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27.平穏な日々

 最近、少しずつヒルダ様に話せるようになった。


 宰相閣下に話したのが切っ掛けだ。あの時、苦痛を言葉にして吐き出し、あの方は理解してくださった。それがとても嬉しかったのだ。


「ノア先輩もこうやって治療を?」


 つい、ヒルダ様に聞いてしまう。


「ん~、あの子はすっごく頑固でね。なぜそうなったのか、簡単な内容しか話さなかったわ。あなたに話した時の方が詳しくて驚いたもの」

「そうなのですか?」

「そ。だからね、言えないなら書きなさいってノートを渡したの。誰にも見せないでいいから、自分の中で持て余してるものを書き出してご覧って」

「書く……ですか」


 それは盲点だった。でも、そんな呪いのノートが自分の部屋に存在するのも嫌な気がする。


「あの子はそうやって自分なりに折り合い付けていってたから、私はあんまり役に立ってないかもね」

「そんなことないです。聞こうとしてくれるだけで嬉しかったと思いますよ」

「あら、シャノンこそ嬉しいことを言ってくれるじゃない?」


 そんなことを話していたら、噂の人物が駆け込んで来た。


「ドクター、助けてください!」


 彼の手の中には、小さな猫の赤ちゃんがハンカチに包まれていた。


「こら、医務室に動物を連れて来ない!」

「ですが、母猫と他の兄弟がいなくなってしまったのです。このままでは死んでしまいます」


 子猫は今は寝ているようだけど、置いてきぼりにされたということ?


「……それは親猫に捨てられたのよ」

「分かっています。動物は強い子どもから育てるのでしょう」

「そうよ。その子は生きる力が弱いの。それに、こんなにも小さな子をどうやって育てるの? 体温の維持もできない。2~3時間おきにミルクもあげなきゃ。トイレだって自分では上手くできないのよ?」

「世話の仕方は分かりますし慣れています。もう少し大きくなれば実家に連れていけますし、それまではタウンハウスで育てますから。だから夕方まで面倒を見てくれませんか?」

「……貴方、さては常習犯ね? でもね。ここは医務室なの。動物は厳禁です!」

「ドクターの仮眠室がありますよね。ワインとチーズでいかがですか」


 ああ、また交渉が始まった。ヒルダ様は案外とお人好しだ。理由を作ってあげればお願いを聞いてくれる。


「……赤白どっちもよ」

「もちろんです。感謝します、ドクター」


 今日は落ちるのが早かった。やはり生き物の命だしね。


「あの、でもミルクはどうするのですか?」

「厨房でヤギのミルクをもらってきました」

「……準備がいいですね」

「実は、厩で猫が赤ちゃんを産んだと聞いて、休憩時間によく見に行っていたんです。私の他にも数名来ていましたよ。それで厨房でもミルクとかを用意してくれていて。ちなみにもう少しで生後3週間です」

「そんなことが。まったく知らなかった」


 王宮で子猫が産まれていたなんて驚きだわ。


「でも、親猫が赤ちゃんを捨ててしまうことってあるのですね」

「少しでも子が生き残る確率を高くするためよ。厳しいけどね。動物の本能だと思うわ」


 可愛い猫さんにも辛い現実はあるのね。


「でも可愛い……」

「アレルギーとかなければ、少し触ってみますか?」

「いいのですか?」


 ドキドキしながらそっと触れる。


「ふわふわ……温かい。猫さんは初めてです」

「とりあえず湯たんぽの用意してくるわ」


 湯たんぽ?


「子猫は体温調節が上手くできないので、気を付けないと体温が下がってしまうんです」

「詳しいですね」

「常習犯ですから」


 本当にそうなのか。


「今まで何を拾ってしまったのですか?」

「猫、犬、鳥……」


 指折り数えている。一体どれだけ。


「よくご両親に叱られませんでしたね」

「母は私の上をいきます。人間を連れ帰ってきますから」

「えっ!?」

「夫に暴力を振るわれて痣だらけの母子を連れて帰ってきたりしましたね。今では離婚して、屋敷で働いてくれています」

「……先輩はお母様似なのですね」

「でも、父にはガッツリ叱られますけど。世話をされている身のくせに、更に世話の掛かるものを連れてくるのか! と」


 ……正しいけれど手厳しいわ。


「それでどうなったのですか?」

「お任せください。父上の老後はしっかりと私がお世話させていただきます! と言って拳骨をもらいました」

「アハハッ、酷いですよ!」

「頭が割れるかと思いました」


 先輩は意外とただ優しいだけの人ではなく、こうやって私は大笑いしてしまうのだ。

 おかしい。クールな侍女のはずなのに。


「さて、そろそろ戻らないと」

「あ、私も」

「ドクター、よろしくお願いします。シャノン嬢はちゃんと手を洗ってください。石鹸も使ってですよ」


 本当に世話好きなようだ。そういえば、私もある意味拾われたのかしら。


「はーい、ママ!」

「せめてパパでお願いします」


 こんな軽口をたたけるくらいには親しくなった。


 でも不思議。ノア先輩は欠片もラザフォード家の話をしない。ここまで何もないってどうなの? と不思議になるほどだ。


 これはどうなのかしら。私から話題にするべき? でも、身代わりが嫌だったのに、身代わりにされないのも気になるって……。


 私はこんなにも我儘だっただろうか。






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