3. 悪霊退治
幼女の差し出したものを見ると、黒い毛皮の先から朱い柄のような持ち手が突き出している。
言われるままに柄を手に取ると、思ったより重い。
毛皮をずらすと、中から白刃が現れ凛と光った。
鍔は無いが、長さからすると小刀だろうか。
鞘のように獣の毛皮が使われていたのだ。
「さあ、あの悪霊をお鎮めください」
「鎮めるって……」
「討ち滅ぼすのですん」
「こ、これであいつを殺せっていうのか?」
「あれはすでに死んで、哀しく彷徨う亡者ですん。しかと逝かせてやるのが道に適いますの」
と子供の成りに似合わぬ口ぶりで、無茶をかましてくる。
「何で俺が?」
「他に誰が?」
「でも、あいつ何か悪いことでもすんのか?」
「存在が悪ですん。それに主さまの命の精、エーテルを狙っていますの」
「なんのために?」
「エーテルを吸った悪霊は、一時はその身の痛みが和らぎ、傷も癒えるのですん……」
「じゃあ少しぐらい……」
「でも、エーテルを吸われ続ければ、主さまの体が弱り、終には死に至りますの」
(そいつは困る)
「得たエーテルもすぐに涸れて、悪霊を再び苦痛が襲いますん。すると次の犠牲者を求めてふたたび彷徨うことになるですの」
「じゃあ、ほっといて逃げればイイじゃないか。ここには誰も居ないみたいだし」
「捨て置けば、現世に居る人々から奪うのですん。それに、主さまは大事なお方をお忘れでは? その方のためにも……」
「その方って……」
「あ、だめですん、それそこに!」
振り向くと、そいつがすぐ近くまで迫っていた。
ぞくっと怖気を感じた。
実際ガクガクと肩が震え、何か氷でも押し付けられたような、冷たい痛みが体を走った。
「ああ、ダメ、吸われましたの。まだまだ吸う気ですん」
「俺の命を……吸った?!」
男は縦にざっくり裂けた歯茎がむき出しの口で、何か噛むようにクチャクチャとやっている。
自分の血がだらだら滴り落ちるのも構わずに、口を開け閉めする動作をしているのだ。
まだ少し離れているというのに、俺は何か生命力とやらを吸われたってことか。
そしてこいつにとって、俺は食い物でしかないっていうのか!?
すると男の顔がみるみる回復していった。
紫の腫れは引いて右目が見開かれ、左目が吸い込まれるように元に収まった。
まだ口の傷はそのままで、むしろ面相は凶悪になったように見える。
俺の命が確かにこいつのモノになったんだ。
このままでは、俺は食われてしまう。
覚悟を決めて小刀を構えた。
それは左右対称の両刃の直刀で、刃渡りは三十センチ余り。
小さくともギラリと光って、周囲を圧するほどの存在感があった。
死んだ男はその煌めきに、怯んだようにビクリと震えた。
「さあ、今ですん!」
ゲームのチュートリアルで戦う勇者よろしく、ガイド美少女の言葉に従う俺。
思いっきり剣を前に突きだした。
ザクリと、肉を貫く嫌な感触が伝わる。
「おい、これって………」
これが幽霊の感触なのか?
まるで実体が在るじゃないか。
そして引き抜くと、胸から血がババッと派手に噴き出した。
しかし鮮血は、たちまち宙に舞うキラキラした滴のような光となって散っていく。
男は自分の傷も意に介さないのか、俺に覆い被さるように両手を広げて迫ってきた。
「まだですの、もう一撃!」
「くそ!」
再びずんっ、と手応え。
「くそ! くそ! くそ!! くそ!! こいつっ!」
俺は一撃といわず、何度も何度も男をめった突きにしていた。
気がつくと、目の前にもう敵は居らず、刃は宙を切った。
「主さま、もう大丈夫ですん」
悪霊はその場に崩れ落ち、血と同じような光の滴となって、消えていくところだった。
その光の粒は、消えながら俺に向かって寄せて来て、風のような圧がある。
すると、なぜか腹の下の方がカッと熱くなり、胃がひっくり返るような不快さを覚えた。
悪霊の呪いなのか?
しかしそれもすぐに収まった。
以上令和6年8月2日更新!
これからは、(できるだけ)毎日少しずつ更新していきます!




