7.身勝手な計画
「逃げられたか」
シャノンを見張らせていた諜報員から報告を受ける。残念ながらこちらの思惑通りにはいかなかったようだ。
それにしてもラザフォード伯爵とは。彼は少し面倒だ。
「急ぐ必要があるな」
愚かなオーガストのせいで面倒なことになった。
「あなた?」
「ああ、フリーダ。どうした?」
「いえ、何か問題ごと?」
問題か……。
「オーガストが恋に落ちたみたいなんだ」
「まあ! お相手をお聞きしてもいいのかしら」
「最近私付きの侍女になったシャノンだよ」
「ふぅん。確かに綺麗な令嬢だけど、どこに惹かれたのかしら」
どこに。たぶん、その体だろうな。
オーガストは無意識に彼女からあの夜を感じ取っているのだろう。
グローリアに学生時代からずっと懸想していた男だ。女の体は初めてだったはず。記憶にはなくても、アイツの体が快楽を与えてくれた彼女を覚えているのかもしれない。
オーガストが犯したのは十中八九シャノンだ。
それなのに、あそこまで隠し通し、この私にすら堂々と渡り合おうとする胆力に恐れ入る。
あれほどの態度を取るのだ。たぶん、避妊薬も手に入れているのだろう。どんな伝手だ? 全て彼女の考えと行動なのだろうか。
パーティーの翌日、彼女は普通に出勤していた。特に態度に異常はなく、ただ、左手首に火傷を負っていたらしい。ポットをひっくり返し、湯がかかったのだと。
……あのシャノンが?
手首というのも引っ掛かる。手首……動きを拘束された時の痣を隠すためか。そのためならば熱湯を浴びるのも厭わないとは、令嬢にあるまじき発想と行動力だ。
シャノンとの遣り取りは楽しくて困ってしまうな。
「さあ。恋なんて突然落ちるものらしいからね」
「貴方らしくない言葉ね。でも、オーガストが告白すれば直ぐに靡くのでは?」
「それが全く駄目なんだ。女性の嫉妬は怖いと言ってね。プレゼントひとつ受け取って貰えない状況だ」
「あらすごい。でも、そんな子ならいいわね」
「君も力を貸してくれる?」
「そうね。一度お話してみようかしら。興味がわいたわ」
「助かるよ」
フリーダに軽く口付ける。
男が相手だからあれ程の警戒心を見せるのかもしれない。だが、身分が上の女性なら?
今、オーガストが潰れては困るんだよね。
あれは私の大切な手駒の一つだ。
優秀だが、少し甘いところがあるとは思っていた。だけどまさか強姦だなんて。一番に私のところに相談に来てくれてよかったが。
それに、シャノンは素晴らしい。彼女がオーガストの妻となれば、あの男を上手く操縦することだろう。
妻になるのは地獄だっけ? まあ、申し訳ないが、彼女なら地獄すらも根性で生き延びるだろうし。できれば私からの命令ではなく、自然な形で婚姻に持ち込みたい。事件があったと知れ渡るのは困る。
「そうか。いっそのこと来週の侯爵家の夜会でパートナーとして参加させようか」
「あら、素敵ね。メイウッド侯爵なら多少のお遊びも許してくれるわ。私がドレスを選んでもいいかしら」
「いいね。オーガストを誘惑できるように、少し胸元の開いたドレスがいいかな。悪い狼になれるようにね」
「まあ、いやらしいこと」
そうだよ、胸元のホクロ。それにあいつが気付けば、きっとその場でプロポーズするはずだ。
恋に盲目のオーガストなら、シャノンの足元に縋りついてでも愛を乞うだろう。いくら冷たいシャノンでも、そんな男を大勢の前で断ることは難しいだろうし。
それでアイツの一番駄目な所が落ち着けば本当にありがたい話だ。男にとって女で身を滅ぼすほど愚かな事もないだろに。
「フフ、楽しみになってきたな」
「悪い顔になっているわよ?」
「他人の恋は楽しいからね」
「そうね。甘酸っぱくていいわ」
強姦魔と被害女性だから全く甘酸っぱくはないけれど。
だが、黒くて苦いコーヒーも、慣れれば美味しいと感じられるものだ。10年後にそんなこともあったなと笑えれば上等だろう。
「明日は空いてる時間はあるか」
「夕方でしたら」
「シャノンを向かわせる。適当に話をしてくれ」
「あら、早いこと」
「チャンスは逃さないようにしないとね。ああ、夜会の出席は内緒で。君のお遊びとしてドレスは選んでくれ」
「本当に逃さないつもりね」
「当たり前だろう?」
せっかくここまで地盤を固めてきたのに、女一人のために壊されるのはいただけない。
「でも私も嬉しいわ。夜会へ行くのが楽しみだなんて久しぶりよ」
「そうだね、私もかな」
さあ、シャノン。次はどう躱すのかな。
いっそ君が男であれば良い仲間になっただろうに。だが、オーガストの妻として出来るだけ大切にしよう。
本当に楽しみだ。