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16. 氷川神社に蝉の鳴く

令和6年8月14日公開です。

那美とふたりで手をつないで、パル商店街のゲートをくぐった主人公。

現世へと帰還する。

 残暑の強烈な日差しがいきなり襲いかかる。


 頭がクラクラして、現世(こっち)に馴染めない魂が、軽い吐き気を催す。


 地面の輻射熱(ふくしゃねつ)や、雑踏のなまの臭気、ざわつく喧騒が、初めて知る重力のように俺にのしかかった。


 手をつないで現実の中に飛び込んだ、まさにその場所に、俺はしゃがみこんでいた。


 ありがたいことに、俺は死んではいないようだ。


 道端でしゃがみ込む不審者(へたれ)に、人々がチラチラと送る痛い視線が、俺が物質的肉体(フィジカル ボディ)を持った、在りて在る(ニート)であることを納得させてくれる。


 ホウッ――と大きく息を吐いたあと、ようやく隣に那美が居ないのに気がついた。


「どうして……」


 思わず言葉が突いて出る。

 あれは白日夢だったのか? もうひとつの高円寺は、やはりただの夢だったのか?


 しかし、事故現場から俺は移動している。

 その間肉体は意識なく彷徨い、精神だけがあの夢を見ていたというのか?


 小刀を握っていたはずの左手には、銀色に輝く三十センチに満たない金属の棒が残されていた。

 とても戦いどころか、何にも使えないガラクタに見える。


 スマホで時間を確かめる。まだ午後三時だ。

 家を出てから三十分少し?

 ここまでの移動や、ドラックバイヤーの逮捕撃を見ていたのを除くと、隠世にいたのは十五分程度だろうか。


 隠世では確実にかなりの時間が経過していた。

 体感では三時間以上だ。

 つまりは、那美が言っていたように、時間の進む速さが違うってことか。


 TReEで俺のアップした逮捕動画とヤドゥル人形の投稿をチェックすると、ちゃんと残っていた。


 胸に手をやる。

 ポケットにはあの不気味人形と、銀緑の葉っぱではなく脱法ドラッグがあった。


 俺は急いで事故現場に駆け戻ると、もう一度一心に祈った。


 しかし、隠世に行くことは出来なかった。


 人目もはばからず、人形に話しかける。


「ヤドゥル、ヤドゥル、答えてくれ!」


 不気味人形は、ピクリとも動かない。


「那美……君はいったい誰なんだ?」


[警告する。水生那美に近づくな。]の「在りて在る者」からのTReEメッセージも残っていた。夢ではない。


 この警告が現実になったのか?


 そして俺の魂は、さっきの隠世での出来事もまた、現実なのだと告げていた。


 だとしたら……そうだとしたら、またしても手を離してしまったのか! あんなに強く願い、結んでいたのに………。


「そうだ! 氷川神社!」


 はぐれたときの集合場所に指定された氷川神社は、駅前の狭いバス通りを渡って反対側だ。


 俺は大急ぎで駆けつけた。


 しかし、そこにも彼女の姿はなかった。


 アブラ蝉がかまびすしい拝殿の縁に腰掛け、汗をふき水筒の麦茶を飲んだ。

 そうして彼女をずっと待ち続けた。


 どうせ家に帰っても何をするでもない。

 虚しい時間を積み重ねるだけだ。


 突然現れて「自分の大事な人になった」と言ってくれた少女を、何時間待とうが一向に構わない。


 彼女は現実のどこかに、必ず存在しているはずだ。


 [在りて在る者]からは、追加のメッセージは無かった。

 なぜ水生那美と俺が出逢うのを知っていたのか? いや、出逢っていたのを――か。

 そしてなぜ彼女を危険視するのか?


 俺は想像する。この[在りて在る者]は、彼女を隠世に閉じ込めていた者だ。

 少なくともそれに関わりある者じゃないかと。


 だが、結論付けるにはまだ早すぎる。


 俺はカマをかけるつもりで、「ところで、水生那美って誰? なぜ警戒するの?」と返信してみた。


 スマホでクニツカミを検索すると、天孫降臨前の日本の土着の神々とあった。

 高天原から来た天皇系の神々は天津神となる。

 神祇(じんぎ)と書いて、天津と国津、両方の神々を意味するそうだ。


 俺たちは、日本土着の神々に仕える使徒ということか。

 天津神の使徒より、俺にはしっくりくる感じだ。


 クリスティーヌにも、スマホで会うことができた。

 ニュースは相変わらず暗い話題ばかりで、沖縄の睨み合いもすぐに解決するはずもない。

 中国外相は、沖縄とその諸島は古来より中国の領土であったと声明を発表したという。


 陽が落ちて、やがてスマホの電池が切れた。


 那美は来なかった。


 彼女は、もしかしてまだ隠世に残されているのだろうか?

 だとしたら、また長い時間を、一人孤独に過ごさなくちゃならないのだ。


 夜の七時近くに帰宅した。母さんはまだ仕事から帰っていない。


 パソコンのモニターを点けると、アバターは垢バンされていた。

 三日間のアカウント停止処分だった。

 レオンは無様にも地下の牢獄に繋がれている。


 罪状は「魂を無くしてまで魔物を狩っていた罪」だ。


 ああ、確かにそうなんだろう。

 でも、もうMMORPGなんかどうでも良くなっていた。


 あの世界にもう一度戻り、そして那美に会いたかった。


高円寺隠世から脱出したのに、水生那美はどこにもいない。

第9章とともに、高円寺隠世脱出編終了!

次回、第10章の開始は、令和6年8月15日予定です。


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