8. 水生那美はやっぱり出られない
「やっぱり前の夢とシチュエーションおんなじで、その……出られないんだよね、こっから」
俺は女の子苦手の上、さらに彼女は美少女ときてる。
のっけは緊張したが、これは夢なんだ。
そして俺はドリームマスターである。
少しペースを取り戻してきた。
「そうだけど――、夢……なの?」
水生那美はやや怪訝そうに微笑んだ。
しまった、彼女にとって、これは夢ではないんだった。
「いや、前回はなんか夢みたいにふわふわしてたんだ。昨日の夜っていうか、今日の未明だったと思うけど、一度ここに来て君の窮状を知ったわけだ」
「そっか、そっちは深夜だったんだね……私には、吾朗くんは何故だかアストラル体でやって来たように見えたよ」
「アストラル体……」
「主さまは、霊体……つまりアストラル体だけで移動していたのですん。エーテル体は、肉体に残っていたですの」
なるほどいい設定だ。矛盾がない。
「エーテル体は、命の力が形になっているのですん。ちなみに隠世は、エーテル界とも呼ばれますの。建物とかも、みんなエーテルで出来ているのですん」
霊体がアストラル、そして生命エネルギー体がエーテルということか。
「何で建物が、生命エネルギーなんだ?」
「不活性エーテルなので、生命の動きはないのですん」
どうも言ってることは良く分からんが、所詮夢の中の設定とかはそんなものだ。
ヤドゥルは笹を腰に差して、一所懸命、両手を使った身振り手振りを交えながら、説明してくれる。
その仕草は人形振りっぽいのだけど、ふつうの子供が踊ってるようにも見えて、かなり可愛らしい。
俺には幼女愛好趣味ないのだが、無意識にこういうの求めてたってことかい?
あ、いかんいかん、メタ思考は抑えねば。
没入しつつ流れをコントロールするのだ。
「ここではエーテル体が触れる体になり、現世の肉体は希薄になって見えないのですん。アストラル体は、そこに魂として宿っているですの」
「つまり、アストラルもエーテルも、霊体の一種ってことだよな」
「おおざっぱに言うと、そうなのですん」
「つまり、隠世では霊と肉体の関係が現世とひっくり返ってるわけだ」
「ええ、その通り――なんだけど……、吾朗くんこの辺ちゃんと、前から理解してなかったっけ?」
那美は心配そうに、こちらの表情を伺う。
「主さまには、かなりの記憶の欠落があるですの」
「そう――……なの?」
「そう――……だな」
なるほど、記憶喪失まで上乗せか。
ますます厨二病炸裂ってわけだ。
那美は、ちょっと哀しそうな表情を浮かべて思案している。
その原因が俺の不甲斐ない頭にあるっていうのは、どうにも切ない状況だが、設定を受け入れるしかない。
「困ったよね。忘れたことあったら、何でも私に聞いて。でもね、影響が残るのは良くあることだし……――だいじょうぶ。すぐに戻るよ、きっと!」
と、結局笑顔で励まされてしまった。
ますます立つ瀬がないじゃないか。
なんとか解決できないもんか。
忘れた記憶を思い出せば良いわけだが、いったい俺は、何を忘れてる設定なんだ?!
何か上手く、辻褄の合う話を思いつけば良いんだろうか……
「うん――まあ、そうだね……」
俺は歯切れ悪く言葉を濁しておく。
がっかりされないレベルの質問をして、どういった設定が良いのか引き出していこう。
「それでも戦いの感覚は忘れてないんだね。白木鬼に対する反応、凄く良かったよー。うん、とってもイイ!」
那美はまるで自分のことのように、誇らしげだ。
「いや、君がお地蔵さんを投げてくれなかったら、危なかったよ」
こんな見た目は華奢なのに馬鹿力、かなり萌える。
「ちょっとはダメージ受けたかもだけど、私が居なくても、吾朗くんなら充分ひとりで倒せたよ。余裕でしょあんなの」
イヤイヤイヤ、そのダメージはけっこう痛いでしょ。
あれに頭噛み付かれたら、血だらけになるだけじゃあ済まなそうだし、下手すると目が覚めてしまう。
そうなると、何もかも台無しだ。
いや、まてよ、那美の話に乗って、強いってことにしとけばいいのか。
チート設定なら、かなり楽しめそうだ。
よし、そうしよう!
8月6日、更新です。
次回は明日、水生那美をパル商店街から連れ出す第一歩。




