香りが呼ぶ復縁
私の指先が震えた。
「このフレグランス、まだ売っているんですね」
デパートの化粧品売り場。ガラスケースに並ぶ香水の中で、一つのボトルが私の目を捉えて離さない。シトラスとジャスミンが織りなす、懐かしい香り。
五年前、彼と別れた日に着けていた香水だった。
「こちらの商品は今月で製造終了になります」
店員の言葉に、私は思わず立ち止まった。この香りと共に終わってしまうのか、あの日の記憶も。
結婚を意識し始めた矢先の別れ。仕事の都合で、彼が海外に行くことになった。遠距離恋愛という選択肢もあったはずなのに、私は怖くなって。「自由になりましょう」と、自分から言ってしまった。
後悔はしていた。でも時は戻せない。そう言い聞かせ続けた五年間。
「すみません、これを」
思い切って香水を手に取る。最後に、もう一度だけ、あの頃の私に戻りたくて。
その夜、久しぶりに六本木の街を歩いた。懐かしい香りを纏って、あの日と同じレストランに入る。思い出作りのデートで、よく訪れた場所。
「美咲さん?」
声が聞こえた時、私は自分の耳を疑った。
振り向くと、そこには変わらない笑顔で、健一が立っていた。スーツ姿は少し垢抜けて見えたけれど、優しい目元は昔のまま。
「この香り...懐かしいな」
彼が一歩近づいてきた。
「先月、日本に戻ってきたんだ。今日はちょっと、昔を思い出したくて」
偶然とは思えない。五年の時を経て、同じ香りに導かれるように、私たちは再会した。
「お茶でも」
「いいですね」
二人分のコーヒーを前に、私たちは昔を語り合った。海外での仕事のこと、私が転職したこと。そして、あの別れの後、お互いが感じていた後悔のことも。
「実は、帰国してからずっと、美咲さんに会いたいと思っていた」
健一の言葉に、私の心臓が高鳴る。
「私も...時々考えていました」
言葉を交わすうちに、五年の歳月が溶けていくような感覚。まるで、あの日からの続きを語るように、自然と会話が弾んだ。
「この香り、今月で製造終了なんですよ」
「そうなんだ...でも、新しい香りを見つけてみるのも、いいかもしれない」
健一の言葉に、私は小さく頷いた。懐かしい香りは、私たちを再会させるきっかけをくれた。でも、これからは新しい香りと共に、新しい物語を紡いでいけたら。
そう思いながら、私は健一の隣で、静かに微笑んだ。
夜空に浮かぶ月を見上げながら、私たちは肩を寄せ合って歩き始めた。古びた思い出の香りが、新しい未来への道しるべとなった夜。二人の物語は、ここから再び動き出す。