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36.殿下からの贈り物

「ノア、大丈夫?」

「あれ……」


 しまった。馬車に揺られながら居眠りをしていたようだ。


「ごめん、寝てた」

「ふふ、それくらいいいのに」


 シャノンが笑いながら、私の髪を直してくれる。

 こんな触れ合いにも彼女は怯えず、自分から手をのばすようになった。


「何か夢を見ていたの?」

「え、寝言でも言ってた?」

「いいえ? ただ、少しだけ魘されていたから」


 魘されるような夢だっただろうか?


「あなたを好きになった頃の夢を見ていた」

「あら。なのに魘されるの?」

「……許されないと思っていたからね」

「ノアは馬鹿ね。相手である私以外の誰に許されたかったのかしら?」


 すべて分かっていて、そうやって強気な物言いで私を許してくれる優しい人。


「そうですね。あなたのご家族かな?」


 私もあなたも、過去の傷を全て見せ合ったわけではない。きっと、永遠に言葉にすることはないだろう。

 だって、形は違えど傷の痛みを知っているから。

 ただ、乗り越えることができた。それだけ知っていれば十分だと思っている。


「何を言っているのよ。あなたったらうちの家族にすっごく気に入られているくせに!」


「皆さん優しい方ばかりだからね」


 クロート家はとても温かみのあるご家族だ。

 初めて会った時からとても歓迎してくれて、私のことを家族として大切にしてくれている。


「兄様は案外と好き嫌いのある人よ。それなのにあなたのことはすっかりと気に入っちゃって。何よりも兄の子ども達がねぇ」

「可愛いですよね。リリーにも会いたいと言っていたから、落ち着いたら王都の屋敷に招待しましょうか」


 手のひらサイズだった子猫のリリーはすっかりと大きくなり、今では私のベッドで我が物顔で寝ている。


「ありがとう、喜ぶわ」


 シャノンも私の両親に気に入られているし、両家間も手紙のやり取りなどをしているようだ。


「昨日、殿下が私のところにいらしたよ」

「……何の用だったの?」

「領地で式を挙げるのが不満そうでした」

「えっ! まさかそれを言いに?」

「大丈夫。直ぐに上司が助けてくれたから」


 シャノンは本当に王太子夫妻に可愛がられている。だから王都で式を挙げるのは止めたのだ。

 王太子夫妻が来たいと言い出せば警備などが大変なことになってしまうから。なんせ、お腹には赤ちゃんまでいる。


「……上司ってまさか」

「ヘイゼル公爵。だから平気ですよ」

「それはまあ、王弟殿下ですもの」


 ヘイゼル公爵は国王陛下の弟君の元第二王子。

 公爵は監査官だ。調査が大好きなお方。私は会計監査担当だが、公爵は会計のみならず、業務監査も嬉々として行ってくださることから、貴族達からは悪魔公爵として恐れられている。国王陛下の強い味方のため、イライアス殿下も強くは出られない。


「公爵様が助けてくださるなんて、あなたって人たらしよね」

「シャノンにだけは言われたくないのだけど」


 無自覚な彼女には言うだけ無駄だと知っているが。


「でも、殿下がいらしたのは別件ですよ」

「そうなの?」

「はい。結婚祝いとしてこちらをいただきました」

「……手紙?」

「来年発表される法改正の写しです」

「え! そんなものをプレゼントしていいの?」


 良くはないだろう。それでも、彼は少しでも早く教えてくれようとしたのだ。


「強姦罪の改正です」

「!」


 シャノンの表情が強張る。


「暴力や脅迫がなくても、同意のない行為は裁くことができる。そして、被害者本人からの申告ではなくても起訴できるように変わるらしいです。

 その他にもいくつかありますが……遅くなって悪かったと言われました」


 いくら刑罰が変わっても、こういった犯罪行為が減るかどうかは分からない。貴族としての立場を守るために泣き寝入りする問題もある。それでも。


「殿下や宰相閣下が国王陛下に訴えてくださったそうです」


 ただ、可哀想にと同情して終わるのではなく、こうやって動いてくれた。それがとても嬉しかった。


「シャノン、ここには私達二人だけです。我慢しなくていいですよ」


 シャノンが声を殺して泣いていた。そんな彼女をそっと抱きしめる。


「私達は絶対に幸せにならないといけませんね」

「…っ、うん…うんっ」


 殿下がトレイシーのために動いたはずはない。時期が違い過ぎる。

 それならば、これはシャノンのためなのだろう。

 では、なぜ彼女のためにそこまで動くのか。どうして宰相閣下まで?

 そこまで考えれば、突然、シャノンの恋人として現れたラザフォード伯爵と、彼らの仲に割り込もうとしていると噂だった宰相補佐官が思い浮かぶ。

 彼が突然他国に飛ばされた件と、その後、目に見えてシャノンが落ち着いたことで何となく察することはできた。

 犯人は彼。被害者はシャノン。殿下は何らかの関わりがあったのだろう。……彼の罪を隠したのか。


 本当は殴り倒したいくらいには腹が立つ。


 それでも、シャノンは殿下を許したのだ。それならば私に出来る事は何もなくて。

 この程度の罪滅しでは許せないと思うので、もっと頑張って欲しいところだけど、シャノンがこんなにも喜んでいるなら、もうそれでいいかな。

 シャノン曰く、孫を可愛がるおじい様殿下らしいので、これからも何かしら頑張ってくれることだろう。


 シャノンが安心して笑って暮らすことができるなら、それだけでいい。




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