16.殿下へのお仕置き
「シャノンが倒れたのですってね」
「ああ、今日はそのまま休みにしたよ」
平然とした表情。でも、私への連絡を忘れたことに気付いていないのかしら?
どうやらあの子はイライアスを味方にできたようね。それもしっかりと懐に入ったみたい。
それならば、お仕置きするなら今かしら。
「ねえ、今夜は私に付き合ってね」
「……珍しいな、そんなことを言うなんて」
「だって鉄は熱いうちに打たないと。貴方が珍しく落ち込んでいるのだもの。今ならとっても効くと思うのよ」
「……フリーダ?」
彼に返事はせず、手を引いてベッドまで連れて行く。
大人しくついて来るなんて本当に落ち込んでいるようだ。
「飲んで?」
イライアスの前に小瓶を差し出す。
「これは?」
「シャノンの気持ちが味わえるお薬よ」
体に力が入り難くなる薬だ。用意するのに少し時間がかかってしまった。
「……君も怒っていたのだな」
怒る?どうだろうか。でも、このまま許してはいけないと思った。
「どうする?飲む?飲まない?」
「効果時間と副作用は」
「時間は30分から1時間ほど。副作用はなし。意識はちゃんとしているし、話しづらいでしょうけど会話もできるわ」
「……分かった」
少し臭いを確かめてから一気に呷った。
「どんな効果が出るか聞かなくてよかったの?」
「君が必要だと思ったのだろう? それなら、いいよ」
こういうところが狡い男だ。本当に私を信用しているのだもの。
「すぐに効いてくるわ。危ないから横になって」
その間に必要そうな物を揃えていく。
サイドテーブルにコトコトと並べていくと、途轍もなく嫌そうな顔をされた。
「……全部使う気か」
「さあ? ふふっ。どう? 変化はある?」
「……体が……動かしづらい」
本当に早いわね。もちろん危険がないのは確認済みだけど、少し心配になる。
でも、そろそろやりますか!
ゆっくりとベッドにあがり、彼に跨がった。
「ふふ、いい景色。男ってこうやって女を見下ろしているから、支配したような気持ちになるのかしら?」
「そ、んなことは、して、いない」
「貴方はそうね。男とか女で分けて考えないものね?
でも、オーガストはどうだったかしら。それにシャノンは? 自分より体の大きい男は、さぞかし大きく感じたでしょうね」
そう言いながら、ゆっくりと頭を撫でた。
「貴方の男女区別なく能力で見る所は好きだけど、それは少し間違っているって気付いたの」
ゆっくりと頬に触れてから、口元と鼻を手のひらで塞いだ。
「ンムッ!」
「声を出すな。……なんてこともされたかしら」
15、16、17、18、19、20。
少しカウントしてから手を離す。
「はっ、」
「あら、たったの20秒よ? やっぱり突然口を塞がれると呼吸のタイミングで苦しくなるのかもね?」
宥めるように軽く口づけた。
だって、まだこれからですもの。泣き言は聞かないわよ?
そのまま首筋を辿り、両手を広げ、軽く首に触れさせた。
「今なら私の力でも絞め殺せてしまうわね」
笑みを消し、クッと、力を入れてみると、手のひらに脈動を感じる。
これが男の立場か。確かに優越感に満ちているわね。
「どう? これが女の子の気持ち。男に押さえ込まれると今の貴方みたいに抵抗できないの。怖いと思わない?」
イライアスからの返事はない。この程度では多少の息苦しさと、血流を遮断されて頭に血が上るのを感じる程度かしら。
でも、王子として暗殺などに細心の注意を払っているこの男にとってはかなりの危機的状況だろう。
それでも私を振り払わないようにシーツを握りしめているあたりが、純情な乙女のようで可愛いわ。
というわけで、気にせずに次に進む。
プチリプチリとシャツのボタンを1つずつ外していく。
「あらすごい。心臓がドキドキしてるわ。まさか興奮してるわけじゃないのでしょう?」
「そんな、わけ、あるかっ」
「それなら、この鼓動は恐怖?」
悔しそうに睨みつけてくるのが可愛い。
そのまま、シャツだけでなくズボンも緩げる。
「良かった。興奮していたらどうしようかと思った」
私の力が強くなったわけではないから、全部脱がせるのは無理ね。襲われた感があっていいのかしら。
「愛のある行為でもないのに、急所を晒している気分はいかが?」
少しだけ力を込める。
「……、やり過ぎ、だっ」
「怖いでしょう? シャノンはもっと怖かったはず。
見ず知らずの男よ? 愛する妻が相手でも恐怖を感じるのにね。もしかして、あの子が多少は快楽を得ていたとでも思ってた?」
さて、どうしようかしら。本当にバックバージンを奪っちゃう? トラウマを残したいわけではないのだけど。でも、体の中を弄られるおぞましさを教えてやりたい。
だって、愛がなければ性行為なんて内臓を無遠慮にえぐられているようなものだ。
よし! 女は度胸よっ!
「……待て」
「どうして?」
「……すまない。私が悪かった」
「せっかくなら最後まで頑張りましょう?」
「ごめん! 本当に反省したからっ!」
「はーい、暴れると危ないですよー♡」
「きゃ───っ!!!」
◇◇◇
「……フリーダは悪魔だ……」
「新しい扉を開いちゃった?」
「そんな扉は存在しません!」
途中でやめてあげたじゃない。女はもっと大変な目に遭ってますけど。
「今度はちゃんと優しくしましょうか?」
「今日はもう無理。明日にして」
「ふはっ、きゃーって言ったわっ」
「最後までされたらギャーッ! だったよ。護衛が飛び込んで来るところだった」
そう言うと、イライアスは私を抱き締めた。
「……こんなにも華奢で柔らかいのだものな」
「そうよ。だからちゃんと優しくしてね」
「……本当にごめんな。シャノンにもきちんと謝罪するよ」
「やっぱり謝ってなかったわね?」
「一応謝ったが、それはつい最近のことだ。謝ると私が知っていることになるし」
「気を遣うところが違うわね」
「でも、シャノンは必死に隠してる」
「……そうね」
イライアスに抱きしめられると安心する。でも、シャノンにとって人肌は恐怖の対象だろうと思うと悲しくなる。
「早く忘れられるといいのに」
「……私も忘れたいが?」
「貴方はお仕置きだから駄目よ」
それでも、少し可哀想なので口付けで慰める。
「……オーガストは、何故あんな事をしたのだろうか。
男の私が愛する妻が相手でも恐怖を感じたんだ。シャノンはもっと怖くて……酷く泣いただろうに……。
酔っていたからといって、何故そこまで酷い行為を最後まで……」
本当にそうね。貴方の感じたことが普通の人間の感覚だわ。どれだけ理性が崩れても、途中で我に返るはずなのよ。
「愛ではなかったのでしょう」
「……それは……余計に酷い話だ」
「そうね」
なぜ彼は気付かないのかしら。そんなものは愛ではないと。
「こうなるとユージーン・ラザフォードと出会ったことは良かったのか悪かったのか」
「なぜ? 惹かれ合っているのではないの?」
「あの男は結構くせ者だよ。でも、今のところ、彼がいるからオーガストを止められている」
「……何があったの?」