14. 夢見の夢
8月12日配信です。
己の死に関して思い悩む主人公。
死と夢の狭間で揺れるのだが……
なんだ……、結局話が元に戻ってきたぞ。
たぶん、夢であるに違いない――いや、夢であって欲しい……だが、あの悪寒はどう説明する?
「あの……吾朗くん……だいじょうぶ?」
「え? あ、うん……ダイジョブだ、問題ない」
「びっくりしたみたいな声を上げてたけど……連続で」
那美は俺の顔を覗き込む。
ち、近いです、那美さん。
「あ~~……うん、なんでもない、なんでもない!」
「ほんとに?」
「ダイジョブ、何の心配もない」
(心配だらけだけどな)
「なら……いいんだけど……」
俺の不安をよそに、那美は急にモジモジし始めた。
そして顔を赤らめて、上目遣いでこちらを見つめる。
なんだ、なんだ? ヤバいぞこれは。どうしたんだ急に?
あまりに可愛いさの度が過ぎて尊い。
「わ、わ、私に……」
俯いて黙ってしまった。しかし、ようやく顔を上げ……
「私に――“一番大事な人だ”って……そう言ってくれたのは…………その、お、覚えてる……かな?」
それって俺が告白したってことか?
もちろん覚えてないが、そういうことにするならぜんぜん問題ない。
そうしよう。やはり何もかも夢だから自由にできる。
「ああ、もちろん覚えているさ、那美」
「そう……なら、良かった!」
俺が即答したことに、那美はほっとした表情をみせる。
これがいつもの明晰夢の類ならば、一番いい選択肢を選んだだけの話だ。何の問題もない。
百歩譲って、たとえこれが死を前にした幻想だとしても、美少女の恋人ができてたなんて、せめてもの慰めじゃないか。
その設定にぜひ乗らせてくれ。
サイアク俺たちは恋人同士でもなんでもなく、偶然一緒にあの街角を歩いていて、それで俺は彼女を助けたとき跳ねられた。
そして無意識で彼女を“嫁”のひとりと認定。
その結果、死ぬ間際の夢で、勝手に恋人と妄想して今に至るってのでも構わない。
目の前の那美は、死んだか死に損ないの俺の脳が見せる最期の幻想だとしたら、それはそれで上出来じゃないだろうか?
いや……さらにサイアクがあった。
那美も一緒に死んでいるケースだ。
俺たちは死んだことを自覚しないまま、共に彷徨える亡霊――まさに地縛霊だな……他に移動できない魂として、パル商店街に縛り付けられているのかも知れない。
どうかそれだけは勘弁して欲しい。
さっきの映像が本当に起きたことだとしても、那美だけは助かっていて欲しい。
「主サマハ夢見デス……」
ヤドゥルが俺だけに聞こえるように、そっと呟いた。
「ゆめ……み………」
夢見とは……そうか……良かった。
ありがとう、ヤドゥル。
すべてが夢だっていうんだな?
夢見という言霊は、さらに俺の脳を強く揺さぶった。
今まで生きてきた人生も、一瞬の内に見る夢幻も、俺は同じものと考えていたはずじゃないか。
そして夢においては、物理的な時間の概念など意味はない。
そう合点した途端、かつて見た夢であり記憶でもある光景を、忘れていた物語を、俺は脳内で再現していた……。
ダンジョンで疾走する那美を追う、自分の影。
敵を掃討した後、一緒にハイタッチをする二人。
何体もの異形を使役して、バカでかい敵に挑む俺と那美と、他の使徒たち。
倒れた俺に、必死で呼びかける那美の泣き顔。
断片的な映像が、現れては消えていく。
でも、それがどんな時で、どんな状況だったのかまでは、分からない。
いったいこの映像に、何の意味が?
彼女は俺を良く知ってる。
でも、彼女の知ってる俺を、俺はまだ良く知らない。
結局のところ、まるであやふやな夢の記憶のようにしか、覚えていないのだった。
それでも俺は、夢の中のもうひとつの世界に生きていたようだ。
そしてそのことを、すっかり忘れてしまっていた。
そう考えると、辻褄が合うのかも知れない。
だけども、その忘れた原因が俺の死だって?
それすら俺は覚えていないんだ。
長い長い夢の映像が終わる。
我に返ると、どうやらそれは一瞬の出来事だったようだ。
そして正直に俺は那美に告げた。
夢見という言葉によって、覚醒した主人公。
那美に何を語るか?
次回、第15話 気高く美しく永遠なるもの 8月13日公開予定。
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