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33.当主の見解

 翌日、侯爵夫妻と手紙の破棄について話し合った。

 ラザフォード伯爵から聞いた、前伯爵夫妻の当時と現在の様子、私が伝えた言葉も。


「では、私は君達とは違う視点で話そうか」


 すべてを聞いた後で侯爵様がそう仰った。


「まず、婚約の解消から。あれは本来であれば伯爵家側有責での破棄になるべきだった。

 どのような理由であれ、純潔を失い、他の男の子を身篭ったのだ。当然だろう。

 その上、その事実を隠蔽し、破棄ではなく、ただの解消に持っていった行為は悪質であり、多額の違約金が発生する問題だったのだよ」


 そうか。トレイシー様のことしか考えていなかった。家同士の政略的婚約なのだから、不貞での破棄なら必ず賠償金が発生する。それを出し渋るための偽装とも取れる行為だったのだ。


「それから伯爵家当主の無能さ。

 当主は指示を出すだけ。それはいい。だが、それに対して動くべき妻や使用人の教育不十分。そして対応の遅さ。要するに管理能力が欠如していた」


 ……手厳しいが本当のことだろうな。

 だって、いくらトレイシー様が怖くて抵抗できなかったとしても、それなりに衣服に不自然なシワや汚れはあったはず。トレイシー様自身だってずいぶん泣いたはずだ。その痕跡だってあっただろう。

 それらを見逃したのは使用人か、報告を気に留めなかった夫人なのかは分からないけれど、その日に気づいてくれていたらと思ってしまう。


「それから情報収集能力の欠如。事件が起きてからの不登校や退学になった男子生徒がいなかったかを調べることすらしていない。

 トレイシー嬢のことなど、少し調べていたら相手が生きているうちに捕まえることができただろうに。

 ああ、そのくせ半端に手紙などは差し止めていたようだな。

ノアを酷い酷いと詰っていたところをみると、ノアが送った手紙は全部捨てられていたのだろう。未練を捨てさせるためか?

 そのくせ娘の最後の手紙だけは送りつけてくる。それも葬儀も全て終わってからだ!

 まったく、どれだけ頭が悪いのか。どうせ罪の意識に耐えかねただけだろう!」


 ああ、怒っている。すっごく怒っているわ。

 要するに前伯爵の無能っぷりのせいでトレイシー様が追い詰められ亡くなったのに、最後の最後でノアに丸投げしたのだもの。怒って当然だわ。


「あの、なぜラザフォード家を放っておかれたのですか?」

「無能な家とは縁を持ちたくない。それだけだ。そのためならば金などいらん」


 なるほど。情を挟まなければこんなにも簡単に切れるものなのね。いえ、怒りという感情はお持ちだけど。


「では、手紙をラザフォード家に送ると仰ったのは?」

「あれは家族こそ読めばいいとは思ったからな。だが、私も慈善家ではない。今後のあの家のためになどとは欠片も思わん。自分達で家を潰すならば好きにしたらいい。縁の切れた家まで面倒を見る気はない。

 ただ、妻や息子を傷つける物を我が家に置いておきたくなかった。それだけだ」


 ……何だか、凄い方だわ。ラザフォード前伯爵には色々と足りなかったのだとよく分かる。


「だから、お前達がそれを破棄したいならば止める気はない。ただ、ラザフォード家が気に掛かるのであれば、一部だけ現伯爵に見せてもいいかもな。あそこはまだ前伯爵夫人が力を持っているぞ」


 確かに……。夫人は本当に謎で、一度会っただけでは分からないけれど、不自然なほどに明るい方だった。


「ああいう手合いは、反省せずに今度こそ! と謎の奮起をすることがある。

 自分の失敗ではなく、相手が悪い、要はトレイシー嬢が駄目だっただけ、としか考えていないのかもしれんな。君は嫁がなくて本当によかった」


 これが情報収集能力! でも、そんなことを聞いたら、ユージーン様の未来が心配になる。


「でも本当にそのような考えの方なら、お手紙を読んでもあまり響かないのではないかしら?」


 夫人がおっとりと不穏な事を言う。


「所詮他家のことだ。気にし出したらキリがないぞ。嫁どころか孫の心配までしないといけなくなる」


 そうね。心配だからとどこまで口を出せばいいのか。それがその相手にとって正しいかどうかも分からない。


「私がユージーン殿と話をしてみます」

「……おい」

「一度だけです。手紙のことを伝えられる部分だけ伝えて、母君の危険性を示唆します。それで終わらせますから」


 ハァッ…。侯爵様が大きくため息を吐いた。


「シャノン嬢。ノアはこの通りの頑固者だ。面倒だとは思うがよろしく頼むよ。

 あと、気を付けろ。妻と息子には拾い癖がある。仕方ないと許していると、家の中が動物に侵食されるからな」

「そこまでではないわよ?」

「……人間まで拾ってくるから本当に気を付けなさい」


 そういえばそんな話も聞いたわね?


「困っている領民を助けるのはいい。だが、夫の暴力に苦しむ女性は他にもいるだろう。それなのに、たった一人だけ救われるのは不公平ではないのか?」


 また何とも難しいことを……


「まあ、こんなふうにな」

「はい?」


 喧嘩が始まるかと焦ったけど違うの?


「我が家は理詰めで進めようとする私を、妻が上手く情を持ってサポートしてくれている。

 君達がどの様な夫婦になるかは分からないが、お互いによく相談し、納得がいくまで話し合うといい。他人から始まるんだ。ぶつかるのを怖がらずに頑張りなさい」

「うふふ、とっても素敵な人でしょう?」


 夫人は本当に可愛らしい方だ。侯爵様も厳しそうに見えて、本当はお優しいし。


「はい、とても素敵ですわ」

「せっかくのいい話が台無しですよ、母上」

「いいじゃない。私は素敵な旦那様と優しい息子が自慢なのよ。これからは可愛い義娘も増えるし。幸せだわ」


 本当ならここにトレイシー様がいたのね。

 この温かい家ならばきっと幸せになれただろうに。


 そう思うと少し切なくなった。





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― 新着の感想 ―
今まで読んできた上でラザフォード一家に対して仕方ないところもあるよなあと同情心を持っていたところに侯爵がバッサリ言ってくれ自分の中での評価がコロっと変わってしまったわ… この作品の登場人物…王太子夫妻…
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