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空回りな僕ら

大凶DAYS

作者: tasuku

好きな人と心を通わせたい、と誰もが想う純粋な気持ち。

それが友情であれ、恋愛であれ、隣にいたいと抱くもの。

けれども、その感情が強すぎるあまりに重すぎて、すれ違うこともあって……。

空回りな感情をいくつも抱えている少年たちのある物語。


カレンダーに記された『仏滅』がすべての始まりだった。

塚本祐樹は最初こそ気にしていなかったが次々と起こる災難に、ただ事じゃないと思い始める。

そこで仲間たちと神社に行くことになり……。


空回りな僕らシリーズ第三弾『祐樹編』です。

=====================================

塚本祐樹つかもと ゆうき17歳・175㎝

▼都内の高校に通う高校二年生。パーマのかかった黒髪・黒瞳・色白肌

 グループの中で一番の秀才。真面目な性格だが、適当な発言をよくしている。

 悠里のことが好きだが、踏み出す勇気がない真面目な性格。

 その間に悠里は祥太と付き合うようになってしまった不憫な人。

 渉とウマが合い、亮介とも仲がいい。

 祥太のことはあまり好きではないが、避けるほど嫌いではない。


天草悠里あまくさ ゆうり17歳・166㎝

▼都内の高校に通う高校二年生。黒髪・どんぐりのような大きな黒瞳・色白肌。

 元気っこで、子供っぽい顔立ちをしているが、中身は誰よりも男らしい。

 朝寝坊の常習犯で、一度寝たらなかなか起きない。

 親友からは横たわった冷蔵庫のようだとよく言われている。

 小柄な身長がコンプレックスで、親友の祥太と比較されるのを嫌う。

 素直な性格で誰からも好かれるが、鈍感なところもあって恋には奥手。


高橋祥太たかはし しょうた17歳・178㎝

▼都内の高校に通う高校二年生。茶髪・茶色の瞳・普通肌

 クールで涼しげな顔立ち、スタイルも抜群だが中身はまるでヘタレ。ヘラヘラとよく笑っている。

 悠里とは中学からの親友。バスケ部のエースで女子からモテるが、本人はまるで気付いていない。

 朗らかな性格だが、大事なことは押し黙ってしまう癖がある。


松本渉まつもと わたる17歳・174㎝

▼都内の高校に通う高校二年生。黒髪・黒瞳・普通肌

 軽音部のベース担当。明るく、ひょうきんな性格だが、反面、誰よりも繊細な性格をしている。

 相方の亮介とは小学校からの幼馴染で恋人同士。

 なんだかんだで言うことを聞いてしまうので、どんなプレイも逆らえない。


山崎亮介やまざき りょうすけ17歳・180㎝

▼都内の高校に通う高校二年生。茶髪・茶色の瞳・普通肌

 軽音部のギター担当。男前だが、笑うと愛嬌がある。

 渉とは小学校からの幼馴染で恋人同士。

 渉が好きすぎて暴走しがち。どSで、渉が困った顔を見るのが好き。

 グループのリーダー的存在だが、面倒臭いと投げてしまうので、結局まとめるのは渉の役割になっている。


野沢樹のざわ いつき16歳・176㎝

▼都内の高校に通う高校一年生。黒髪・黒瞳・普通肌

 バスケ部の後輩で、祥太のことを慕っている。

 素直で、天然なのか本当にアホなのか際どいところ。

 祥太のことが好きだが、恋愛感情なのかは読めない。

 今日は『仏滅』だ。

 カレンダーに記されているそれを見た塚本祐樹つかもとゆうきは、そうなんだと思う程度で、さして気にしていなかった。

 しかし、これが全ての始まりだと気づくのは、数時間後のことである――。


     × × ×


 朝、いつも通り学校へ向かう準備をしていた祐樹は忘れ物がないか部屋を見回す。

「大丈夫そうだな」

 昨晩のうちに必要なものは入れておいたこともあり、大丈夫だろう。

「よし」

 通学鞄を肩にかけ、部屋を出ようとした時だった。視界に映ったカレンダーの日付を見て、片眉を上げる。小さく『仏滅』と記されていた。

「今日は仏滅か」

 そうなんだと思う程度で、さして気にしていなかった。そのまま、自室を出て廊下へ出ると玄関へと向かう。

「いってきます」

「いってらっしゃい」

 母親の声が台所からする。父親は朝早くに出勤しており、妹も先程出て行った。残っているのは自分だけなので、祐樹はのんびりと靴に足を突っ込む。

 両足を履き終え、一歩前に踏み出した時だった――。


 ――ベリッ。


「あれ?」

 変な音がした。怪訝に思いながら足元へ視線を落とすと、ゴムと革を接合していた部分が半分くらい剥がれている。片方脱いでから手に持ってみると、パカパカしていてとてもじゃないが履けそうにない。

「母さん、靴が壊れた」

「あらあら、見せて」

 パタパタと小走りで母親が出てくる。駄目になってしまった靴を見て再び引き返し、それからお財布を持って戻ってきた。

「両方壊れてるじゃない。どんな履き方してたの?」

「そんな乱暴に扱った覚えないんだけど」

 自分で言うのも何だが几帳面な性格だ。物は大切に扱っている。出来れば卒業するまで履き続けたかったが、この状態では残念だが処分するしかない。

「これあげるから、帰りに新しいの買いなさい」

「ありがとう。帰ったら、おつりを返すよ」

 一万円札を受け取り、塚本は自分の財布の中へ納める。

「スニーカーでも大丈夫かな」

 とりあえず、今日はこれで我慢しようと靴箱からスニーカーを取り出した。学校指定は革靴のローファーか派手でなければスニーカーも許可されているので問題ない。

「大丈夫でしょう」

「うん……」

 壊れた革靴からスニーカーに履き替え、トントンとつま先を叩く。

「いってらっしゃい」

「いってきます」

 口元に笑みを浮かべ、祐樹は玄関のドアノブを回して今度こそ家を出た。マンション住まいのため、エレベーターのボタンを押して到着するのを待っている間、腕時計を見る。

 スマホで時間を確認できるから、と腕時計をしない人が増えているが、祐樹は腕に時計がないと落ち着かなかった。こういう所も真面目だと言われるが、個人の好き好きだろう。

「いつもの電車に乗り遅れるな」

 出る前に靴が壊れて手間取ってしまったので、少し急ぐ必要がある。家から最寄りの駅まで十五分の道のりだ。走るほどではないが、歩調を早めれば次の電車に間に合う。

 そんなことを考えているうちに、エレベーターが到着した。扉が開き、祐樹は中に入る。防犯もかねて設置されている鏡に向き直り、ヘアスタイルを弄りながら一階に着くのを待っていると……。


 ――ビシ、ビシビシィッ。


「えっ!?」

 触ってもいないのに、鏡面が蜘蛛の巣のようにヒビが走った。突然の出来事に、ぽかんと口を開けて固まってしまう。

「な、なんだ?」

 老朽化のせいだろうか。そもそも鏡に新しい、古いがあるのか不明だ。何より触ってもいないのに、勝手に割れるなんて、どんなホラーだろう。祐樹は背筋がゾッとして身震いする。

「とりあえず、管理人さんに……」

 タイミングよく一階に着いたので、祐樹はそのまま管理人へ連絡しようと降りる。

「すみません、今エレベーター内の鏡が……」

 管理人室の扉を開けて事情を説明する。わざとじゃないと分かってくれたのか、管理人はすぐに新しいのに取りかえると話してくれた。

「蹴ったとしても、こんな割れ方はしないからね。知らせてくれて、ありがとう」

「いえ……。それじゃあ、俺は失礼します」

 一礼してから、祐樹は駆け出す。

「信じてもらえてよかった」

 乗りたい時間の電車に間に合わせるためにも、さすがに走らないと不味い。

「……まさかな」

 靴が壊れ、鏡が割れた。次も何かあるのだろうかと、内心ドキドキしていた。さすがにこれで何か起これば偶然ではない。

「馬鹿らしい。気にしすぎだろ」

 苦笑を漏らした瞬間――。


 ――ドンッ。


「っ!」

 曲がり角で人とぶつかった。よろめいて尻もちをついてしまう。

「君、大丈夫かい?」

「あ……はい」

 急に飛び出してきたので回避できなかった。

「申し訳ない。急いでいたもので……」

「いえ、こちらこそ」

 顔を上げると、大学生くらいの青年だった。ひどく焦った様子で手を指し伸ばしている。祐樹は遠慮がちに肘を曲げ、彼の手の上に己の手を重ねて立ち上がった。

「怪我を……」

「え? あ、ほんとだ」

 手のひらに擦り傷ができていた。うっすらと赤い血が滲んでいる。多少痛みがあるが、我慢できないほどではない。

「大丈夫です、このくらい」

 笑みを浮かべ、祐樹は何てことないと答えた。休み時間にでも保健室で消毒でもすればいい。今は学校に遅刻しないことが先決だ。

 青年はすまなそうに眉を八の字にして、何度も頭を下げた。

「本当に申し訳ない」

「いえ、俺も気付かなかったのが悪いし……」

 心の底から謝っているのが伝わるので、祐樹も許すつもりだった。

「治療費を払うから、連絡先を……」

「ほんとに大丈夫なんで、気にしないでください。それより、急がなくちゃ……」

「ああっ、そうだよね。俺も一限遅れたらヤバいんだった。君も遅刻しちゃうだろうし、じゃあこの辺で……。本当にごめんね」

「はい」

 掴んでいた手が離れ、青年は軽く手を振ると走り出した。この近くにある大学の学生らしいが、次は人にぶつからないように気をつけてほしいものだ。

「ふう……」

 祐樹はさっと制服のズボンについた汚れを払い、一息つく。

「こうも続くものか? っと、走るとなんか転びそうだし、急ぎ足にしよう」

 また誰かおぶつかるかもしれない、と慎重に周囲に気を配りながら早足で駅を目指す。

 やがて駅までもう少しのところで、一匹の黒猫が横切った。

「おっと、猫か……」

 野良猫など珍しくないが、色が黒いのが気になる。

「……まさかな」

 黒猫に出くわすのは不吉の予兆だと聞いたことがあるが、どうせ迷信だ。祐樹は脳裏に浮かんだ疑念を振り払うように軽く頭を振ってから、その場にしゃがみ込んだ。

「こいこーい」

 黒猫に向かって手招きをする。

 祐樹に気付いた黒猫が、ピタリと足を留めた。一定の距離を保ったまま様子を窺っている。

 遅刻しそうだが、黒色の毛並みとくりっとした愛らしい金色の瞳が、親友の悠里にどこか似ていて、つい構いたくなったのだ。

 黒猫は金色の虹彩を細め、ニャアと鳴いた

「ふふ、可愛いな」

 警戒しながらも、近寄って来た瞬間――。


 ――シャーッ!


「いてっ」

 不意に爪で引っ掻かれた。すぐに手を引っ込めたが、手の甲にじわりと赤い血が滲み出ている。

 可愛いからって舐めるなよ、とでも言っているように、黒猫はそっぽを向いてスタスタと立ち去った。

 手のひらには尻もちを突いたときにできた擦り傷。手の甲には猫に引っかかれた傷。今日は朝から傷だらけだ。

「ちぇっ……」

 黒猫に嫌われただけだが、ちょっぴり凹んでしまう。

 項垂れていると、あちこちからニャアという鳴き声がした。

「ん?」

 訝しげに顔を上げて見た光景に、祐樹は目を丸くした。

「なっ、なんだぁ!?」

 いつの間に、こんなに集まったのだろう。祐樹を囲むように黒猫の集団が取り囲んでいる。様子を窺うように、こちらをじっと見つめていた。

「なんなんだよーっ!」

 よく分からないが恐ろしくなって、その場から走って逃げ出した。

「はあはあ……。もう大丈夫だろ」

 最寄り駅に到着し、ほっと胸を撫でおろしたその時――。


 ――ボトッ。


「…………」

 カラスに糞を引っかけられた。制服にかからなかっただけ良しとしよう。とはいえ、頭でも憂鬱になるが、ハンカチで拭えば何とかなる。

「おかしい……」

 明らかに普通ではない。見えない何かによって仕組まれているような不運続きだ。もうこれ以上何も起こりませんように、と切実に祈りながら、祐樹は電車に乗るしかできなかった。


     × × ×


「おはよう……」

 げんなりした表情で教室に入ってきた祐樹に気付き、悠里は目をぱちくりさせる。

「おはよう。塚ちゃんがギリギリに来るなんて珍しいな」

「いや、もう朝から災難でさ……」

 やっと着いたと、深いため息を零した祐樹は自分の席に着くと机の上に鞄を置いた。

 こんなにも教室が愛しいと思ったことはないだろう。

「おはよう、塚本くん」

 祥太がヘラヘラと笑みを浮かべて挨拶をしてきた。

「おう……」

 普段だったら、もっと締まりのある顔をしろと悪態をついたものだが、今日ばかりは祥太のヘラヘラ顔を見ていると癒される。

「お前って、幸せそうだよな」

「え?」

 祐樹の言葉に、祥太は目を丸くした。いつもだったら「うるさい、黙れ」と言われるのに、今日は言ってこないので動揺している。

 何度か瞬きを繰り返した後、祥太は泣きそうな顔で悠里の方へ振り返った。

「悠里くん、塚本くんがおかしくなっちゃった~」

「褒められただけで、どーしてそうなるんだよ。お前も悪態をつかれるのに慣れすぎだろ」

 普通の反応がおかしいとオロオロしている祥太に、悠里は苦笑を漏らしながら突っ込みを入れる。

「おはよー」

「おっす」

 渉と亮介もやって来た。相変わらず、このふたりは仲がいい。肩を組んでいる。

 祐樹の他に悠里、祥太、渉、そして亮介の五人とも同じクラスで、いつも一緒にいるメンバーだ。

「塚本、元気ないな。風邪か?」

 祐樹がげっそりしているのに気いた亮介が声をかけた。

「あー……」

 何と答えればいいのか、と一同を見回す。

 四人の様子を見ていると、災難に遭遇していないのは明白だ。自分だけが不幸になっている。

「実は……」

 祐樹は言いかけて口ごもる。

 笑われるかもしれない。

 悠里や祥太は、本気で心配してくれるだろう。

 問題は渉と亮介だ。面白いことが大好きなふたりのことだ。祐樹の災難を聞いて、大笑いするに違いない。

 そもそも、立て続けに起きたことを信じてくれるのかも怪しい。

「塚ちゃん?」

 黙り込んでしまったので、悠里が不思議そうにしている。

「いいや、なんでもない」

 愛想笑いを浮かべ、祐樹は鞄から教科書とノートを取り出した。

「なんだよ、気になるじゃん」

 亮介がまだ食い下がっているが、渉が止めた。

「まあまあ、言いたくないならそれでいいじゃんよ」

「塚本くん、悩みがあるなら遠慮しないで話してね。あ、もちろん言いたくなった時でいいから」

 祥太はそう言うと、もすぐ授業が始まるからと自分の席に戻って行った。

「おう……」

 そうだ。今日は朝から少しばかりついていなかった。それだけだろう。チャイムの音と共に、祐樹は平静さを取り戻していった。


     × × ×


 授業が始まってからは、何も災難は起きなかった。

(やっぱり、気にしすぎだな)

 今は昼休みだ。前の授業が移動教室だったので、教室に戻ろうと渡り廊下を五人で移動していると、渉がおもむろに口を開いた。

「なあ、部室で昼飯食わね?」

「部員じゃないのに、いいのかな」

 悠里の言うとおりなので、祥太もうんうんと頷いている。

「気にすんなって」

 亮介が渉の代わりに答える。

「つーか、新曲の打ち合わせしたいんだ」

「じゃあ、俺たちがいない方がいいんじゃね?」

 祐樹の疑問に、渉が気恥ずかしそうに自身の頬を指で掻きながら言葉を続ける。

「迷惑じゃなければ、三人に新曲の感想聞きたいんだよね」

 彼が作曲を担当しているので、忌憚のない意見を聞きたいのだろう。

「そういうことなら、いいよ」

 祥太はにっこり笑って頷いた。

「俺も」

 悠里もこくりと首を縦に振る。

「……悠里がいいなら俺も」

 祐樹は、少し間を置いて承諾した。

「よし、決まり!」

 渉は満面の笑みを浮かべ、歩調を速める。

「教室に戻ったら、すぐに部室な!」

「おう」

 祐樹が返事をした時だった――。


 ――ガシャンッ!


「!!」

 鼻先を何かが掠った。遅れてガシャンと割れる音が足元でした。

「…………」

 見たいような、見たくないような……。

 恐る恐る視線を音のした方へ移す。そこには、粉々に砕けた鉢植えがあった。渡り廊下のため、上に屋根があるので直撃は避けられるが、祐樹の真横に落下したので心臓に悪い。

「大丈夫か!?」

 上から慌てた様子の声がした。見ると、どうやら職員室から落ちたらしい。現国教師が蒼白の表情で叫んでいる。

「あっぶねぇな! 気をつけろよ!」

 祐樹の代わりに、顔を真っ赤にした亮介が叫んだ。

「すまん、大事なくて良かった」

「謝って済むかよ!」

 渉も怒っている。柳眉をつり上げ、抗議していた。

「塚ちゃん、怪我してないか?」

「大丈夫?」

 心配そうに悠里と祥太がぺたぺたと身体を触ってくる。

「あ……ああ、平気」

 ハッと我に返り、何とか返事をするもドッドッドッ、と心臓が早鐘のように鳴り響いていた。

(今のは、さすがにヤバかった)

 もし渡り廊下ではなく、そのまま植木鉢が自分の脳天に直撃していたらと思うとゾッとする。

「保健室に行くか? 顔色がよくないぞ」

 蒼白になっているのを心配した悠里が、気遣うように話しかけている。間近にある彼の顔に、祐樹は自然と笑みを深めていた。

「大丈夫だから」

 悠里が気にしてくれている。

 それだけなのだが、優しさに胸の辺りがじんわりと熱くなる。

(悠里に心配してもらえるのは役得だけど、やっぱり、こんなに災難が続くのはおかしい)

 己に起きていることを正直に話そう。

「悠里」

 笑われてもいい。

 ただ聞いて欲しかった。

「何だ?」

「実は――」


     × × ×


 朝から起きた出来事を話し終えると、悠里たちは黙ってしまった。

 悠里は、神妙な面持ちで顎に手を当てて考え込んでいる。

 祥太は真剣な表情で腕を組んでいた。

 渉と亮介は噴き出すと思っていたが、ふたりとも眉を寄せ、黙って話に耳を傾けていたのが意外だ。

「――よし!」

 やがて、ポンと手をついた悠里が口を開いた。

「塚ちゃん、神社へ行こう!」

「は?」

 予想外の提案に、祐樹は間の抜けた声を上げる。

「お前がそう言うんだ。俺は起きたことを全部信じるよ」

「俺も」

 祥太も笑みを浮かべ、小さく頷いた。

 本当に、このふたりは素直だ。

(問題はこいつらだ……)

 おずおずと視線を渉と亮介へ移す。

「こういうのって、厄払いが効果あるんじゃね?」

「かもしんねーけど、あれって金とるんじゃなかったか?」

「あれ?」

 心配してくれているらしい。

「いや、そこまで大げさにしなくてもいいかなって」

 神社でお祓いなど、いくらするのだろう。壊れた革靴代として母親からお金を貰っているが、厄払いに使うのは、さすがに気が引ける。話が進んでいるので、祐樹は困った表情を浮かべていた。

 そんな祐樹に、悠里はフッと笑う。

「もっと簡単なやつだって」

「へ?」

「まずは飯にしようぜ!」

 そう言って、さっさと歩いてしまう。

「あ、待って。悠里くん」

 慌てて祥太が追いかける。

「何をするつもりなんだ?」

 遠のくふたりの背中を眺めながら、祐樹はぽつりと呟く。

「あー、俺分かっちゃったかも」

 渉はニヤリと口元を緩めた。

「何だよ?」

「まあ、悠里が心配してくれてるんだし素直に喜べ」

 疑問の答えは教えず、渉は祐樹の肩に手を置くと耳元で囁いた。

「……おう」

 確かに、祐樹が自分のことを心配してくれているのは嬉しい。

 放課後になれば分かることだ。今は追及するのはやめよう。

 その後、五人は教室に戻って荷物を置いてから、その足で渉と亮介が所属する軽音部の部室へ移動した。

 第二音楽室の奥にある準備室に、演奏するための楽器が置かれている。アンプの上に弁当を広げている渉は、膝の上に置いた楽譜に向かって真剣な表情で見つめていた。

「渉、口開けて」

「ん……」

 亮介は箸でから揚げを摘まみ、渉の口元へ運ぶ。素直に口を開けている渉もどうかと思うが、このふたりの距離感を、どう受け取るべきか迷うことがある。親友と言うには、あまりにもパーソナルスペースが近すぎるのだ。

「悠里くんもしてあげようか?」

「真似しなくていいから」

 朗らかな笑みを浮かべている祥太に、悠里が肘で小突いている。

 目の前のふたりも、まとう空気が柔らかいというか、熱がこもっているというか……。

 どうやら、夏休みの間に悠里と祥太は特別な関係になったらしい。本人たちの口から直接聞いたわけではないが、お互いを見つめ合う時間が増えた。渉と亮介ほどべったりではないが、明らかに距離は縮まっている。

「はあ……」

 ため息を零してから、祐樹は弁当箱に入っている卵焼きを口に放り込む。

「……で、ここのフレーズなんだけどさ」

「うん……」

 対して渉と亮介だが、昔も今もこんな距離感ではあるが……。

(隠してるのか、そーじゃないのか……。松本のシャツの隙間からキスマーク、見えてんだけど)

 指摘した方がいいのかもしれないが、誰がつけたのか知りたくない。

(気付いたら、親友がくっついていましたなんて……笑えない冗談だよな)

 男同士の恋愛に嫌悪感があるわけではない。そういうこともある、と理解している、何故なら、自分も悠里のことを意識しているからだ。

 遂には成就しなかったけれども――。

「…………」

 チクリと小さな棘が刺さったような胸の痛みもろとも胃の中へ流し込むように、ご飯を一口食べる。

 告白をする前に終わった恋心だ。こんなに空しいことはない。

(悠里がいいなら、俺はいいんだ)

 想い人が祥太なのが許せないが、決して性格が悪いわけではない。他人を思いやることができる優しい男だ。何より悠里が選んだ男である。それを否定することはしたくない。

 しかし、このイチャイチャ幸せ空間にひとりだけ虚しくご飯を食べているのは居心地が悪すぎる。二組とも無意識だから余計に質が悪い。それだけ祐樹が口外しないことを信用されている証拠だろうが、当てつけられている側は溜まったものではないのも事実だ。

「はあー、恋がしたいな……」

 思わず、口から本音が漏れてしまう。

「ん?」

 きょとんとした顔で、悠里がこちらを見ている。

「なんでもない」

 ハッとして、祐樹は左右に首を振った。残りのおかずを平らげると蓋をする。

「俺、先に教室に戻ってるわ」

 この場にいるのが落ち着かないので、先に教室に戻ろうと立ちあがる。

「へーい」

 間延びした声で渉が返事をした。まだ楽譜に夢中らしい。ベースを構え、音を鳴らしている。

「じゃあな」

 一歩、前に足を踏み出すと――。


 ――ブツッ。


「うわっ」

 アンプを繋いでいたコンセントに足を引っかけた。そのまま前のめりに転んでしまう。

「ちっ……」

 また転んだと舌打ちをし、渋面な表情を浮かべる。

「…………」

 ブン、と音を立てて途絶えてしまった演奏に、渉の目が点になっている。曲に集中していただけに、いきなり止められるのは気持ちいいものではない。

「ごめん……」

 抜けてしまったコンセントを手に持ち、祐樹は謝った。

「別にいいけど……」

 悪意はないと分かっているので、じと目で睨んでいた渉は重いため息を吐き、目を伏せた。

「わざとじゃないって分かってるし」

「しっかし、今日の塚本はほんとついてないな」

 亮介は物珍しそうに見つめている。

「俺もいい加減、解放されたいよ」

 こんなに続くと、まだあるんじゃないかと気が気ではない。早く不幸の連鎖から解放されたい、と心の底から願っていた。


     × × ×


 放課後、五人で近所の神社へ向かおうと並んで歩いていた。

「俺、知らないうちに誰かに恨みかったのかも」

「気にしすぎだって」

 がっくりと肩を落としている祐樹に、悠里は苦笑を漏らす。

「俺、神社って正月の初詣くらいしか行かないかも」

「あー、確かに」

 前を歩く渉と亮介は楽しそうにはしゃいでいる。

「ついたよー」

 祥太が神社の入口に佇む鳥居の前で手を振っている。

 そこそこに大きい神社だ。まずは、と五人でお参りをし、それぞれ願い事を祈った。

「塚ちゃん、こっち」

 悠里は祐樹の手を引いて歩きだした。もう片方の手には小銭を握っている。

 案内された場所に佇み、祐樹は困惑した表情を浮かべた。

「あのさ、これって……」

 目の前にある『おみくじ』を凝視したまま祐樹はどうしたものかと考え込む。

 厄払いより簡単だと言っていたが、まさかおみくじを引くことだろうか。

「おみくじだ」

 無邪気な笑顔で答える悠里の後ろで、渉と亮介がお腹を抱えて笑っている。

「ぶはっ」

「ふははっ」

「お前ら、楽しんでるだろ……」

 怒気を含んだ眼差しを向ける。

「ふざけてないって。俺はこれで結果が分かれば、対策もしようがあるだろうって……」

「悠里のことじゃなくて、あいつらだから」

「そうそう。心配してるって」

「だよなー」

「お前らが言うと、単なる嫌味にしか聞こえねぇんだよ」

「まあまあ、折角来たんだし。運試しだと思って引いてみよう?」

 見かねて祥太が間に入ってくる。

「くそっ、もうどうにでもなれだ!」

 やけくそ混じりに祐樹は小銭を払い、おみくじを引いた。出てきた白い紙を丁寧に広げてみると……。


『大凶』


「ぶふ~っ!」

「ぶはははは、塚本、最高!」

 我慢できず、渉と亮介は噴き出した。

「大凶って……初めて見た」

「滅多にないよね」

 ある意味凄いことだと、悠里と祥太は感心している。

「あ~、おかしい」

「駄目だ……俺、もう無理。ぷくくく……」

 渉と亮介は前屈みになってヒーヒー言っている。呼吸出来ないくらい笑っていた。

「えっと、元気出して」

 祥太は哀れみの眼差しを向けながら、ぽんと肩に手を置いた。

「…………」

 プルプルと震える手で、祐樹はおみくじを見つめている。このやり場のない怒りは、どこにぶつければいいのだろう。

「くそっ」

 舌打ちし、塚本は歩きだした。

「塚ちゃん?」

 悠里が慌てて追いかける。

「悪い、からかいすぎた」

「いや、まさかここまで期待を裏切らないとは思わなくてさ」

 渉と亮介も遅れて追いかけてきた。

「笑いたければ笑えばいいだろ!」

 ヤケクソに叫び、握りしめたおみくじを渉に投げつけた。そのまま帰ろうとするので、悠里が引きとめる。

「待てって」

「何だよ!」

 厳しい眼差しを注ぐと、悠里は眉根を下げて見上げてきた。

「確かに松本とヤマザキは笑いすぎだ。でも、大凶だって悪いだけじゃない」

「そうだよ、忘れたの?」

 祥太も反対側の手を掴んでくる。

「…………」

 何が言いたいのか分からない。黙って睨んでいると、悠里が手のひらにおみくじを乗せた。

「あそこの樹に結ばないと意味ないだろ?」

 榊の樹を指さす。今は枝に結ばずに近くにある縄に結ぶのが普通で、幾つものおみくじの紙が結ばれている。

「大吉以外は、ああやって結べば転じていいことになるって教わらなかった?」

「言いかえれば、これ以上悪くならないってことじゃないかな」

 優しい笑みを浮かべる悠里と祥太が背中を押した。

 大凶以上に悪くならないなら、それも考えようだ。

 簡単でいて小さいもの。

 確かに厄払いだった。

 悠里の表情につられて、祐樹の表情も柔らかくなっていく。

「……そうだな」

「まあ、期待を裏切らないのが塚ちゃんだしな」

「フラグ回収あざーっす」

「お前らな……」

 あっけらかんと言う渉と亮介を睨みつける。口が減らない奴らだ。

「これでよしっと」

 縄におみくじを結び、その場を後にした。

「んじゃ、帰るか」

 おみくじを結んだ効果なのか不明だが、それからは不思議と災難は起きなかった。


     × × ×


 翌日――目覚めの良い朝だった。

「いい天気だな」

 朝陽の眩しさに瞳を細めながら、カレンダーに視線を移して小さく笑う。

「……決まってるんだよな」

 昨日、帰りがけに買った革靴を履き、いつもの時間に家を出る。

 エレベーターの中の鏡は新しいものに取りかえられていて、ピカピカと輝いていた。

 ぶつかった青年と今日も遭遇したが、本当に申し訳なかったと再び謝ってきただけでなく、また会えると信じてお詫びに近所でも評判のパン屋で買ったサンドイッチを渡してくれた。

 確実に会える保証もないのに、気遣ってくれたのが嬉しくて祐樹は笑顔で受け取った。

 駅に向かう途中で例の黒猫集団に遭遇したが、今日は念のため用意していた猫のおやつを持っていたので与えてみることにした。

 すると、ニャァと鳴いてから、おいしそうに食べてくれたので、思い切って手を伸ばしてみる。引っ掻かれるかと思ったが、すりすりと頭を擦りつけてくれたので、ちょっぴり嬉しい。

 駅に到着し、頭上を見ると烏の姿はなかった。

 気分良く鼻歌を歌いながら電車に乗って学校へ向かう。

 悪いことが続けば、反していいことも返ってくる。


 そう――今日は『大安』だ。

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