素敵な拾い物をしました 1
今日は一人で買い物だ。といっても何がある訳でもない。なんとなく……そう、なんとなく寂しくて。
とうとうジェレマイア殿下がシャーロットを捕まえた。いや、逃げられないと思ってはいたけれど。
だって彼の執着はかなり重めだったから。重いけれど、ロティの気持ちを絶対に大切にしてくれることだけは確かだから、反対はしない。
でも、いつも私が守っていたロティは、これからは殿下が守っていくのだと思うと、どうしても寂しかった。
一人で町を歩くのは好きだ。町の喧騒が、近過ぎず遠過ぎず心地よい。
王宮だと、皆が婚約おめでとうと声を掛けてきて、申し訳ないけど疲れてしまったのだ。
しばらく歩いていると、フードを被った挙動不審な人物を見つけた。
子ども……いや、女性かな。
周りをきょろきょろして、何とも危なっかしい。幼い頃のロティみたいで、つい、声を掛けてしまった。
「なにかお困りですか?」
正面に回って見ると、必死にフードを下げている。もしかして、お忍びなのだろうか。
「えっと、家の人に内緒で出て来たのかな?」
「え?」
私の質問が意外だったのか、パッと顔を上げた。
とっても綺麗な女の子だ。でも、この子──
『ヴァジェイラから来たのですか?』
『……あなた、ロルダン語を話せるのね』
これでも殿下のご学友ですから。
ヴァジェイラ国はここ数年取り引きが拡大している島国だ。少し日に焼けたような肌に黒髪の人が多い。
緑と金が混ざった瞳が猫みたいで綺麗だな。
『あなたは私を汚いとは言わないのか』
『え? 凄く綺麗ですよ? 特にその瞳。我が家の猫みたいです』
『……猫?』
『はい。残念ながら三年前に亡くなりましたが、とても美しい子でした』
大好きだったリリー。君がいなくなって、皆がどれだけ泣いたことか。
『変な人。私が言ったのは肌の色のこと!』
『はだ』
『そう。この国では色白が美しいとされているのだな。汚いだなんて初めて言われたぞ』
ついマジマジと見てしまう。
『やっぱり綺麗だと思うけど』
『は?』
『何というか。生命力にあふれる感じ? 管理された庭園も美しいけれど、人の手の触れていない自然の美しさは力強さが違うでしょう? そんな感じです』
お願いだから、殿下のような美辞麗句を私に求めないで。
『……へんなひと』
やはり駄目か。普段から母と妹しか褒めないから、ストレートな言い方しか分からないや。
『ところで、使節団の方ですよね?なぜこんな所に?』
今日は王宮にいるはずなのだけど。
『厭味ったらしい人が多くて不快。だから出てきただけだ』
『……お一人で?』
『悪い?』
ええもちろん。今頃、城では大騒ぎだろう。警備体制の見直しが必須だよ。
『エデルミラ王女。城の者が無礼を働き誠に申し訳ございませんでした』
『あなたは関係ないじゃない。というか、なぜ私の名前を?』
『私はシリル・セルヴィッジと申します。ジェレマイア王子に仕える者です』
やはり第ニ王女か。使節団に女性は一人だけ。どう見ても使用人には見えないものなぁ。
『ふ~ん、優秀なのだな』
一気に機嫌が悪くなったな。城に帰るのは無理か。仕方がない。
『ここでは目立ち過ぎです。よろしければ我が家にいらっしゃいませんか?』
『……やっぱり目立つか?』
『はい。動きが不審者でしたから』
『そうじゃなく……お前は本当に変な男だ』
2度も変人扱いされてしまったよ。お前呼びになったし。これが素かな。
仕方なく、近くを巡回している警邏の方に、大至急、城に届けるよう手紙を託す。もちろん、城の者の対応の悪さも書きました。
「ただ今帰りました。こちらは、」
「突然すまない。ヴァジェイラ国の第二王女、エデルミラだ」
『……ようこそいらっしゃいました。私はシリルの母、シャノン・セルヴィッジと申します』
流石は母上。突然の王女の訪問に心底驚いただろうに、そんなことはおくびにも出さず、柔らかな笑顔で対応している。
「夫人もロルダン語が流暢だな。だが、私は客人だ。こちらの国の言葉に合わせよう」
そういう王女も流暢に話される。脱走してしまう行動力といい、お飾りでの訪問ではないようだ。
「あ、王女は動物は平気ですか?」
「なんだ。さっき言っていた猫以外にもいるのか」
「はい。犬と猫と鳥が」
「見たい!」
おや。やっと笑顔が見れた。
「何を笑っている」
「可愛らしいなと思いまして」
「お前は! 婚約者に言いつけるぞ!」
……真っ赤になった? 怒ってるし。なぜ?
「婚約者はおりませんが」
「…………恋人は」
「残念ながらそちらもいません」
そうか。私は妹に先を越されたのか。
殿下も婚約者が決まったことだし、そろそろ私も探さないと──
「どうされました?」
すっごく見られている。というか近い。
「なぜだ」
「はい?」
「なぜ恋人も婚約者もいないのだ。お前は高位貴族ではないのか? それとも嫡男ではないとか?」
「侯爵家で嫡男です」
「ならば引く手数多だろう。なんだ、おかしな性癖でもあるのか?」
え? 性癖? なぜ、そのような話に?
「いえ、ただ、お仕えしている殿下の婚約が決まってからと考えていただけですよ」
「ああ、高位貴族令嬢は王子狙いだったのか」
「全員と言うわけではありませんが、王太子妃を望む家はあったでしょうね」
殿下は16歳になり、無事に立太子した。
第二王子はどちらかというと剣を持つことを好んでいらっしゃる。「兄上は私が守りますね!」と、頑張っているらしい。
王位争いにはなりそうにない為、ジェレマイア殿下の妻の座を狙う令嬢もいたようだが、なんせ殿下は5歳の時に3歳の妹に恋に落ち、その頃から外堀を埋め始めた強者だ。
無駄な努力で他の優良物件を逃すのは惜しいと、早々に諦める家も多かった。
「王女殿下、よろしければ座ってお話をいたしませんか?」
母上はいつの間にかお茶を用意してくれていたようだ。
「ああ、まさか夫人が淹れてくれるとは」
「母上のお茶は美味しいですよ」
よかった。謎の詰問が終わった。
「……美味しい! これは、スパイス?」
「はい。スパイスティーです。お口にあったようでよかったですわ」
「ああ、料理に香辛料は使うがお茶にも合うのだな!」
本当に気に入ったようだ。国柄の違いだろうか。エデルミラ王女は喜怒哀楽がはっきりしていて見ていて気持ちがいい。
「我が国では今はコーヒーが人気だ。こちらではあまり飲まないのか?」
「まだ飲まれ始めて日が浅いので、好き嫌いが別れますが、我が家ではよく飲みますわ」
母上が在宅の日で本当に良かった。
このスパイスティーは使節団が来ると決まった時から母が準備していたものだ。ヴァジェイラの香辛料を使ったもので友好のアピールは出来ないかと。
誰に頼まれるでもなく自ら動く母は、だから長く国王夫妻に大切にされているのだろう。
それからは暫く母との会話を楽しみに、その後は動物と戯れ。我が家を満喫した頃に王宮から迎えの馬車が着いた。
『王女様! あなたという人はっ!!』
側近の方だろう。凄い剣幕で怒っている。
『悪かった。だが、とても楽しかったぞ?』
まったく悪いと思っていない返事に更に怒りを爆発させている。
『それにな、楽しい出会いがあったのだ!
私は結婚するならこの男がいい』
………………は?