13.凄い男
ゴミ屑来襲がなくなり、平和だったのはたったの3日間だけだった。
「至急、殿下にお目通り願いたい」
ラザフォード伯爵が険しい顔でやって来たのだ。
殿下の指示で応接室にお通しする。
「すまないが、侍女殿も同席して欲しい」
「私がですか?」
「残念ながら君にも関係する話なのだ」
……何でしょう。嫌な予感しかしません。
数日ぶりにお会いできて嬉しいとか、そんな雰囲気ではないですね?
どうしようか迷っていると、すぐに殿下もやって来て、伯爵からもう一度私も同席して欲しい旨が伝えられた。
「シャノン。お茶はいいから座りなさい」
こう言われたら座るしかない。
嫌だけど。すっごく厄介事な気がして嫌なのですけど?
「突然の訪問をお許しくださり感謝申し上げます」
「いや、固苦しいのはやめよう。仕事関係ではないのだろう?」
「……はい」
ですよね。この三人でお仕事のお話などあるはずがないもの。
「実は今朝、宰相閣下が私を訪ねていらっしゃいました」
「あの宰相が朝イチに?」
「そうです。内容はご子息の件でした」
……宰相閣下のご子息はゴミ屑のことよね。
あー、やっぱり聞いたら駄目なのでは?
そっと部屋を出てもいい気がしてきた。
「シャノン、諦めなさい」
まだ動いていないわ。考えただけです。
「『君と息子が同じ女性に思いを寄せているという噂を聞いたが本当だろうか』と聞かれました」
…………は?
「ふふっ、それで?」
「『実は息子からその女性に婚約の打診をしてほしいと頼まれた。だが、世間での噂では、君の方がお付き合いをしていて、息子が横恋慕していると聞いた。それで間違いはないか? それならば婚約の打診などできるはずがないと思い、恥を忍んで来た次第だ』と」
……婚約? あのゴミ屑と? 一体誰が……まさか私とか言ってしまうのかしら。
なに? 頭の中が腐ってるの? 腐敗しているの?
「ですから『私は彼女を好ましく思っていて、先日親にも紹介したし、デートを重ねながらお互いをより知っていこうと、ゆっくりと仲を進めている最中です』と答えました」
えっ!? ……あ? 間違っては……いない?
確かに好ましくは思っている。セイディ様にも紹介していただいた。デ……お買い物も一緒に行った。次の約束もした。
ただ、そこにある感情が何なのかはお互いに何も言っていないけれど。
「ついでに『ご子息の付き纏いで令嬢が怯えていたので、ご配慮願います』とお願いしておきました」
えっ、伝えたのですか? 凄いです伯爵!
勇者……貴方は勇者なのですか?
「いや、凄い男だな」
「ええ、凄いです」
殿下と共に讃え合う。
「そこまで馬鹿だなんて」「そこまでしてくださるなんて」
内容はまったく違ったけれど。
いや、まあそうですけどね? ここまで私に嫌われているのに、まさか婚約を打診しようとしていただなんて!
「ですが、たったの3日やそこらで宰相閣下のお耳にまで噂が届くだなんて……」
それは、まさか──
じとりと殿下を睨みつける。
「……殿下の仕業ですね?」
「役に立っただろう?」
確かに役に立ちましたよ。でも、本人の了承もなくやるのはよろしくないと思うのです。
「ちゃんと伯爵には確認したし」
「えっ!?」
「私のことは利用してくれと言っただろう」
言われたけど。いや、そうですけど!
この二人、いつの間にか結託してるの?
「宰相には私が直々に噂を流したからな。絶対にそれを無視して婚約や結婚を進めることはないと思っていたんだ」
……これはお礼を言うべきなのだろうか。
いや。何となく殿下には言いたくない。
「伯爵、私を守ってくださり感謝申し上げます」
「大したことはしていない」
「でもまさか3日でやらかすとはね」
それは確かに。
「やはり、何か事が起きる前に対策した方がいいのでは?」
「だからシャノンがいる辺りは出入り禁止にしたのだけどね」
「ああ、会えないから強引な手に出たのか」
怖いわ。彼に会ったのなんて数回だけ。それも会話だけなら片手で足りるくらいしか話していないのに。
「これで今の地位も危なくなって来たな。本当に馬鹿な男だ」
「だが、これからもっと暴走するのでは? このままではシャノンが危険だ」
「それはどういう意味での心配なんだい?」
「ここで殿下にお伝えする気はありませんが」
「そう? せっかく来週の夜会でシャノンのパートナーを頼もうと思っていたのに」
「殿下!?」
待って待って待って! まずは冷静になりましょう。
ゴミ屑の行動は腹立たしいけれど、もしかしてチャンスなのでは?




