25.知りたいと願うこと
何だかとても久しぶりに会う気がする。
「……久しぶりだな、侍女殿」
ああ、呼び方が戻っている。ゴミ問題が解決したからかしら。
私は? 私はどうしたらいいの。
フリーダ様の言葉が脳内で繰り返される。
──私は彼をどう思ってる?
「先日は約束を破ってしまい申し訳ございませんでした」
「いや、体調はもう大丈夫なのか」
「はい。ご心配くださりありがとうございます」
貴方はいつも私を助けてくれる恩人で。
食べ物の趣味も合うかもしれない。
それから……
「あの男に、何か言わなくていいのか」
あの男とは。どこかの宰相補佐官かしらね。あ、違った。補佐官はもう別の方に代わったのだわ。では、ゴミ屑一択で。
「なぜそう思うのですか?」
「色々と迷惑を掛けられただろう」
「特に興味がありません」
なぜわざわざ視界に入れる必要が?
絶対に謝罪なんてしないと思うし、『待ってて』とか言われたら殺意が芽生えるわ。
それに、『好きだ』とか言われちゃったらどうするの。今後、その言葉を聞くたびにあの男を思い出しちゃうのよ。会いに行ってもいいことなどひとつもないと思う。
「思ったよりも無関心なのだな」
「どの辺りに関心を持てと?」
「もっと憎んでいると思った。アレは女性の敵だろう」
……なぜ? どうして貴方が知っているの。どこまで? 誰が何を吹き込んだの?
「だからといって、私が憎む必要がありますか?」
「……本当のことを教えてくれないか」
本当のことを? ………どうして?
ああ、スッと胸が冷たくなる感じがした。
「貴方はどのような真実を求めているのです?」
「それは、」
「仮に。私が貴方様に隠しごとをしていたとして、だから? 失礼ですが、貴方と私はまだ片手で足りるほどにしかお会いしたことがないですわ。それなのに、そこまで踏み込まれるのはいかがなものかと。
……もしかして、どなたかと勘違いなさっているのではなくて?」
私はトレイシー様ではないのよ。
貴方は私にトレイシー様を重ねて、ご自分の罪悪感を癒そうとする酷い男なのね。
「……勘違いだと?」
「貴方は、男性が苦手な私にトレイシー様を重ねている。気づいていないのですか」
「それはっ……」
「それが私に興味を持つ切っ掛けなだけであれば構いません。ですが、彼女に重ねられ続けるのは困ります。私から彼女の気持ちを探しても、何も出てきはしませんよ」
「私は、そんなつもりでは……」
そんなにも動揺しているのに? それともご自分では気づいていらっしゃらなかったのかしら。……私は、ずっとそれが嫌だったのに。
「……ただ、同じ女性として、トレイシー様が何を思っていたかを私なりに考えて意見するだけでいいならお答えします。
ですが、それには貴方様こそ真実を話すべきでしょう」
息を呑む音が聞こえた。それは不安からか、期待からなのか。……私から言えるのは私の感じ取ったことだけなのに。
あなたは今もまだ過去に囚われているのね。それは辛いことだと思うけど、私はまだ自分のことだけで手一杯なの。あまり優しくはしてあげられない。
フリーダ様……。こんな傷の舐め合いのような関わりは、恋になれると思いますか?
「明後日、私は休みです。その日で良ければお会いしましょう。連絡をお待ちしております」
それだけを言い置いて、返事も待たずに歩き出した。
そして翌日、彼からメッセージが届いた。
『11時に。ランチをご馳走させてください』
言い訳も何もなく、ただ時間と用件だけが書かれたカードは彼らしいと思った。
飾ることなく、率直にものを言う。少し無愛想な表情と同じ。
好ましいと思うのだ。彼のそんな人となりを。
でも、恋仲になればお互いだけでは終われない。家というものの繋がりが生まれる。
彼があれほどトレイシー様に囚われているのだから、ご家族だって同じだろう。
そして運悪く、私のことに勘付いている。いずれ抱かれれば処女ではないと分かる。
お互いの傷を晒し合い、その傷の痛みを知っているだけに、過剰に過保護に、失った家族の分も私を大切にするのだろう。
それが……、重い。
恋よりも愛よりも、トレイシー様の死という重みが私に加わる。それが───
彼に、私が感じたことを伝えたら何か変わる?
それらを昇華して、シャノンという、付属品のない私を見てくれるのだろうか。
◇◇◇
「待たせたか」
「いえ、天気がいいので少し早めに出て来ただけです」
だってほら。綺麗な青空よ。
もう、あの時のように泣いたりはしない。
「ああ、本当だな」
「でしょう?」
そう言って、二人で空を仰ぐ。
話し合いが終わったあとも、こんな気持ちになれるといいのだけど。
屋敷に連れて行かれたら嫌だなと思っていたけれど、向かった先は隠れ家のようなお店だった。
「ここはたまに来るが落ちつく。料理も美味いしな」
「楽しみです」
中に入ると、テーブル席が3席とカウンターだけの、本当に小さな店だった。
先に食事をしようと、料理を頼む。
「魚介は平気か?」
「はい」
「それならコレがオススメだ」
あれこれと注文し、並んだ食事は本当に美味しかった。
お行儀が悪いかもしれないけれど、料理をシェアしながら感想を伝える。
本当に楽しい時間。ずっとこのままがいいのに。
「コーヒーと紅茶、どっちにする?」
「私は紅茶で」
「では、紅茶を2つ。それから、暫く貸し切りにしてくれ」
もともと話を付けてあったのだろう。店主は紅茶を入れると、静かに奥に下がって行った。
一口紅茶を飲む。うん、美味しい。
「まず、一つ訂正させてくれ」
おもむろに彼が話し始めた。
「確かに切っ掛けはトレイシーだった。でも、君に惹かれたのは嘘じゃない。本当は、告白しようと思っていたんだ」
「……はい」
でも、過去形なのですね?
「ただ、それにはトレイシーのことを話さない訳にはいかなくて……かなり悩んだ」
「はい」
「……あの時、私は全てを話さなかった。
これは聞いていて、気分のいい話ではないと思う。それでも、あなたに受け入れて欲しいと思っているんだ」
トレイシー様の死の共有。
いずれ家族になるならば必要なことで。
でも、私は告白すらされていない。しようと思った。そんな曖昧さを、受け入れてもいいのだろうか。
『少しでも恋心があるなら大切に』
……そうね。この思いが恋に変わるのか、ただの同情で終わるのか。逃げていては何も手に入らないから。
「……お聞きしても、受け入れられるかどうかは分かりません。それでも……貴方を知りたいとは思っています」
「ありがとう」