10.一番の望み
「あなたはどうしたいの?」
私がどうしたいか。
あの事件の後、初めて聞かれたわ。
最初は──
どうしてこんなことになったのかと嘆いた。
それでも、この事を誰にも知られたくなくて。
必死に隠蔽工作をしながら過ごした。
でも、あの男が来た。
何事もなったかのように、殿下と共にお茶を飲んでいる姿に、私に気が付かなくてよかったと思った。
そのうち、なぜ自分に冷たいのかと聞かれた。
なぜか?
私という女を社会的に殺したくせに、何を言っているのかと驚いた。
なぜ犯罪者のくせに、他の女からの好感度なんかを気にしているの?
次に驚いたのは、なぜ名乗り出ないのだと憤っていたこと。
本当に馬鹿なの? こんなに簡単に使用人に聞かれてしまって。それがどれだけ私を追い詰めるかどうして分からないの!
そして。まるで、私に恋をしたかの様に迫ってきた。
どうしてそんな事ができるの。私を犯して何日経った? 後悔は? 罪を犯したくせに、もう次の恋を見つけたの?
殺してもいいんじゃないかな……
本気でそう思った───
でも冷静に考えればおかしいことに気付く。
何故私が? こんなにも傷付けられたのに、更にあの男の命を背負って生きなければいけないの?
そんなのは絶対に嫌。
でも、あの男が平然と生きているのも嫌よ。
私は毎日バレていないか不安なのに。
仕事を辞めた方がいいのかとも考えた。
でもおかしくない? どうして私がやっと手に入れた憧れの職場を手放さなければいけないの?
被害者である私が、なぜ怯えて暮らさなくてはいけないの?
家族のことを考えると死にたくなる。
でも、家族を思えば死ぬわけにもいかない。
毎日毎日毎日っ! 私は恐怖と苦痛の中で生きているのに!!
なのにお前はヘラヘラとまた恋に生きるの?
伯爵にバレていた時の絶望がお前に分かるか。
たぶん。何も問題なく出会っていたなら、私は彼に恋心を抱いたことだろう。
優しくて、ちょっと無愛想で。
でも、なぜか私には分かりやすいの。
同じ食べ物を美味しいねって笑いあって。
そんな普通の未来があったかもしれないのに。
でも、私はもう穢されているのよ。
片恋の身代わりに抱かれた残念な令嬢なの。
トレイシー様の方がマシだと思ってごめんなさい。
でも……トレイシー様は愛されていた。
──私は愛すらもなかったのに
「オーガスト・マクニールに罰を与えたい」
これが私の一番の望みだわ。
「そう。では、どのような罰を望むの? イライアスも共に葬りたい? あなたはあの人も断罪したいのかしら」
………王太子殿下?
「あの方は腹立たしくはありますが、恨んではいません」
腹は立つ。本当に。でも、あの人もある意味被害者なのだろう。王子としてコツコツと積み上げてきたものが、どこかの阿呆の恋とかいう御大層な名前を付けた性欲に壊されようとしているのだから。
諦めきれずになかったことにしたい気持ちは分かるわ。
私もそうだったもの。
「ただ、あの方は女性を軽く見ていますね。女が体を開く意味を分かっていない。どれだけの覚悟で受け止めているかを理解していないからあの男に私を与えようとしているのでしょう。
ですから。イライアス殿下への罰は妃殿下が与えるべきかと」
愛もなく、政略もなく。ただただ貪られる餌になることがどれだけ苦痛なのかを思い知れ。
「そう、分かったわ。では、イライアスには私が罰を与えましょう。でも、刑罰は与えないわ。
私は同じ女としてあなたを手助けしたいと思っている。でも、申し訳ないけれど、そのためにこの立場を失ってもいいとは思っていないの。
これでもね、とっても努力してきたのよ?」
それはそうだろうな。
王女として生まれ、いずれは他国の王妃となるためにずっと努力してきた方だ。それを見ず知らずの使用人一人のために捨てることなどできないだろうし、して欲しいとも思わない。
「それにイライアスへの情もある。
腹黒で困った人だけど、あの人もずっと次期国王になるために努力してきた人なの。一度の判断ミスでその場から引きずり下ろすことは許してあげられない。ごめんなさいね」
もともと殿下のことは、邪魔さえしなければ良しくらいにしか考えていなかった。
それでも、できることとできないことをはっきりと伝えてくれる誠実さに頭が下がる。
「もちろんでございます。私が罰を下したいのはオーガストのみ。殿下のことは、すべて奥様でいらっしゃる妃殿下にこそ権利があります。私は一切関与致しません」
「ありがとう。では、まずはイライアスを味方につけなさい」
「殿下を?」
「そうよ。オーガストをこのまま残しておくことが本当に得策なのか。私ではなくあなたが説得なさいな。
あの男は有能で使える人間が大好きよ」
なんと……ずいぶんと簡単に言ってくれるわ。
でもそうね。殿下がバックに付いている限り、あの男は守られ、反省などしないのだ。
「分かりました」
「それとね。服を脱いで」
「え!?」
「というか、胸元を見せてちょうだい」
驚いたけれど、メイウッド侯爵家での夜会のことを聞いて納得した。
「……本当に嫌な方ですね」
「ごめんなさいね、悪知恵だけは働く方なの」
まさかゴミ屑のパートナーにしようとは!
「あ、これかしら」
「はい?」
「ほら。谷間にあるセクシーなホクロ。2つ並んでいるって特徴的よね」
……何それ。顔や声は覚えてないのに、胸は覚えていたの?
「……最低……」
「殿方はお胸が好きな方が多いから」
まったく嬉しくない。