで伯爵に頼ったら何か変わるの?


 でも、同じ痛みを知っているからといってどうして巻き込むことができるだろうか。

 ……違うわね。私はこの期に及んでもまだ、彼に真実を知られたくないのだ。


「……私は違いますよ」

「本当に?」

「だって懸想などされておりませんから」


 そう。あれは私への愛など一切ない行為だった。

 愛があれば、何か違ったのかしら?


「宰相補佐官様の付き纏いは昨日からです」

「だが」

「本当です。今までそんなアプローチはなかったのに、いきなりアクセサリーをプレゼントしてくださろうとしたのでお断りしました。

 ですが、彼は諦めてくれず、今度は殿下に預けていってしまって」


 もしかしたらあの場を見た人がいるかもしれないから丁度いい。人を偽るには真実を混ぜると効果的だから。


「それで昨日は殿下と少し揉めてしまいました。その時に今日は町まで買い物に行くとうっかり言ってしまってあんな事に」

「……そうか」

「でも、本当のところはよく分からないのです。告白された訳ではありませんし。

 もしかしたら、彼はモテる方なのに、私の態度が素っ気ないから気になっているだけかもしれません」


 これは私の願望だ。本当にそれだけであってほしいと思っている。まだ納得はいっていないみたいだけど、これ以上は彼も聞けないだろう。


「トレイシー様はお気の毒でございました。この様な言葉では到底及びませんが」

「……いや。名前を覚えているのだな」

「はい。素敵な方だと思っておりました」

「そうか」


 でも、私は彼女とは違う。あんな男のために命を断ち切ろうなどとは思わない。


「私の言葉はそのまま利用してくれ」

「何のことでしょうか」

「君を口説いている最中だというアレだ」


 ああ、そういえば……


「ですが、ご迷惑では?」

「私は結婚もしていないし、婚約者もいないから何も問題はない」

「……そうなのですね」

「それで諦めてくれるといいがな」


 どうなのだろう。彼の執着の理由が全く分からないから行動が読めない。彼が諦めたら殿下も諦めてくれるだろうか。


「私はこう見えて役に立つと思う。殿下は私にはあまり強く出られないからな」

「……何故ですか?」

「儀典官は陛下や教会との繋がりが強い。信頼を得ているということだ」


 そうか。様々な行事の指揮官ですもの。多くの方々と密に連絡を取り合う必要があるのだろう。それは殿下にも止める事はできないのだわ。


「だから安心していい。私が殿下に潰されることはない」


 信じていいのかしら。でも、そうね。殿下だって何でもできるわけではないのだわ。


「分かりました。ありがとうございます」

「では、そろそろ食事にしようか」

「……はい。お言葉に甘えさせて頂きます」


 それからはただ美味しい食事をいただき、もう王宮での話をすることはなかった。



「シャノンさん、また遊びに来てちょうだいね」

「ありがとうございます。機会があれば是非」

「では、機会は私が作ろう」


 ……あら? 社交辞令のつもりだったのに。


「そうね、そうしなさい」


 どうしよう、困ったわ。こんなはずでは、


「今度は夫にも紹介したいわ。トレイシーのことですっかり駄目になってしまって。でも、あなたに会えば元気が出るかもしれないわ」


 ん゛、すっごく断り辛くなってしまった!


「……ありがとうございます」


 もう何も言えない。後は帰るだけよ。


「店はどの辺だ? 私も一緒に行こう」


 みせ……店!? 忘れていたわ!


「あの、でも」

「補佐官殿に一緒に買い物をすると言ってしまったし。私も一度行けば次は一人でも行けるようになるだろう」


 くっ、そう言われたらご一緒するしか……


「では…、行きましょうか…」


 おかしい。殿下にだって負けないのに、伯爵には負けてばかりだわ。



 ♢♢♢



 結局お菓子も伯爵が買ってくださり、約束通りワインもいただいてしまった。やっぱりバティーユ産だった。


「あの、こんなに頂いてばかりでは本当に困りますわ」

「初めてのデートだったんだ。格好付けさせてくれ」

「デッ…」


 デート!? いつから? いつからそんな設定に!?


 叫びそうになるのを必死で飲み込む。だってここは王宮よ。もう戻ってきたのよ。そうか、ゴミを諦めさせる為の演技を頑張って下さっているのね?


 ……でもごめんなさい。ゴミに処女を奪われはしたけれど、私は男性とのお付き合いはしたことがないのです。


 お父様の許しを得て、いつか王宮で働きたいと必死で頑張ってきた。たった2年で殿下の専属になれたなんて本当に嬉しかったわ。

 でも、だから婚約者すらいなかった。

 男性関係においては、とっても箱入り令嬢なのですよ。


「いつもはクールなのに、このくらいで赤くなるんだな」

「……伯爵はいつも無愛想なのに、ここぞとばかりに微笑むのですね」

「私は……無愛想か?」

「セイディ様がそう仰っていましたよ」


 本当は人相が悪いと言っていたのだけど。


「母上め…。だが、これからは気を付けよう」

「そうですか?私は今のままでも構わないと思いますけど」


 だって貴方が優しいことはもう知っていますから。

 私のことなど放っておけばいいのに、こんな演技までして。ずいぶんとお人好しだわ。


「今日は色々とありがとうございました。楽しかったですわ」

「……また誘ってもいいか」


 もう。そこまで頑張ってくださらなくてもいいのに。


「では、お待ちしていますね」


 伯爵様の演技力に脱帽です。




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