11. 戻らぬ記憶
注連縄をぶった斬ったせいなのか、アーケードの霧は晴れかかっていた。
未明の夢の続きのように、俺は那美の手を引いて意気揚々と歩いている。
あの夢の中では、頭もぼうっとして足も重かったが、今は意識も明瞭、足取りも軽やかだ。
二人の前を、ヤドゥルが先導して行く。
さぞや可愛いドヤ顔をしているに違いない。
「主さま、現世に戻っても決して隠世のこと、そして使徒のことは口外してはなりませんの」
「ヤドゥルちゃん、そんな当たり前のこと、今さら言うまでもないでしょ」
「そうだね……もちろん、そうさ」
と請け負う。
「念のためですん」
心配には及ばないぞヤドゥル。
人の夢の話ほど、つまらないものは無いというからな。
誰も聞いちゃくれない。
――そもそもの話、聞いてくれる友達いないし。
だけどネットに上げるとしたら――本当に異世界に行ったって体験談風にアレンジすれば、そこそこ受けそうな話だ。
「吾朗くんは、この世界のこと、どこまで思い出せたかな?」
「そ、そうだね……まだ、あんまり……」
思い出すも何も、何を忘れてるのかさえ判らないのだから、どうしょうもない。設定優先の夢としては、ありがちな罠だ。
「自分が国津神の第三使徒だっていうのは、判るんだよね?」
「うん、まあね」
クニツカミは後でググろう。確かに聞き覚えのある言葉だ。
「私が第一使徒だってのも?」
「え? 君も使徒なの?」
「……………………!!」
(しまった!)
この軽率な一言で、那美はさすがに頭を抱えた。
そしてちょっと頭をブンブン振ると、顔を上げる。
こちらを見据えて、にっこりと微笑んだ。
その笑みは、絶対に私は諦めないぞっていう、決意の表れだったのかも知れない。だがしかし、ややほっぺたが引きつっている。
「今回はだいぶ重症ね。でもきっと思い出せる」
「今回はって言うと……」
「前回は赤竜を倒したときですん」
「その時は、私の名前忘れたくらいだったから、良かったけど……」
「すまん……その……」
「私たち二人とも、ずっと前から国津神の使徒なんだよ。もともとは、私が吾朗くんを引っ張り込んだんだけど……。それから私たち、一緒に何度も隠世で戦ってきた。それがお互いの絆……っていうか、パートナーシップ? それを――うんと強めたんだもの!」
いや、ちょっと待て。
俺ってさっき、ヤドゥルに言われて、使徒になったばかりだよな。
てことは、ヤドゥルも俺が初めだって知ってるはず……?
目をやると、変わらぬあどけない表情。
どうも人形の表情は、読めないってことか。
でも「ずっと前から」とか「何度も」とかって、これもやっぱり俺が忘れてるってだけって設定なのか?
さっきのは、すっかり記憶が無いのに気づいて、ヤドゥルが話を合わせたってことか。
うーん……だが、まあイイってことよ。
夢の中の細かい矛盾は、別によくあることだ。
だけど、彼女と隠世で戦ってきたというのは、ちゃんとしておきたい。
俺は那美と異界のことに、想いを集中させた。
そう、いつも望みの夢を見たいときするように。
無心になると同時に、彼女と一緒に戦ったことに絞って想像した。
そうして彼女とのエピソードが、何か降りてこないかを待ち受ける。
すると、夢の続きみたいな感覚が呼び覚まされ、幻像が現れた。
不思議な空間を、彼女と疾走する映像が、頭を過ぎる。
イメージはどんどん動き出す。
行く手に異形の姿の敵が幾つも現れ、二人で力を合わせて屠っていく。
俺は緋色の槍を振るう。
那美の得物は、とても彼女に似合っていた。
妖しく蒼い光を放つ、一振りの美しい日本刀だ。
そう、これでいいんだ。
俺は那美をずっと前から知っていた……OKダイジョブそうだ。
「マジでヤバかったんだから。使徒の力もほとんど封じられてたし……しかも武器も臣もなしだよ。でも、きっと吾朗くんが今度も助けに来てくれるって信じてた」
少し前を歩く彼女が、振り向き振り向きしながら言う。
「前にも君を助けたんだよな」
「思い出した?」
「うん、君の蒼い刀と俺の朱の槍で戦ってきた」
「そうそう! その調子で思い出してみて!」
「あ、ああ……そうだね……がんばる……よ……」
そこでやっと思い出してしまった。
それは彼女との過去の話じゃなく、在りて在る者からの、あのメッセージをだ。
[警告する。水生那美に近づくな。]
一気にネガティブな思いがわき上がった。
8月9日更新です。
順調に世界を「思い出し」てきた主人公。
しかし、ここにきて記憶に刻まれた警告メッセージが、アラートを鳴らす!




