11.夢の中の人
『違います、私はグローリア様じゃないっ』
組み敷いた女性が悲痛な叫び声を上げる。
それでも、彼女の柔らかな胸元のホクロに口づけながら優しく体を揺らすと、悲鳴とは違う微かな嬌声が漏れる。
彼女の体はあまりにも心地よくて……
『グローリア様じゃない。シャノンと呼んでくださいませ、オーガスト様』
突然女性の顔が見知った顔に変わる。
ああ…っ!君だったのか!
涙で潤んだアメジストの瞳が優しく私に微笑みかける。
『オーガスト様……』
『シャノンっ』
ようやく彼女を手にすることができた!
その愛おしい体を抱きしめようと……
「あ?」
急に景色が変わり、混乱した。
「……夢か」
ここ最近、頻繁に見る夢だ。
なぜか、あの時の女性がシャノンに変わり、彼女が愛おしそうに私を見つめている。その時の幸福感といったら……
「私はグローリアを愛していたはずなのに」
頭の中には先ほど夢で見た艶めかしいシャノンが焼き付いて離れない。
あれは本当に夢なのか? 青味がかった黒髪が白いシーツの上で広がって。少し汗で湿った肌が、まるで私と一つになったかのように馴染んで。豊かな胸に比べて腰は細く、滑らかな下腹に口づけをすると、泣きそうになりながら『やめて』と……。
「……だめだ。落ち着け、落ち着け私」
これではまるで思春期の少年のようではないか!
現実の私はシャノンに毛嫌いされているというのに、こんなにも浅ましい夢ばかり見るとは。
昨日はイライアスと少し口論になった。
シャノンが休日で町に出掛けるらしいと教えてもらった。連れがいるかもしれないとは言っていたが、まさかラザフォード伯爵だとは思わないだろう?
「どういうことだ? ラザフォード伯爵がシャノンを口説いている最中だと言っていたのに!」
「ふぅん、そう来たか」
イライアスの、まるで戦略を立てているかのような反応が癪に障る。
「……お前にとって私の恋すらも駒の一つか」
つい先ほど伯爵に煽られたせいもあり、攻撃的な物言いになってしまった。
「はは、恋か」
ひどく冷めた笑みで言われる。
「……お前がこれ程愚かだとはな。いや、早い段階で知れて良かったのか?」
イライアスの雰囲気が変わる。
なんだ? 今、何らかの線引きをされた?
「恋でも何でもいいが。お前は自分が犯した罪をもう忘れているのか。お前にとってその程度のことなのか?」
ひどく呆れたような、話をするのさえ億劫そうに言い捨てられた。
そうだ、私の罪……。
最近、あの夜の出来事が途中からシャノンに変わっていくせいで、罪の意識が薄れ、彼女への執着が増していくばかりだった。
「……あの夜の彼女が……シャノンだったりは……」
ありえないものを見たかのようにイライアスが表情を歪めた。
「お前はもう帰れ。……しばらくは来るな」
それだけを告げられ、部屋から追い出されてしまった。
彼はシャノンを優秀だと認めていた。
イライアスの基準は使える人間かどうか。これに尽きる。ただ優秀なだけでなく、その才覚を見るのだ。彼女はその点でも合格だったのだろう。
そして。私は今、彼に見捨てられようとしているのではないか?
……駄目だ、ここで踏みとどまらないと。
一度の失敗で見捨てられたりしない。だが、私はすでにいくつもの失敗を……
どうすればいい。シャノンを諦めればいいのか?
だが、毎夜夢に見るのだ。あの美しさを。あの心地よさを。
あの娘が私を誘惑するから──
なぜ私を惑わすんだ。シャノンに出会ってからすべてが狂ってきた気がする。
だが、それが彼女のせいならば、シャノンは私に償わなくてはいけないのではないか。
いっそ夢ではなく、現実で誘惑すればいいのに。
そうしたら私は喜んで彼女を──
違うっ!!
彼女が悪いはずないだろう!?
……私はもうおかしくなっているのか?
あの夜から、私は狂っているのかもしれない。
ああ、あの夜からやり直すことができたら。
そうしたらあの夜を迎えずに、ただ真っ直ぐにシャノンへの愛を伝えることができたはずなのに。