ヒロインが鋼の心臓だったらIF
本編よりさらに冷静で肝が据わっているシャノンさんだったら? というIF話。
2話(事件のあった夜)の途中から分岐した形になっています。
「大丈夫ですかっ!?」
咄嗟に、何かの病気かと駆け寄ってしまった。
……お酒臭い。ただの酔っぱらいかしら。
それでも、このまま放置も駄目よね。
「あの、人を呼んできますから、そちらのお部屋でお休み下さいませ」
確か休憩室として使ってよかったはず。
そう思って部屋を指差した手を突然握られた。
「え?」
「……グローリア、どうして」
えっ!? グローリアって…、ちょっ、どうして抱きしめるのっ!!
「離してっ!人違いですっ!!」
重いし苦しいっ、押し潰す気なのっ!?
何とか逃れようと這いずるが、さらにそれを追い縋ってくる。立ち上がろうとドアノブを掴んだのが悪手だった。
「あっ!」
ドアが開き、二人とも部屋の中に傾れ込んでしまった。
「痛っ…、」
打ち付けた背中が痛い。なんせ二人分の体重が掛かったのだ。痛いに決まっている。
最低だわ、どうしてこんな目に……
そんな余計なことを考えられたのはそこまでだった。
酔っぱらいの癖に彼は早かった。
痛みに動けずにいる私を抱き上げた。
───え?
『かちゃり』
……なぜ鍵をかけるの?
私の疑問を他所にスタスタと運ばれる。
凄いわね。酔っ払いなのに、体重ドレス合わせて50kg以上の重量を軽々と運ぶだなんて。
そっと顔を覗く。見たことのある顔。
宰相補佐官よね? 名前は何だったかしら……
そんなことをつらつら考えているうちにポスッと優しくベッドに寝かされた。
意外と紳士?
「……グローリア」
うわ、睫毛長っ……じゃなくて!
ちゅっ、と口付けられた。
ファーストキッスはお酒の香り(他の女の名前呼び付)……ちょっと最低だ。
困ったわ。重たくて逃げられない。手首が痛いし。
「グローリア、グローリア」
どんどんと首筋を辿ってキスをされる。
とりあえず脂たっぷりの不細工とかじゃないだけマシだと思おう。
「ねえ? 手首が痛いわ」
とりあえず刺激しないように優しく声を掛ける。で、えっとえっと、名前は……
「マクニール侯爵令息? 私はシャノンと申しますが」
駄目か。チュッチュッ、と胸元にキスしてる。
あなたは胸派なのね。どうでもいい情報を入手した。あ、思いだした。オーガストだ。……たぶん。
「オーガスト様、こっちを向いて?」
ペシペシペシペシと頭を連打する。
あら、サラサラ。手触りがいいわ。
やっと彼はノソノソと頭を上げた。
「ごきげんよう、オーガスト様」
「………」
ふにゅっ
こら。無言で胸を揉むな。
「私の名前はシャノンです」
「…………しゃのん」
「そう。シャノン・クロートですよ」
もみもみもみ
それは何? ニャンコのふみふみと同じなの?
「グローリア様ではありません」
「……………え」
ようやく手が止まった。
触れたままですけどね?
「…………だれ………えっ⁉」
飛び退いた拍子にベッドから落ちた。痛そうだこと。
ようやく大きな体が退いてくれたので、起き上がって衣服を整える。
あ、髪がクシャクシャだわ。
「えっ、なっ、どっ」
え、何が、どうして? とかかしら。
「お酒はほどほどになさいませ」
ベッドから降りて鏡を探す。あった。
「……わ、私は何ということを……」
「本当ですね。国際問題にならなくてよかったですわ」
これが本当にグローリア様だったら大変どころの話ではない。手櫛でなんとか髪をまとめ直す。よし。
「申し訳ありません!」
がばっ! と彼が床にスライディングした。
土下座なんて生まれて初めて見たわ。
「そうね? ファーストキスだったのに」
「!」
「お酒臭いし」
「あ」
「他の女の名前呼びだし」
「ああ!」
「胸まで揉まれるし」
「すみません~~~~っ!!!」
どうやら酔いも覚めたようだ。
「もういいです。今日はたくさんお水を飲んだ方がいいですよ? では、お先に失礼しますね」
「え⁉ 待って! 待ってください‼」
「……何ですか」
「お詫びを!」
「謝罪ならば受け取りました。まさか胸を揉んだ料金を払うとか言いませんよね?」
「揉んっ……んん゛、そうではなく!」
「間違っても宰相閣下に言ったりしないでくださいよ。恥ずかしいですし、面倒なことにしかなりませんから。では、失礼します」
歩き出すと、なぜか彼まで付いて来る。
あの、ごめん、その、と鬱陶しいことこの上ない。
「………何がしたいのですか」
「わ、わかりません! でも、このままでは駄目なのは分かります!」
どうしよう。本当に面倒臭い。人に見られたら厄介なことになるのに。
「酔っ払いとはお話しをしたくありません。本当に悪いと思っているならば、素面のときにお願いします」
「…っ、ありがとうございます!」
なぜかしら。懐かれた気がする。まあ、いいか。どうせ明日には忘れているでしょう。
でもまさか、面倒臭くて後回しにしたことを後悔することになるとは。
「シャノン嬢、あなたの慈愛溢れる姿に心を奪われました! 私と結婚してください!」
王太子殿下の面前でのプロポーズ。それは、お断りが難しい非常に迷惑なものだった。
何故こうなった。え……これは私が悪いの?
よりにもよって相手は格上の侯爵家。それも宰相閣下のご子息で殿下のご友人。
無理かな。お父様では断れないわ。
……仕方がない。腹を括るか。
「……浮気する人は嫌です」
「絶対しません!」
「二股はもっと最低です」
「今はあなただけを想っています!」
「お仕事は続けます」
「そんなあなたも素敵です」
「もし、子どもができなかったら?」
「傍系から養子を迎えればいい」
犯罪予備軍だけど、愛が私に向いていれば何とかなるかしら。
「お酒は控えてください」
「禁酒します」
「私のこと、大切にしてくださいね?」
「はい、ありがとうシャノン!」
こら、抱き着くな。殿下がお腹を抱えて笑っているわ。
仕方なくポンポンと優しく背中を撫でる。
これは調教が必要なわんこかも。だけど、顔良し、家柄良し、将来性アリ。政略だと考えたら、そこそこ当たりかも。
仕事も続けていいなら、この人のせいで何かあったら殿下に丸投げすればいいし。
馬鹿な子ほど可愛いっていうものね。
ゆっくり育てていきましょう。
こんなシャノンさんなら案外幸せな夫婦になったのかも。冷静に対処できていたら一話完結でした。
前半のシリアス展開に嫌気がさした頃に書いたものです。
ただのおふざけなので叱らないで!