7. 飛ぶ地蔵
「ヤドゥル……これは……」
「この娘、白木鬼ですん。人の血を吸い屍を喰らう凶樹の超常の者。
情けはご無用ですの」
超常の者ってのが、こいつら異形のことを指すのか。
「それでも、これは女の子だぞ」
俺としては、味方にする設定にもっていきたいんだが、ヤドゥルはそれを許さない。
「そのように見えるだけ。近づいた者を油断させて襲いますん」
「けしてそのような。妾はもうお前さまのお力には、敵わぬと悟りました。なにとぞご勘弁くださりませ」
「判ったよ白木鬼。それなら、こっから出て行きな。そして二度とお姫さまに構うな」
「主さまぁ!」
ヤドゥルが、あどけない困り顔を見せて訴える。
だが、この辺が落としどころだ。
あんまり自分の望む設定をゴリ押しするのは、リアリティを壊すことにもなるしな。
「ありがたや、ありがたや……妾はこのこと後生忘れませぬ」
白木鬼はそう言って俺の脇をすり抜け、そそくさと出口の鳥居に向かう。
「じゃあな」
と、振り向かず手を振った背後に、猛烈な殺気を感じた!
何も考えず、振り向きざま小刀で薙ぎ払う。
刃はすぐそこまで迫った白木鬼の大きな下顎を、ざっくりと切り落とした。
しかし鋭い上顎がそのまま、俺の顔面にぶつかる―――かに見えた。
ゴツッ!
と鈍い音がして、白木鬼のラスト・ダイヴは右側に逸れた。
続けて俺の鼻先をかすめるかのように、左から右へ何かがすっ飛んでく。
白木鬼はもんどり打って、勢いよく転がりながら、赤茶色の血飛沫をぶち撒けていた。
それを追って転がるのは、その頭部にヒットした石地蔵だった。
「主さまとどめを!」
今度こそためらわなかった。
白木鬼は哀訴しようにも、少女に擬態する下顎――顔の半分を失くし、不気味な形相をこちらに向けるばかりだった。
這いずり逃れようとするそれに、馬乗りになって剣を思い切り振り下ろした。
傍目にはかなり危険な絵柄に違いない。
ガツンっと硬い手応え。人間の肉体ではない。
さらに刃を引く。
俺は少女のようなものの、首を切り落とした。
大量の穢れた血がほとばしり、花柄の着物の周りに赤褐色の池を作る。
しかし肉体はすぐには散らずに、ゆっくりと己の血に溶けるように、形を失っていった。
「やったぁ!」
声の方を振り向くと、果たしてそこには夢で見た、あの少女の姿があった。
紺色のギャザースカートから伸びた白い脚が、力強く地面を踏みしめて、セーラー服の腕はガッツポーズを決めていた。
上手く決まった荒技に、黒髪の美少女は、ちょっとドヤ顔をしている。
その足元には幾つか石像が並んでいるが、どうやらその中の失われたひとつが、先ほど俺を救ってくれた地蔵菩薩様のようだ。
有り難や有り難や。
ちょっと罰当たりになるだろうが、可愛いから許す。無条件に許す。
「お姫さま、ただ今戻りましたですん」
「お帰りなさい」
姫さまがヤドゥルに微笑み掛ける。
「主さま、こちらがお姫さま、水生那美さまにございますん」
「ああ――もちろん知ってたさ」
そう、彼女をずっと前から知っていた………あの夢の前から――その設定だったはずだ。
それにしても、こんな完璧なシチュエーション、見事だ。
俺の妄想力グッジョブ。
刀と右手にべっとりと付いた血をブンと一振り払うと、銀の光になって散っていく。
そして俺は、不器用に微笑んでみた。
得意じゃないんだよね、微笑むの。
「た……ただいま。君を、ここから、連れ出しに来たよー」
しまった、なんか酷い棒読み感。
「うん、ずっと待ってたよ……良かった、来てくれて」
彼女の目の端には光るものがあった。
8月5日更新!
やっと那美と出会えた主人公。
今回も夢オチなるか!?




