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ホラー短編集

坂地怪奇倶楽部~校庭の花壇

作者: 桜井 裕之

神奈川県の県央地区にある名門、私立革正学園。この高校には3年生の坂地学を中心に集まった坂地怪奇倶楽部と称するグループがある。れっきとした「クラブ活動」である。教師から承諾を得るのが大変だったとのちに坂地は言うが、坂地は大真面目でこのクラブを発足し現代社会に見え隠れするさまざまな怪奇現象とやらに真っ向から調査し分析、解析を行ない、世の人々の不安を解消するか、あるいは行ってはならないなどと警鐘を促すのが目的である。メンバーは5人。怪奇倶楽部のリーダーで3年生の坂地、心霊スポット巡りが人生最大の生きがいだと言う2年生の児島綾香、廃屋に興味津々の2年生松岡秀明、鋭い霊感の持ち主といわれる1年生の仙道久見子、将来は怪奇専門のライターになりたいと言う2年生の新井浩介。それぞれ興味ある者同士が集まり、かつてはサッカー部員が使用していた部屋を借りてそこを自分達のアジトとして、毎日のように集まってはお互いの情報を交換しながら怪奇現象と思われる出来事に体当たりしていくのであった。ちなみに彼らが通う高校では、2年前にサッカー部において事件があり、周囲の批判的な声もあってサッカー部そのものが縮小していったのである。しかしそのおかげで部屋を借りることができた。高校生が世の中で起こる怪奇現象を調査することなど決して容易ではない。しかし、一癖も二癖もあるこの5人はそれぞれの特技、才能、あるいは生まれ持った特殊能力を駆使し、自分たちの独自による方法で解明、解決していくのである。


今回、クラブ活動として彼らが取り上げたのは隣町にある梅の台小学校でたびたび起こる怪奇現象であった。その小学校は歴史が古く、開校されてから60年以上が経ち、多くの子供たちを世に送り出した。そんな小学校でちまたでは有名になっている都市伝説がある。校庭に設置された花壇で撮影を行なうと見知らぬ少年の姿が写り込むというのである。怪奇倶楽部の面々はその噂はすでに知っていたがリーダー坂地が我々の手でその真相を暴こうと言うのである。

「まずはその小学校に足を踏み入れることだ。我々でその学校の校庭にある花壇へ行き、ビシバシと写真を撮って実際にその見知らぬ少年とやらが写っているかどうかを検証する。実はすでにその学校の用務員から中に入れるよう許可をとってるんだ。日曜日限定だけどね」

坂地のこの言葉に胸が躍った新井が自慢のカメラを肩に掛け、今にも現地に向かうような姿勢で言う。

「さすがリーダー、手が早いね。では早速、行ってみようか、みんな準備はできてる?」

「ちょっと待ちなさいよ、日曜限定って言ってたでしょ、今日は土曜日。新井くんは人の話をキチンと聞くべきね、ライターを目指しているんならね」

と、児島はとにかく居ても立ってもいられないそぶりの新井を制する。坂地が後ろにある棚から輪ゴムで丸めた画用紙を取り出し、部屋の中央にある大きなテーブルの上に広げた。坂地の手製による地図だった。

「あわてることはない。警察が追う事件などとは違い、我々が捜査する相手は逃げたりしないから。明日、10時に梅の台小学校、正門前に集合だ」

ふと、松岡が地図に書かれた記号のようなものを右手で指して言った。

「うん?これは何?」

「それは花壇だ。その周辺で撮影すると見知らぬ男の子が現れるらしい」

「へー、そうなのか…でも何で校庭に花壇とか作る必要があったんだろう?」

「あれ?松岡君の通っていた学校には花壇とかは無かったの?」と児島が松岡を横目で見ながら聞くと、

「いやぁ~無かったな。校庭で野球とかサッカーの練習をやるのに邪魔になるから無かったよ」

松岡がそう言うと坂地がそのことについて触れた。

「学校によって校庭の使い方は異なるよね。例えば動物を飼っているとか…プレハブによる小屋が設置されていたり、学校を建設する段階で工事中に大きな樹木があったりするとそのままの状態で囲ってしまったり」

「まあ、何にせよ明日集合だ。みんな遅刻するなよ。オレ、用事あるからこれで帰るわ。じゃあ先輩、失礼します」

新井はそう言ってカバンを背負うと部屋を出ようとした。

「あー、未来のライター君よろしく頼むよ。みんなもここで解散するとしよう。では明日、よろしく」

この日の坂地怪奇倶楽部の活動はこれで終わった。


朝が来た。この日は雲ひとつ無い青空が広がっている。気候も穏やかで怪奇現象の捜索とかではなく、遊園地にでも出かけたい気分であった。などと集まった5人は口々に言い合う。すでに目の前には梅の台小学校の正門のゲートが奥に広がる校庭をバックに横に長く閉じられていた。

「大丈夫だ、すでに許可を取っているから」と言いつつ坂地が携帯で用務員と連絡。

「でも、なんかもったいないよな、こんな日はどこか遊びにでも行きたい気分」と一眼レフカメラをいじりながら新井が言う。

「何言ってんの、昨日はあんなにやる気満々だったのに」と児島はスマホを新井に向けながら言うと、

「おい、オレを撮るなよ、カメラマンは『神の目』となり視聴側の立場なんだ」

「撮るわけないじゃん、新井君が映ると心霊も逃げてしまいそうな気がして」

2人の会話を余所に松岡がスマホを手にしながら「花壇のある場所まで行くんだろ?そしたらどうすんの?そこらじゅうを録画すれがいいのかな?もっと具体的な場所…例えばこの位置で撮れば出やすいとか…」

この問いに坂地が周辺を見渡しながら「あまり詳しい情報はないんだ。とりあえず花壇が設置されているところまで行く。新井にはいろいろな角度で花壇の隅々にいたる場所を一眼レフに収めてもらう。彼以外のメンバーはそれぞれ分担してスマホ撮影だ」などと説明。しばらくすると用務員が来てゲートを開けてくれた。坂地は用務員にお辞儀をして礼を言うと用務員が妙なことを言い出した。

「私もね、いろいろな噂を聞くんだよ。まあ~いずれ分かることだろうけど…あまり長居しないほうがいいよ。とにかく、あの花壇のある場所へは生徒も最近は近づかなくなった」

そう言って用務員は校舎の裏手方面へと去っていった。

「さあ、せっかく用務員さんが開けてくれたんだ。今の世では解明できない出来事を明らかにするのが我々のクラブ活動の要だ。中へ入ろう、みんな準備はできてるよな」

坂地はそう言って彼らを鼓舞し、先頭を歩いていった。花壇は正門から入って校庭のもっとも離れた場所にある。すでに後方に多くの花が咲いているところがあるのが見て取れる。児島が上擦った声で言う。

「ねえ~花壇…近づいてみると広くない?かなりスペースあるよね。花もあんなにいっぱい」

「そうだなぁ広いなぁ~造園のための囲いがいくつもあって…ほら、向こうにある塀のところまで広がっている。こりゃあ、カメラに収めるためのフィルム足りないかも。もっと準備しておくべきだったな」

「あの花壇で怪奇現象が起こる?うーん、そんな雰囲気には見えないんだけど…」

新井も花壇の広さにちょっとびっくりしているようだった。一方、松岡はこんな場所で奇怪なことが起こるとはいささか信じられないような気持ちになっていた。彼らが歩きながら口々に言いたいことを言いつつ、花壇に近づいていった矢先、1人だけ離れてトコトコと歩いていた女子高生が言った。


「いる!」


他の4人が一斉に彼女のほうを見た。坂地が気になって彼女のいるほうに歩いていく。

「見えるの?クミちゃん」

「いる」

「そ…そうか。クミちゃんがそう感じた以上、ただ事ではないぞ。きっといるんだ」

「そうなのか…ヤバイなぁそれは…」

「今日はやっぱ遊園地にでも行くべきだったかなぁ~私、急に頭が…」

「なんつーか、オレが手にしている相棒のカメラが震えだして帰ろうと言ってるぜ」

仙道久見子。高校1年生。中学時代から霊感少女として彼らが住む地域では有名だった。革正学園に入学そうそう、坂地がスカウトして怪奇倶楽部に入部させたのだ。緊張が走った。仙道の霊力は実績があり不可思議な出来事に興味ある者たちには知られていることだった。

「よし、花壇に到着した。思ったより広いがさっそく作業に取り掛かろう」

坂地の号令によりメンバー達は分担して花壇の隅々に配置し写真、動画を撮り始めた。その作業をしばらく続けていると松岡が一旦、手を止め花壇を見渡しながら言った。

「ここの花壇って1カ所に集まっているのは分かるけど、なんでこんな校庭の隅に置かれているのかな?もっと校舎…例えば職員室の近くとかにあったほうが生徒たちの目にも届くし管理もしやすいと思うんだけど」

児島がそれを聞いてすぐに反応した。

「確かに奥のほうに寄せてるって感じよね。運動の邪魔になるからじゃない?」

「いや、それだったら花壇にしろ何にしろ校舎のある方に寄せたほうが校庭が広く感じるし視界もいいはずだ」と松岡が言うと仙道が妙なことを口にした。

「水の匂いがする」

「えっ?水?そりゃぁ花に水をやらなきゃいけないし…」と新井が言うと仙道は首を振りながら「違う!そっちじゃない」と叫んだ。

「何かありそうだな。よし、ひと通り作業も済んだしこのへんで引き上げようか。やれることはもうないだろう。僕は図書館に行ってちょっと調べたいことがある」

坂地がそう言いながら花壇から出ようとすると塀の向こうから男の声がした。

「おい!そんなところで何をやってるんだ。まさか花壇を荒らそうとしているわけじゃないだろうな」

皆が声のする方を見ると、60歳くらいだろうか、小太りで頭がツルンツルンの男がしかめっ面をしながら校庭を覗いていた。

「我々は許可を取っています。あることを調べにここへ来ています」

坂地は塀をひとつ挟んで男に言った。

「調べに来てるだと?ここは小学校だぞ。お前達は見たところ高校生なのだろうが、こんなところで何を調べるっていうんだ?さっさとここを出ろ!」

「もしや、この学校の教師ですか?でしたらここを出てあなたにお聞きしたいことがあるのですが」

坂地が落ち着きながら丁重に男にそう言うと、男はますます怒った顔になって怒鳴り散らした。

「高校生の分際で何を言う。聞きたいことがあるだと?話をすりかえるなよ。まあ、今日、お前達が花壇を荒らそうとしたことは一応、警察には報告しておいてやるから、さっさとここを出ろ」

「いや、ですからそれは…」

食い下がろうとする坂地を新井は制止しながら言った。

「無駄だよ。この人は最初からオレたちと話をする気なんかない。顔にそう書いてある。このオッサンの言うとおり、さっさとここを出ようぜ」

「ん?何やってるんだお前は…学生だからといってナメたことするなよ」

「はっ?」と言いながら新井は男を睨んだが何か様子が違う。いつの間にか男の目は坂地でも新井でもない他の生徒を凝視していた。仙道である。仙道は先ほどから男に指を差し、目は魚のように丸く見開いていた。

「クミちゃんやめて!早くここを出よ!」

児島がそう言いながら仙道の手を引っ張って花壇から離れた。5人は小学校の正門前まできて、この日はこれで解散して、それぞれが単独行動をとることとなった。坂地はその足で市役所に隣接している図書館に向かっていた。調べたいことがあったからだ。図書館に到着した坂地はさっそく中に入り2階にある資料室へと向かった。ここに新聞などの記事をひとまとめにしたものなどの昔からの情報を得られる書物が並べられている。いろいろと調べていくうちに梅の台小学校に関する資料を発見した。そこには学校の発足時からの主な出来事が記されている。その書物から現在は花壇となっている場所がかつてはプールが設置されていたことが分かった。

(なるほど。プールだったのか…どおりで花壇がしめる敷地が広いわけだ)

今度は新聞記事をまとめた資料に目をやると梅の台小学校のプールで起きたある死亡事故について記されている。50年近く前の出来事であるが生徒がプール内で溺死した事件である。記事によると生徒のほとんどがプールに入っていた状態で担任の教師がホイッスルを吹き、生徒達をプールから引き上げさせた際、1人の生徒がうつぶせの状態で水面に浮かんでいるのを発見。ただちにプールから引き上げたがすでに心肺停止状態であり人工呼吸、心臓マッサージなどを行なったが手遅れであった。この事故で担任の教師は責任を取らされ、プールにおける学校側の管理体制が当時のPTAを中心に激しく追及されたと記されている。坂地はこの事件のことが妙に引っかかった。

一方、街中にあるハンバーガーショップ内では児島と松岡が、花壇の敷地をスマホで撮影した動画をチェックしていた。すでに食事時を過ぎており店内は空いていた。

「ねえ、ヒデ君、これを見て。ここのあたり何か光り物がパパーッと走ってない?」

「それは太陽光線だよ。アヤカはちょっとしたことでも心霊現象に結びつけるからなぁ~」

「またそれを言う。私はこれでも真剣なんだからね、ヒデ君もしっかりチェックしてよ」

2人はテーブルに置かれたハンバーガーやドリンクには手を付けず、眉をひそめながらスマホの画面と睨めっこしていたが、そのうち肩を落とし、ようやくテーブルに目をむけ口の中にストローを銜えた。

「結局何も映ってなかったなぁ、アヤカはどうだい?太陽光線以外は」

「はっ?うーん、何もなかった…と、言うか、何もない気がする」

「でもあの子ははつぶやいていたよな、いるって。それはどう思う?」

「クミちゃんは通常では見えないものを見る力があるという話は聞いてるのよ。でも、具体的にどう見えるのかとか、あくまでも噂だから。私におけるクミちゃんの情報は」

2人はようやくハンバーガーに手を伸ばしお互いに食べ始めた。すっかり冷たくなっていた。

「廃屋巡りでさぁ、現場にいるときは何事もなく済ませても、家に帰って撮影した動画を見てみると、その時は気付かなかったけど変なものが映り込んでいる場合があるんだよね。問題なのはその映っていたものが何度か見るたびに微妙に変化していったりするという…」

「ホラー映画の見すぎじゃないの?廃屋でなくてもそういう怪奇現象の話はあるでしょ」

2人は結局は何の手がかりもないまま、店を出るとそれぞれ家路に向かった。

ある邸宅内では1人の高校生が現像室で作業していた。新井浩介である。彼の父は写真家であり、家のそこらじゅうに賞を取った写真、記念に撮った写真、特に思い出のある写真などが飾られていた。新井は父が留守の日に自分が撮影したフィルムをここで確認するのである。もちろん父の許可は得ている。新井にとって自分が撮ってきたものをこの暗室でチェックする瞬間が何よりも好きである。そしてこの日も梅の台小学校で撮影してきたフィルムの現像を見る作業を行なう。新井にとっては精神的にもっとも集中できるひと時である。そうしてチェックしているうちに一枚だけ心霊写真と思われるものを発見した。映し出されていたのは花壇の花々の上にたたずむ少年の姿であった。しかもくっきりとカメラに収められており、この手の写真には慣れていた新井も自分が撮った写真だけあって手先が震えだした。

(なんだ…この男の子の表情…何かを訴えているようだ)

暗室の鈍い光を放つ部屋の中で新井は身体が凝縮し、しばらくは呆然と立ち尽くしていた。


あくる日、学校での授業を終え、坂地怪奇倶楽部のメンバーはクラブ室に集まっていた。テーブルに坂地、児島、松岡、新井の4人が座り、梅の台小学校での作業内容の報告を行なっていた。

「結局、私は何も見つからなかった。いろいろとくまなく探したんだけど…」

「同じく。自分も見つけられなかった…もう少し粘れば何かしら映っていたかも知れないけど…変なオヤジが現れてその直後、作業中止となり解散したからなぁ」

児島と松岡は口々にそう言うと口をつぐんだまま下を向いてしまった。

「スマホに映らなかったのは被写体がその当時、スマホの存在を知らなかったからだ」

新井はそう言うと一枚の写真をテーブルの中央に置いた。坂地をはじめメンバー達は一斉にその写真に目をやった。

「えっ!こんなにくっきりと…不気味さを通り越して唖然とするしか…」

松岡は目を見開き驚きを隠せない。

「信じられない…こんなに鮮やかに…でも、何か私達に語り掛けてくるような表情をしている」

児島も同じように驚いたが、彼女はその写真に写りこんだ少年の表情に注目した。

「そうなんだよ、オレはそれが気になってるんだ。カメラが少年を写したというより、少年の方からカメラに寄ってきてるんだ。スマホの動画に映らないのはきっと、少年がスマホ…つまり携帯の機能というものを知らなかったからだと思う」

リーダーの坂地はその写真を見て別の意味で驚いていた。彼はカバンの中からメモ帳と資料のコピーしたものを取り出すとメンバー達に語り始めた。

「僕はあのあと、図書館に行くって言ってただろ。そこでいろいろと調べてみたんだ。あの花壇は数十年前まではプールだった。それが取り壊されて今のような花壇になった。そのプールがあった頃の時代に1人の生徒が溺れて亡くなってしまうという悲しい事件があったんだ。その生徒というのが…」

坂地は資料の中から事件当時の新聞記事のコピーをテーブルの中央に置くとメンバー達は再び驚いた。

その事故で亡くなった生徒の顔写真と新井が撮った写真に写っている少年と同一人物であった。

「新聞によるとその生徒はプール内で痙攣を起こし、溺れて死亡したことになっているけど…新井君が撮影したこの少年の表情はどうだろう…児島君が指摘したとおり、僕の目にも何か訴えているような、真実を知ってほしいというような表情に見える……」

テーブルを囲むメンバー達はここにきて重大なことを自分達が知ろうとしているのではないのかという緊迫感が走っていた。そんな空気の中、児島がまわりを見渡しながら言った。

「クミちゃんは?まだ来てないけど」

「そ、そういえばまだ来てないなぁ、いつもいるのかいないのか…」

松岡は仙道がいないことにようやく気付いた様子だった。

「待つとするか。クミちゃんの霊力でパパッと事件が片付いたりして」

新井はそう言うと椅子に座り腕を組んだ。外はすでに夕焼けが広がっている。ほとんどの生徒達は家路に向かい校舎内には彼ら以外ほとんどいなかった。坂地がふと、顔を上げてつぶやいた。

「もしや…クミちゃんは梅の台小学校に…」

「えっ!そんなまさか。こんな時間に?何のために…霊とコンタクト取るためとかぁ?」

坂地のつぶやきを聞いて児島がハッとするような表情をしながら言うと、

「いや、クミちゃんなら直行でそこに向かうというのもあるかもしれない。そのまさかだよ。霊力の強い彼女なら少年とコンタクトを取れるかもしれない!」

坂地は椅子から勢いよく立ち上がりながらそう言うと、メンバー達にみんな、どうする?と尋ねるような顔を向けた。他のメンバーはもちろん、一緒に行くという顔で坂地に付いていった。


空は相当に暗くなっている。すっかり夕暮れ時だ。4人が梅の台小学校の正門前に到着すると各自が外から塀の向こうを覗き始めた。新井が前かがみになって叫んだ。

「おおーっ、あそこにクミちゃんと思われし人が立っているぞ!花壇のある場所だ」

皆が新井の傍に寄ってきた。松岡が新井の横に並び、目を細めながら言った。

「どれどれ、ほんとだ、あれはクミちゃんだ。ここからだとかなり遠い位置だけど確かにクミちゃんだ。あそこで何やってるんだろ、彼女以外、誰もいないようだけど」

児島はふと、校舎の方に目を向けた。

「職員室の明かりが消えているわよ…変ねぇ、月曜日なのに…この時間なら何人か教員が残っているはずなのに」

「たぶん、霊の力がそうさせたのだろう。よし、学校内に入るぞ、彼女が心配だ」

坂地はそう言って柵をよじ登り校庭側に降りた。皆もそれに合わせて学校内に入っていった。

「行こう、花壇のある場所へ……」

坂地を先頭にメンバー達は花壇のある場所まで歩いていった。近づいてみると仙道が誰かと話をしているようにみえた。目はまっすぐにある方向を見ている。しかしそこには誰もいなかった。

松岡も新井も目をキョロキョロさせながら呆然となって仙道とその周辺を見回している。その矢先、児島が皆よりも何歩か進んでおそるおそる仙道に声をかけた。

「ねぇクミちゃん、誰と話してるの?もしや少年?そこにいるの?私達には見えないんだけど…」

すると仙道は正面に向かって指を差し、甲高い声で言い放った。

「そこに立っている!いま、私に話しかけている!」

坂地は親指と人差し指であごを摩りながら独り言のように語りはじめた。

「クミちゃんは…仙道君は霊力が強いと当時の先輩達からよく聞かされたものだ。僕は最初は信じられなかったが…ある日、僕と先輩達が仙道君を伴って地域では有名な心霊スポットに出かけたことがある。そこで仙道君が指を差す方向を片っ端から撮影して後で見てみたら全て怪しげなものが写っていたのだ。その時は本当に驚いた。あの子の持っている霊力は本物なんだと思った。そして今、あの子と対面しているのは……おそらくプールで溺死した少年なのだろう」

坂地がそこまで話すと後ろから怒鳴り声が聞こえた。昨日、この場所で出くわしたあの男だった。

「またお前達かぁ!こんな時間に勝手に学校の敷地内に入って何をやっているんだ、いい加減にしろ!警告だけでは済まなくなるぞ」

その瞬間、仙道がくるりと身体を反転させ、男を指で差すと「人殺し!」と叫んだ。

(人殺し!?)

この言葉にメンバー達は動揺せずにはいられなかった。

「はあーっ、なんだと~、何を言ってるんだこのガキはぁ~!」

男の顔がみるみるうちに血の気が引いたような表情になった。

この時、坂地の脳裏に何かしらピーンとくるものがあった。

「またお会いしましたね。あなたこそ誰なんです?もしやあなたはこの場所にゆかりでもあるんでしょうか?」

「お前もお前で何を言っている?ワケの分からんことを言うな!」

あきらかに男は動揺している様子である。坂地はそれを見逃さない。

「あなたはその昔、ここがプールだった頃、生徒が溺死した事件について何か関係してるんじゃないですか?その生徒が霊となって現れるという情報が気になって、真相が明らかになるのが怖くて、この地域から離れられないんじゃないですか?」

「さっきからふざけたことを言うな!霊だと?なんだそりゃあ」

「今、我々が立っているこの場所、つまりかつてはプールだったこの花壇に溺死した少年の霊が…ほら、ちょうどあの子が立っている位置から少しだけ離れたあの辺のあたりに当時の少年の霊が…」

「あ~もう~やめろやめろ。馬鹿馬鹿しい、何が少年の霊だぁ~」

そう言って男はズカズカと花壇の囲いの中に入り花々を踏みつけながら坂地が指名した場所まで歩いていった。

「なんだ?このあたりか。……何も起こらないじゃないか。まったく…適当なことを言うなよガキの分際で」

その時である。男は見た。自分の足元から突如、子供の手が土の中から出てきて片足にしがみついた。その衝撃で男はバランスを崩し尻から倒れてしまった。あおむけになった男は掴まれた足から除々に土の中に埋まっていく。

メンバー達にはその様子が滑稽に見えていた。男が勝手に足を滑らせてジタバタしながら片足を地面に向けて押し込んでいる。ただ1人、仙道だけはそこで何が起こっているのか分かる様相をしていた。

「うわぁ~なんだこりゃ~、たすけてくれ。頼むぅ~たすけて…」

松岡と新井が首をかしげながら、それぞれ男の腕を持って引っ張ると、その状態で男を花壇の囲いから出してやった。

「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ、はあ?はあああああ~!?」

突然、男は立ち上がり驚いた表情で花壇を見渡すと狂ったようにわめき散らしてその場を去っていった。

太陽が沈み、空はすっかり暗くなっていた。

「帰ろうか…」

坂地は皆にそう言うと、花壇を背にしてトボトボと歩きながら学校から出た。正門前まで戻ると児島が仙道に訪ねた。

「クミちゃん…男の子と何を話してたの?結局、あの人は何者?」

「……」

「お願い、教えて」

「…あの男が…殺した。顔を水に押し付けて殺した」

「!?」

仙道からはそれ以上のことは聞けなかった。

「今日はもう遅い。この場で解散するとしよう。詳しいことは明日以降ということでいいかな?クミちゃん疲れているみたいだし」

坂地がそう言うとメンバー達は大きく頷いた。坂地怪奇倶楽部の面々はそこで別れた。


それから幾日か過ぎて坂地怪奇倶楽部の面々がクラブ室内に集結した際、坂地の口から梅の台小学校に関する新情報が漏らされた。

「あの時、我々の前に現れた男についてだが、花壇の中でおかしなことになって以来、毎晩のように悪夢にうなされたらしい。それに耐え切れずに自首という行動に出たということらしい」

「あのオッサン、何をやらかしたっていうんだい?」

「ホント、気になるわ。私とっても怖かったもの」

「あの男は学生時代はいじめっ子でいつもおとなしそうな子に暴力を振るったり嫌がらせをしていたらしい。小学生の頃から弱い者いじめをしていたのだが…とりわけプールで亡くなった少年に対するいじめは酷かった。その事件のあった日、当時は小学6年生だった男は多くの生徒がプール内にいる中、人ごみに隠れて少年にまたがり水の中に顔を埋めて窒息死させてしまったのだ。教師が全生徒をプールから引き上げさせようという時に、男は生徒達にまぎれて何食わぬ顔でプールから上がった。教師がプールに1人だけ残っているのに気付いたが、水面に浮かんだまま身体はまったく動いておらず、すでに心肺停止状態だったという。その後、当時の警察は溺死ということでこの事件は処理された」

「酷い話ね…で、その殺人者は自首したんでしょ?だいぶ昔の事件だけど、どういう判決が言い渡されるのかしら?」

「判決も何も警察はその男をまったく相手にしなかったらしいのだ」

「えっ、お咎め無しなの?その後どうなったのかしら」

「死んだよ」

「ええーっ!」

「それもおかしな死に方で自宅の六畳一間の部屋の中で、体中が水浸しになった状態で窒息死していたとのことだ。この経緯についてはクミちゃんに聞くのが一番だけど…今日も欠席だから僕が彼女から聞いた話をしよう。実はあの日の梅の台小学校で男が花壇の中で勝手に暴れて、足が地面に埋まっていく奇妙な光景を見ただろ、あの時、松岡君と新井君とで男を引っ張って花壇から出してやった際、クミちゃんは見たと言っている。少年が男の足にしがみ付いて離れなかったと。そして男はその状態のまま逃げていったと……」

「つまり…少年はそのオッサンの家まで付いていったということか…」

新井がため息まじりにそう言うと、それまでじっと話を聞いていた松岡がこの日、初めて口を開いた。

「その少年は…半世紀にもなる長い間この時を待っていたんだ。あの男がいずれ花壇の中に自ら入っていくのを……そしてついに復讐をやりとげた。結局俺たちはその手助けをしていたってことだよね」

「そうかもな…」

坂地はそう言って深く頷いた。





















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